「小さな声」を記録し伝える。アーカイブをめぐる座談会
生活介護や就労支援など、障害者支援の現場で生まれる創作物。忙しい仕事の傍らで、作品を保存し記録するにはどうしたらいいのか。保管する場所もなく困っているけれど、もしかしたら貴重な作品かもしれない。作者本人が判断できない場合、何を記録したらいいのだろう……。〈みずのき美術館〉、〈鞆の津ミュージアム〉、〈はじまりの美術館〉は、こうした悩みを抱えながら「作品」をアーカイブする方法を探り、「デジタル・アーカイブ」に取り組んできた。
2018年2月24日、日本財団ビル(東京・赤坂)にて開催された座談会「小さな声に目をこらす-『作品』を記録し伝えることをめぐって-」では、日々生まれる「作品」を、放っておけば失われてしまうかもしれない「小さな声」と表現した。みずのき美術館の奥山理子さん、鞆の津ミュージアムの津口在五さん、はじまりの美術館の大政愛さんに加え、他者の経験や記憶に向き合う美術研究者の細谷修平さん、美術家の瀬尾夏美さんが登壇。はじめにゲスト二人の活動について紹介された。
細谷さんは、仙台を拠点にする研究者であり映像作家。「もの」が残らない活動をした美術家に話を聞き、映像や音声で残す活動をしている。糸井貫二01さんという前衛芸術家に、10年ほど前から聞き取りを続けているが、細谷さんは「当時起きたことはもちろん聞き取りの現場で交わされることと、聞き取りの映像記録は違うものと意識しながら活動をしています。全てを記録することは不可能ですし、映像記録の場合、撮影・編集とあって、『誰が、何を選んで残そうとするか』によって変わってくるからです」と話す。
同じく仙台で活動する瀬尾さんは、東日本大震災や戦争を経験した人の話を聞き、作品を制作している。震災が起きた当時東京にいた瀬尾さんは、何が起こっているのかを自分の身体で理解したい、と陸前高田に移り住んだ。被災した人の話を丁寧に聞き、映像作家の小森はるかさんと「波のした、土のうえ」という映像作品を制作。その制作スタイルは、聞き取るときは一切録音をしない。自身の記憶を頼りに聞いた話から物語をつくり、その話をまたインタビューした相手に読んでもらう。そうして映像作品やインスタレーション作品などを発表してきた。
何を「作品」ととらえ、アーカイブするか?
ゲストの紹介のあと、3つの美術館のデジタル・アーカイブを監修・設計した須之内元洋さん(札幌市立大学デザイン学部講師)をモデレーターに議論は展開された。
須之内元洋(以下、須之内):デジタル・アーカイブに取り組む上で、特に難しかったことについて聞かせてください。
津口在五(以下、津口):まずは「何を作品と捉えて記録するか」という部分でした。絵や彫刻など作品然としたものはその対象(としてわかりやすい)ですが、一方で生活の断片自体が「アート」として取り上げられることもあります。
大政愛(以下、大政):はじまりの美術館でも、施設に勤務する現場の職員から「どこからどこまでが作品だろうか、何を残して、何を捨てていいのか」という相談をよく受けます。みんなで「何をアーカイブするか」を議論するところから始めました。議論のなかで、たとえば「色彩的に美しい」といった美術館職員としての観点はあるけれど、実際に作品が生まれる現場を見た職員が「面白い!」と感じる観点は、また別の部分にあることに気づきました。クレヨンや絵具で殴り書きをする利用者さんがいるのですが、支援を担当していた職員によると、見た目はグチャグチャだけれど本人は「ミュージカルの作品」と言っている、と。それを聞き驚いたことがあります。
細谷修平(以下、細谷):「作品」をどのように位置づけるかは、美術館での「アーカイブ」を考えるときには大きなテーマですよね。「アーカイブ」するものが作品か資料体かによっても、その後の対応で違いが出てくるかもしれません。国や地方自治体による美術館ですと、作品だと「コレクション」、資料体だと単に「資料」もしくは「アーカイブ」と分けられるのが基本的なところでしょう。アーカイブの規模や継続性をどのように位置づけるかもスタートの時点でキーとなります。当たり前ですが、今この瞬間を生きている人もいずれはいなくなる。そのあと記録はどのように残っていくのか、といった先のことまで視野に入れなければならないからです。
奥山理子(以下、奥山):みずのき美術館でのアーカイブは、50年以上前に障害者支援施設〈みずのき〉で行われていた、日本画家の西垣籌一先生の絵画教室で生まれた作品、約1万8000点をアーカイブすることでした。実際に絵として形状が整ったものを撮影し収蔵庫に入れ、デジタルでも保管する作業をしています。でもその作業を始めた当初から私たちが記録しなければいけないものがその奥にある、という思いがありました。これはどういうときに描いたのか。西垣先生と作家のどのようなやり取りから生まれたのか。そのとき施設はどのような状況だったのか。それらも記録したいと思ったんです。撮影や収蔵庫への保管と同じくらい大事ではないか、と。しかしそれも含めて作品なのか、それとも細谷さんの言われた「資料体」として分けるべきなのか、私はその答えをまだ見つけられないままでいます。
その記録は果たして事実だろうか?
