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(カテゴリー)レポート

工房まる(福岡県)

クレジット

[写真]  植本一子

[文]  倉石綾子

読了まで約7分

(更新日)2018年08月17日

(この記事について)

障害のある施設利用者の魅力を、アートというフィルターを通して表現する〈工房まる〉。「社会と障害者の間に横たわる壁を少しでも低く」と奮闘する、メンバー&スタッフたちの活動をたどる。

本文

「かっこいい」と手にとってもらえるものを

1997年、福岡県福岡市で無認可の福祉作業所としてスタートした〈工房まる〉。現在、福岡市内の野間、三宅、野方の三箇所に構えるアトリエには、2040代を中心とした総勢50名ほどの利用者(メンバー)が通っている。今でこそ人気作家を抱えるアートスタジオに成長したが、発足当時はメンバー10人、スタッフ3人という小規模体制だったという。

「古い木造アパートの数室を借りて始めた工房でしたが、とにかく手狭で。誰かがお手洗いへ行こうものなら、全員が席を立って場所を空けないと通れないほど。それに比べたら今はまだ余裕がありますね」

〈工房まる〉を立ち上げた施設長の吉田修一さんが当時を振り返る。

〈工房まる〉は、もともとあった小さな作業所を吉田さんが引き継ぐ形で開設した施設だ。前身の作業所でも木製パズルなどの木工品を製作していたというが、デザインは施設スタッフが行っており、メンバーが行うのはおもに木材の研磨だ。吉田さんは、こうしたクラフトを「障害者の手がけた作品」として発表することに違和感を感じていた。

「お涙頂戴的なストーリーならそこら中に転がっていましたから、そうしたことを売りにしたくはなかった。むしろ、僕たちのバックグラウンドを何も知らない人に、『あ、かっこいい』と手にとってもらえるものを作りたかったんです。それに、メンバーが手がけるのは磨くという工程だけにしろ、デザインを少し変えるだけでもその価値を高めることができるはずだ。そんな想いから、僕たちなりの創作スタイルを模索してみようと思いました」

〈工房まる〉の最初の作品は、木製のマグネット。メンバーの描いた絵を図案化し、分担制で作ったものだ。これを福岡のギャラリーショップに置いてもらったところ、障害者と謳わなくても売れた。それが吉田さんらのモチベーションになったという。

吉田修一さん。九州産業大学の写真学科卒業。卒業制作等で撮影に訪れた福岡市内にある特別支援学校や障害者施設で湧きあがった疑問や気付き、経験が現在の活動の礎(いしづえ)になっているという。

その後、工房まるが中心となって「トヨタ・エイブル・アート・フォーラム福岡」を開催。そうした活動をきっかけにクラフトからアートへと活動の幅を広げる。2002年に現在の野間のアトリエに引っ越すと、作業スペースが広がったことからメンバーたちはよりダイナミックな作品に着手できるようになった。その頃、メンバーである山野井寛さんの絵がとあるキュレーターの目に留まり、展覧会の開催が決まる。〈工房まる〉初の個展だ。「これをきっかけに、多くのメンバーが絵を描きたいと言うようになりました」と吉田さん。この頃からグループ展や独自企画展などを積極的に開催するようにもなった。

さくひんしゃしん

自分の“得意”を、作品の個性に

それでは〈工房まる〉のアトリエを紹介していこう。野間のアトリエは絵画、木工、陶芸の3つの分野の活動を行っている。車椅子のメンバーが多く、生活介護事業を行っているのが野間の特徴だ。絵画の分野では10数名が精力的に活動している。

〈工房まる〉の1日は毎朝10時半の朝礼と体操からスタートする。体操が終わったら、それぞれが各自のスペースで作業を行う。

おいしい食事を仲間とともにすることは社会生活の醍醐味。というわけで、〈工房まる〉の食事は全て専門のスタッフが野間のアトリエ内で調理。できたてを三宅のアトリエに運んでいる。

隣にある木工のスペースでは、6名のメンバーが掛け時計やネコキーホルダーなどの木工クラフトを製作中だった。まるの木工を代表する掛け時計は、2年前、福岡のクラフトコンペで金賞を受賞したもの。猫好きのメンバーが自宅で飼っている愛猫をモチーフに製作する「ネコシリーズ」は、掛け時計とキーホルダーの2アイテムで展開中。キーホルダーは発売1年で400個以上の売り上げを記録したというヒットアイテムである。一方、二人のメンバーのコラボレーションから生まれる「ビリリィ・ブローチ」は、ビリリと破いた紙のフォルムを木材に写し取り、糸鋸で切り抜いて表面を磨き、塗料を塗って仕上げたもの。紙を破るのが好きな板谷さんと糸鋸が得意な田中さん、二人の個性をうまくかけ合わせた作品は幅広い層に好評を博し、こちらも昨年のクラフトコンペで入選を果たしている。

