ゆっくりでも、できることを
JR平塚駅から徒歩5分。商店街を抜けた広い道の交差点角に、ガラス張りの明るいお店がある。外からもそれとわかる、色とりどりのアートやグッズが美しくも賑やかに飾られた空間は、見るからに楽しげだ。
ここ〈GALLERY COOCA〉は、知的・精神・身体障害のある人たちが創作活動を通じて社会と接点を持ち、仕事につなげていくサポートをする福祉施設〈studio COOCA〉(以下、クーカ)のギャラリーショップ。彼らがつくった作品やオリジナルグッズの展示・販売とアトリエ増設のため、スタジオから徒歩で往来できるこの場所に3年前にオープンした。ゆったりとした店内には、さまざまな絵やキャラクター、表情豊かな紙粘土の動物、ディテールまで丁寧に作り込まれたダンボールのドールハウス、ワイヤーでできたリアルな昆虫のオブジェなど、バラエティに富んだ作品がずらり。添えられたプロフィールでつくり手の顔が見えるので、いっそう作品への親しみが増す。
ギャラリーの一画には、手作りのパンケーキやサンドイッチを提供するカフェも併設され、この日もくつろいだ雰囲気でランチを楽しむお客さんの姿が。厨房から接客、配膳まで、担当しているのは〈クーカ〉のメンバーだ。
「職員も手伝っていますが、あくまで裏方。大事なのはメンバーが前に出て、メインで稼働していくこと」と語るのは、メンバーから“ももちゃん”と慕われている〈ギャラリー・クーカ〉の施設長・北澤桃子さん。
「メニューをパンケーキにしたのも、それならメンバーが自分たちでつくれるから。彼らにとって適量を感覚で判断することは難しいんですが、粉を目盛りのここまで量るとか、生地を焼くときはお玉一杯分とか、目で見て分かる具体的な基準があればできるんです。一人で全工程は覚えられなくても、粉を量る人、混ぜる人、お肉を焼く人、コーヒー豆を挽く人、と役割を分担すればちゃんとできる。少しずつ、ゆっくりでも、できることをやってもらいたいんです」
“仕事”の観念を変えるところからスタート
〈クーカ〉は、就労支援施設〈社会福祉法人湘南福祉センター〉のアート部門〈工房絵〉を前身とし、2009年にセンターから独立する形で〈クーカ〉の施設長・関根幹司さんが立ち上げた。現在は18歳から60代まで、障害のある100人ほどのメンバーが所属し、随時60~70人がスタジオやギャラリーで作業に勤しんでいる。何をするかは本人の自由。絵を描く人、オブジェをつくる人、裁縫をする人、料理をする人、人形劇をする人、バンド活動をする人など千態万様だ。
1992年に事業が発足した当初は、「好きなことをしていいよ」と職員がいくら画材を並べても、ボールペンの組み立て作業を選ぶ人が大半だったという。関根さんから当時を伝え聞く北澤さんは、その理由をこう推察する。
「養護学校(現・特別支援学校)で軽作業の訓練をしてきた彼らにとっては、仕事とはそういうものという認識で、ほかに情報もなかったと思うんです。だから好きなことをしてごらんといわれても、何をしていいのかわからない。でも仕事を離れて家に帰ると、塗り絵をしたり絵を描いたりしているんですよ」
展覧会を開いても、初めは見向きもされなかった。しかしプロのアーティストの目に留まり、商品化したグッズが東京・代官山の人気店で取り扱われるようになると、じわじわとその名が浸透。今では「これを描いた、あの作家さんに会いたい」と訪ねてくる人もいるほどだ。
「これ、僕が描いた絵」と進んでポートフォリオを見せてくれた二見幸徳さんは、雑誌やカタログから気に入った写真を葉書サイズの紙にトレースして描く。お気に入りのモチーフは食べ物で、なかでも《納豆》は大手手芸店の生地の図案にも採用された二見さんの代表作。地元の焼き菓子店の包装紙も手がけている。
イラストレーター、絵本作家として活躍する横溝さやかさんは、紙芝居の名手でもある。「ピ・ヨンジュとオレ三世」シリーズは、ユニークなキャラクターと奇想天外なストーリー、声を巧みに使い分けた横溝さんのナレーションが評判を呼び、今年3月に国立新美術館で開催された「ここから2——障害・感覚・共生を考える8日間」展のオープニングイベントでも大盛況だった。