津口:先ほど瀬尾さんは、作品をつくるときにあえて映像や音声はとらないとおっしゃっていました。僕自身は聞き逃したくないと思い、作家さんから聞き取りをするときは必ず音声をとっています。とらないことはむしろ勇気のいることですよね。
瀬尾夏美(以下、瀬尾):東日本大震災の直後に移住した陸前高田には、当時いろいろな人が取材に来て、記事や本になりました。陸前高田の人にとって「そんなつもりで話したわけではない」ことも実名とともにあがってしまっていた。実際にそのひと言は言っていて、録音もされているので間違ってはいないかもしれない。でも、そもそも会話は関係性の中で成り立つものだと思ったんです。それは1回限り、その場所だけで結ばれる。だからこそ、大事なものがその中にあるんじゃないかなと。
私が作品として聞いた話を記述するとき、「○○さんが言った」と話者だけの責任に転嫁するのではなく、どうしたら自分でも責任をとれるか。そう考えて、自分が「聞けた」ものなら引き取れる、と思ったのです。「私が書いた」でもなく「○○さんが言った」でもない、一人称語りの物語なら可能性があるかもしれない。記録に頼らずに自分が「聞けた」、その記憶から物語にすることで抽象化され、ほかの人もその話にアクセスしやすくなるんじゃないか、と。
奥山:みずのき美術館では、アーカイブを行なう作業やプロセスを、さらに4名の作家がアーカイブする「アーカイブをアーカイブする」という展覧会を企画しました。瀬尾さんのように作家だから抽象化できることがあるのはとても興味深いことです。「記録」が誰にとっても事実かどうかは本当に難しい問題だと感じていて、記録の残し方についてはもっと多様な考え方や方法があるといいな、と思っています。いまのお話を伺って、アーカイブのバリエーションを増やすきっかけになりそうです。
須之内:記録されたものは周りの人に何を想起させるのか、そして何が伝わっていくのでしょうか。作品をつくったり、聞き取りをされたりするなかで意識されることはありますか。
細谷:糸井貫二さんを記録することについて、どのようにこれをアウトプットしたらいいのか、この10年悩み続けて答えは出ていません。一つの映像にまとめるのか、展示のように公開するのがいいのか。どのような形であれ、ある種の責任を僕が引き受けないといけないですし、アウトプットするものが聞き取りをした人たちに対する応答でないといけないなと思っています。
瀬尾:私は作品としてアウトプットすることを考えているので、それが一つの責任をとる手法と考えています。私が「聞けた」ところを残していますが、一緒に活動をしている小森が撮る映像の録音などを聞きながら、「聞けた」ところ以外にも面白い話があったという気づきも時々あります。アーカイブの話からはずれるかもしれませんが、作家としては、作品を同時代的に開いていくのが重要だと思っています。同時代的に私が聞けた、記述した、記録したものを開いていく。それを同じ時代に生きる人がどのようなリアクションをしたか。そこに興味があります。
知られざる表現から見える人間の可能性
須之内:ここからは会場のご意見や質問に答える形で、議論を展開していきたいと思います。前半のトーク中に書いていただいた会場のみなさまからのコメントを、ピックアップしながら話していきましょう。
津口:「アーカイブされた作者や記録された対象に、還元されるものはあるのでしょうか」という質問を拝見して、思い出したエピソードを紹介します。あるとき広島市内を歩いていたら、路上生活をしている人が自分で描いた絵をコピーしたうえで創作した「作品」を1枚1000円くらいで売っていました。原画を見せてもらうと、これまでに見たことのない表現だったので「お借りすることはできませんか」とお願いしたのですが、「俺に何か得があるの?」と逆に質問され、最終的には断られるかたちになったんです。僕はそこで「いろんな人に見てもらえるかもしれないです」としか言えなかったけれど、もし「お金をお渡しします」と言ったら借りられたのだろうか、とあとから悩みました。その人にとっては、自分の表現が生活やお金と結びつくことは切実な問題です。その一方で、お金とは別の還元の可能性もあるのではないかと思ったりして、そのあたりの難しさを感じた出来事でした。
須之内:還元だけではなく、津口さんが「面白い」「紹介したい」という動機も大事ですよね。
津口:世の中に知られていない表現を共有することで人間の知らない可能性が見えたり、当たり前だと思っていることが拡張されたり。それが生きやすさにつながらないだろうか、と考えています。このような表現をする人が現にこの世に存在したのだということを、記録を通じて残したいというのが動機でした。
細谷:いまのお話を聞いて、もの自体もしくは表現そのものの価値は、当事者や他者、それに接する人それぞれで異なるのだろうなとあらためて思いました。僕自身も美術の文脈では収まりきらないものをどう考えたらいいのか、もしかしたら既存の美術史の枠を拡張させていかないと、この先ちょっと立ちゆかないのかもしれないと思っています。
アーカイブは、いろいろな幸せのあり方を伝えていける
須之内:次にこちらの質問。「細谷さんと瀬尾さんは、アーティストとして記録する側の責任を明らかにしています。3館の事業も、(アーカイブ構築に携わる)特定の個人による考えがとても反映されていると思います。誰がどのように考えたのかが記録され、開示されるのでしょうか?」。3館のみなさん、いかがでしょうか。