あおいえのぐがついたはぶらしをもって、えがおのりようしゃのしゃしん

木工のアトリエにて。

常時56名のメンバーが作業を行っている陶芸のアトリエは、メンバーそれぞれの個性や動きにマッチしたスタイルの作陶が特徴だ。指さきに入る力を生かし、指で土を押し広げて成形をする中村さんは、表面の凹凸が味わい深い親子椀を。大の酒好きという柴田さんは、自身のお酒への情熱を酒器で表現する。細いひも状に仕立てた粘土をプレートの表面に貼り付けて独特の味わいとする宮崎さんの「たまごやき」プレートは、細かい作業が得意な宮崎さんならではの作品である。


葛藤や行き詰まりを感じながら成長する作家たち

一方、8年前に開設した三宅のアトリエは、絵画を軸とした活動を行っている作業所だ。こちらでは石井悠輝雄さん、太田宏介さん、大峯直幸さん、松永大樹さん、柳田烈伸さんら、〈工房まる〉を代表する画家14名が創作に励んでいる。

2000年に入所した太田宏介さんは、ある時期までの〈工房まる〉のビジュアルイメージを牽引してきた画家だ。小学生の時に絵を習い始め〈工房まる〉との出合いをきっかけに、陶芸や絵画など制作の時間が増えた。ダイナミックで力強いライン使い、常識にとらわれない色彩感覚は、大手企業の刊行物に採用されるほど。家族のマネジメントで展覧会を開催するなど、人気作家として精力的に創作活動を行っている。

スタッフがカットした段ボールの裏面に色を載せていく仁井将貴(にい・まさき)さん。創作欲旺盛で、1日に 4、5枚の作品を仕上げてしまう。

その太田さんの作品をきっかけに絵を描くことに興味を持ったというのが、松永大樹さんだ。モデルとなった人物の特徴をユーモラスな視点で捉え、目の覚めるような色使いで一枚の作品に仕立てる。「観る人に喜んでもらいたい」という一心で絵筆を動かす松永さんは、作品に向かう集中力も超人的。繊細なタッチ、細かな描き込みには、アパレル業界からのラブコールも多いのだとか。

プレッピーなファッションがお似合いの下浦優希(しもうら・ゆき)さんは最近入所したばかり。絵画のほかバドミントンにも熱心に取り組んでおり、第3回ダイハツ日本障がい者バドミントン選手権大会のダブルスで優勝したほどの腕前を誇る。

こんな風に、メンバーそれぞれが自分の興味があるジャンルで創作活動に励んでいる。題材や画材、工法について、スタッフがメンバーに提案やアドバイスをすることはあるが、指導することはない。行き詰まりを感じて創作から距離を置いてしまうメンバーに対しても、スタッフはそばで見守るのが基本姿勢。あくまでもメンバーの創作意欲に任せる、それが〈工房まる〉の方針だ。絵画や木工などの製作工程をこなせない重い障害があるメンバーもいるけれど、その中でも本人なりの表現方法を模索する。例えば、喋ることが得意なメンバーには、ラジオ番組に仕立てたフリートークをポッドキャストで配信するといったアプローチも行った。それぞれの個性やキャラクターを際立たせる表現活動が、〈工房まる〉の目指すアートの姿なのだ。


アートから生まれる理解と共感

吉田さんが日頃から心がけているのは、メンバーそれぞれが自分たちの好きなものに集中して取り組める環境づくりだ。

「〈工房まる〉はアートを柱とした活動を行っていますが、その根底にあるのは、障害のある人の存在が日常的である社会に変わっていけたらという思いです。年齢、性別、職業、障害のある・なしではなく、個性を持ったひとりの人間としてお互いを認め合い、人間関係を育める。そうした場所を目指すとき、それぞれの個性を開花させるアートは大きな力になってくれます。アート作品からは、作家の障害ではなくそれぞれの生き方や価値観が垣間見えるから」

あおいティーシャツをきたりようしゃが、へやでそうじきをかけているようす

午後3時すぎの終礼直前。自分の作業スペースの周辺を掃除してその日の作業が終わる。

ここ10年ほどでアート活動を行う作業所は増えているように思う。〈工房まる〉が主導して福岡でエイブル・アート展などを開催した結果、同じような志を持つ施設や、障害のある人のアート活動に高い関心を持つ企業や団体が続々と福岡に登場している。開設から21年、そうした土壌の醸成に〈工房まる〉が少しでも貢献できているならそれほど嬉しいことはない、と吉田さんは言う。

障害、あるいは生きづらさがある作家たちがアートを媒介にして社会と交流を図る時、障害ではなく“作風”という個性で社会とつながったら、そこからきっと新しいコミュニケーションやアイデアが生まれる。このような他者への理解と共感こそが、豊かな社会のになる。吉田さんは未来へ、そんな期待を抱いている。


Information

工房まる 

野間のアトリエ
福岡県福岡市南区野間3-19-26
TEL : 092-562-8684 / FAX : 092-562-8688 

三宅のアトリエ
福岡県福岡市南区三宅2-9-28
TEL , FAX : 092-984-1313 

野方のアトリエ
福岡県福岡市西区野方3-60-28
TEL , FAX : 092-985-2412