物心ついたときからシャチが大好きという伊藤太郎さんは、さまざまなシャチを描いては切り抜き、パターンのように並べて貼っていく。種類や生態にも驚くほど詳しく、「これは南極のシャチで、タイプB。ラージタイプだよ。こっちはトランジェント、それはレジデントだよ」と絵を説明してくれた。縁起物の絵を組み合わせた《辻太郎招福熊手》も人気商品で、これまでに購入した人から「孫ができました」「なくなった小銭が見つかりました」「7週間前にいなくなった猫が戻ってきました」など、たくさんのご利益の報告があったそう。
“そこにいる”ことも大切な仕事
この日はちょうど、レクリエーションとして定期的に開催しているダンスの日。教室をのぞくと、十数人のメンバーがインストラクターの動きを真似、音楽に合わせて体を動かしている。かと思えば、その片隅で気持ちよさそうにソファで眠る人の姿も。ここではおなじみの光景らしく、「彼は吉田秀斗君。来て最初の5分だけ絵を描いて、あとはずっと寝てるんです。その絵が国内外で売れている。うらやましい限りですよ」と、〈クーカ〉の副施設長・中尾大良さんが笑いながら教えてくれた。
看板作家の川村紀子さんも、ソファで1日をマイペースに過ごす。20年ほど前に鉄製の作業机が歪むほど創作にのめり込み、その後、付き物が落ちたように創作意欲が引いてからは製作のペースはだいぶ緩やかに。しかしそれでもいいのだと北澤さんは言う。
「10年間くらいすごい絵を描いていたので、出し切ってしまったのかもしれません。彼女の絵は今でも人気がありますし、ここには描くことも話すことも困難な人がいますが、ムードメーカーという仕事もあると私たちは考えているんです。その人がいるだけで笑いが生まれたり、この人みたいになりたいと周りの人から目標にされたり。あるいは何かが不得意な人がいたら、それを自然に補ったり。そういう関係がクーカの中にあって、これだけいろんな人がいるのに不思議と均衡がとれている。それはとても貴重なことで、その空間づくりも私たちの役割だと思っています」
メンバーと共に、可能性を探っていく
〈クーカ〉には、施設を転々とした末に、ここに居場所を見出した人が少なくない。就職したが辛くて続かなかったという人や重度の人でも、本人が望めば誰でも受け入れ、できることを一緒に探していくのが〈クーカ〉の方針だ。職員は〈ケアホーム・クラッソ〉を含む3施設で20人と決して多くはないが、その多くが常勤。メンバーの打ち解けた様子に、一人ひとりとじっくり向き合い築いてきたのであろう信頼関係が伝わってくる。
作品の対外的なアピールや、需要にマッチした商品プロデュースを考えるのも職員の仕事。売り上げは、オリジナルは半分が作家に還元され、二次利用の商品はメンバー全員に分配される。
「お給料をもらえることで、ここは仕事をするところという認識を持つ人が増えました。その分、なんでずっと寝ている人と同じお給料なの?という不満も生じやすいので、休む人には退出のタイムカードを押すように言ってはいるんですが……。なかなか難しいですね」
東京インターナショナル・ギフト・ショーやアートフェア東京などに継続的に出展する一方で、地元のイベントにも積極的に参加。住民と交流を持ち、彼らの存在を知ってもらうことで、彼らが暮らしやすくなること。そして、より多くの人に彼らの作品を見てもらうことが、職員たちの願いだ。
「面白い活動をしているという自負がメンバーにも職員にもあるので、どんどん外に知らせていきたい。そのためにはどんな発信の仕方が効果的なのか、あれこれ試しているところです。福祉施設は活動内容の縛りが少ないので、メンバーとスタッフがやりたいと思えばそれができる場なんです。だから、きっとまだまだいろんな可能性があるはず。それをみんなで探っていきたいと思っています」
Information
studio COOCA(スタジオ・クーカ)
神奈川県平塚市平塚4-15-16
TEL : 0463-73-5303/FAX : 0463-73-5305
スタジオ・クーカ ウェブページ
GALLERY COOCA(ギャラリー・クーカ)
神奈川県平塚市明石町14-8
TEL : 0463-67-7520