瀬尾:(この質問と)あわせて3館の取り組みとして「今回の『アーカイブ』が具体的にどんな方法でなされて、いつどのように公開(共有)をされるのか」という質問についても伺いたいです。
大政:デジタル・アーカイブの方法でそれぞれの美術館で異なるウェブページをつくっています。鞆の津ミュージアムとはじまりの美術館は2018年3月に公開します。
津口:どこまで何を公開するか、という公開の範囲も議論に挙がっています。障害のある人の場合、本人が記録されていること自体わからない場合もあります。保護者や後見人に話が聞ける場合は、自分の子どもが描いたものは名前を出せないとか、名前を伏せても出してはいけないということもあるかもしれません。保護者も後見人もいない場合は、施設の支援員や施設長が判断することもあるでしょう。最終的に書面で確認を取り、公開の範囲を決めています。
奥山:みずのき美術館では、これまではインターネットで公開せず美術館内に設置しているパソコンから見ていただくようにしてきましたが、今後どこからでもアクセスできる部分もつくっていこうと、準備を進めています。「アーカイブ=公開するための情報」というわけではなく、公開できるもの・できないものをいくつかの段階に組んでいるんです。3館が取り組んでいるデジタル・アーカイブはお金をかけずにできるもの。開発に膨大なお金が要るものではありません。将来的にその仕組みや方法も多くの方たちと共有できたらいいなと思っています。
須之内:次にこの質問はいかがですか。「記録を通して、美術館は美術に対する考えをどのように変えたか」。
奥山:みずのき美術館は博物館法という法律に則った文化施設ではなく、社会福祉法人が持っている作品を展示する目的でオープンしています。つまり、作品の保存などは法律で義務づけされていない美術館なのですが、アーカイブに取り組むことで〈みずのき〉で生まれた作品や、アウトサイダー・アートと言われる分野の評価について、前向きに考えるきっかけになりました。みずのき美術館にとっても法人にとってもアーカイブがもたらしてくれるものはとても大きいですね。
大政:「美術に対する考え」という質問から外れてしまいますが、アーカイブをすることによって、法人内の横のつながりをつくる機会になっています。当法人は複数の事業所を持っていますが、現場で一緒にアーカイブをつくってきたスタッフにとって、ほかの事業所がどういう作品をつくっているのか、どんな活動をしているのかが見えてきているのではないかと思います。
津口:我々は福祉と美術の両軸で活動をしていますが、それをしなくては生きていけないような行為のなかで生まれた表現も扱っていて、いわゆる「美」ではないものもあるかもしれない。他の人からみれば「それって不幸じゃないか」「大変な人生なんじゃないか」と思われることもあります。でも本人にとっては、そこに「幸せ」があったりする。そして、社会規範から逸脱したものや「どうしようもないもの」を受け入れたり、そこにある問題を考えていったりするのが美術の役割のひとつだと思います。「福祉」という言葉は「幸せ」を意味する言葉ですが、このように考えると、福祉と美術は重なるのではないでしょうか。福祉という視点から美術を見る。そうすると、いろいろな幸せのあり方が見えてきます。その幸せのあり方を、アーカイブは記録し伝えることができる。そう思っています。
瀬尾:よい絵が記録されて残っていくのももちろん大事ですが、それと同時にその背景にある彼らが紡いできた見たこともないような「生きるための技術」を見出して分有すること。それが先ほどの幸せみたいなことになっていくのかなと思いました。
Information
日本財団アーカイブ支援プロジェクト
障害者支援施設で日々生み出される作品や資料を、未来のために記録・保存し公開するため、2017年度より3つの美術館が取り組んでいるプロジェクト。(監修・設計=須之内元洋)
みずのき美術館「みずのきアーカイブズ」
2014年よりアーカイブに取り組んでいる。日本画家の故・西垣籌一が指導に関わったことで知られる、障害者支援施設〈みずのき〉の絵画活動で生まれた膨大な数の作品をアーカイブ。〈みずのき〉が歩んだ約60年を時系列でまとめ、そこから作家や作品を探すこともできる。2016年には収蔵庫も完備。
鞆の津ミュージアム「福六アーカイブズ」
2017年よりアーカイブに取り組み、2018年3月にデジタル・アーカイブを公開。社会福祉法人創樹会を利用する方が制作した作品や、日常生活の一部として生み出される創作物など多様な表現をアーカイブ。表現の背景にある生活史もあわせて記録することで、作家の生き方に多面的な光をあてる。
福六アーカイブス
はじまりの美術館「はじまりアーカイブス unico file」
2017年より、社会福祉法人安積愛育園を利用する方の創作活動を支援するプロジェクト「unico(ウーニコ)」から生まれた作品、約650点をアーカイブ。作品を「関係性から生まれたもの」として捉え、LINEを活用し作品にまつわるエピソードも記録。2018年3月にデジタル・アーカイブを公開。
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