目の見えない人のアート鑑賞「タッチ・ツアー」との出合い
――「Touch Tours」のシリーズを始めるきっかけを教えてください。どのような経緯で触覚について着目し、植物を扱うことになったのでしょうか。
研究のためにローマを訪れた際に、最初のアイディアをひらめきました。そこで、ボルゲーゼ公園のバロック彫刻に特別な許可を得て触っていた、目の見えない女性に出会いました。「タッチ・ツアー」と呼ばれているツアーの間、その目の見えない人はアート作品について、「見る」ことよりも親密な関係を築いていたのです。私はオスロに戻ってから、美術館の中で目の不自由な参加者のためのガイドツアーを企画し、ボルゲーゼ公園の出来事を再現したいと考えました。でもノルウェーでこのようなツアーはあまり一般的ではなく、せいぜい彫刻作品のレプリカが触れるくらいでした。代わりに市の植物園に聞いてみると、前向きな返答を得られたので、この植物園で目の不自由な参加者のために、園芸家と触覚にまつわるツアーを2年間開催しました。
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Video still from Ellen Henriette Suhrke’s video Touch Tours. Cinematography: Tor Willy Ingebrigtsen
――植物と触覚という組み合わせが、参加者と鑑賞者のどちらにも新しい体験を与えてくれていますね。
園芸家は、園内のどのエリアに連れて行けば最も強烈な印象を与えられるかを、熟考した上で決めています。香りのある庭では、独特の強い香りを放つ植物が植えられており、熱帯の温室では空間全体で総合的な体験をもたらしてくれます。植物を使った意図は、視覚を越えてすべての感覚と対話するため。同時に、植物は触れることで反応する生き物だという面白い発見もありました。たとえばオジギソウは、触れたり揺すったりすると葉が内側に閉じてしまうので、実際に「Touch-me-not(私を触らないで)」という名前がつけられているんです。
――制作する上で、苦労した点はありますか?
プロセスには特に時間がかかりました。美術館にコンタクトする数年前に、すでにこのアイディアは私の中に膨らんでいて、そこから植物園に連絡するに至るまでにもしばらく時間がかかりました。またツアーの参加者を見つけるために、ノルウェーにある目の見えない人のための団体に協力をお願いしていたこともあり、さらに時間がかかりました。
――映像が中心となっていますが、どのように撮影を進めていったのでしょうか?
映像を作るための素材を集めている頃、映画を撮影しているカメラマンにツアーを記録してもらうよう依頼しました。映像の中でプライベートツアーを受けていたエリンという女性に出会ったのはラッキーでしたね。彼女は特別な存在で、制作の中で大きなインスピレーションを与えてくれました。
自分の手で“見ている”という感覚
――手の動きにフォーカスすることで、見る側にも視覚を通して触覚が刺激されますね。最初からこういう映像を撮りたいと意図していましたか?
映像を作るときの狙いのひとつが、鑑賞者たちもまるで自分の手で「見ている」ような感覚をへと導くことでした。
――ライターでありアーティストでもあるインガー・ウォルド・ルンド(Inger Wold Lund)による点字のテキストが展覧会でも作品集にも使われていますが、実際にどのような内容が書かれているのでしょうか?
点字は目の見えない鑑賞者と映像を共有するために制作した、オーディオガイドをテキストとしてまとめたものです。それぞれのシーンは短い時間軸ですが、ルンドは詩的な表現を使わずに、彼女が見たシーンを正確に翻訳してくれました。『Touch Tours』の本では映像の静止画で構成されていますが、テキストでは一貫して動作を説明しています。それぞれのイメージの上には、シルクスクリーンで点字の解説が刷られています。目の見えない読者も、見える読者も同じように読めて、魅力のあるものにしたかったのです。
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エレン・アンリエット・サークによる展示の写真集『Touch Tours』(Multipress刊、2017年) Photo: Line Bøhmer Løkken/Multipress
――目の見えない方にはイメージは見えていませんが、展覧会を訪れた方からの感想やフィードバックはありましたか?
視覚的に気にならないように、点字のテキストはA4サイズの白い紙に印刷され、フォルダに入れられています。私が話した目の見えない読者は、触覚と視覚の要素の両方に配慮された作品集が読めたことを喜んでいました。目が見えないからといって、必ずしもイメージや写真集に無関心であるとは限らないのです。
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2016年の展覧会「Touch Tours」Podium (オスロ)での展示風景。Photo: Ayatgali Tuleubek
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2017年の展覧会「Touch Tours」Hordaland Kunstsenter(ベルゲン)での展示風景。Photo: Bjørn Mortensen
――目の見えない方との共同作業によって自身に新しい発見や気づきはありましたか?
私自身の感覚、そしてそれを使うことに多くの気づきが得られました。たとえば、植物を研究するときや展覧会を観に行くときに、以前よりも触覚を使う機会が多くなりました。
――今後はどのようなプロジェクトに取り組んでいきたいですか?
見ることと見えないことの境界線を探求するような作品を作り続けて行きたいです。またアナログ写真と点字のテキストを使って、もう一冊点字の本を作りたいと考えています。もしかしたら美術館で彫刻を触ってみるという、元のアイディアに再度チャレンジするかもしれません。
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2016年にオスロの植物園で開催された、目を隠した参加者のための触覚のツアー。Photo: Ellen Henriette Suhrke