泣く子も黙る松本流「いきもの」図鑑
動物だったり、虫だったり、人の顔だったり。絵の作者にそれが何かを尋ねてみると、その都度違う答えが返ってくる。確かなことは「いきもの」を描いているということだ。いきものたちの特徴は、黒く縁取られた体内に色付けられた細胞のような点と線だ。細かい点や短い線で丁寧に色付けられている
まるで、飛びかかってきそうな躍動感はそのせいではないだろうか。
作者の松本美千代さんは、入所施設〈向陽園〉で開園当初から40年間ずっと生活している。70歳の松本さんは、人生の大半をここで過ごしてきた。
2010年、向陽園に〈アート活動支援室ぴかり〉ができて初めて絵を描いた。以前は、絵を一切描かず、野山を駆け回るか、廊下で観察活動をしているかであった。また、やんちゃな性格で無頼派。若い頃は近隣地域にその名を轟かせていた。
ぴかり担当の菊地里奈さんが、廊下で時間を持て余す松本さんに「ちょっと絵でも描いてみない」と声をかけた。嫌とは言わず、1枚の画用紙に1匹のいきものを描いた。以降、1カ月に3枚程度描くようになる。松本さんの絵を廊下に飾ると、支援員たちが皆びっくりした。「いきもの」たちは、ポコラート全国公募展vol.3 で見事受賞を果たした。すると、受賞を機に、創作スタイルが一変する。「俺、描かなきゃならない」と、これまで1年に30枚程度だったのに対し、1カ月に300枚のペースで描くようになる。5、6枚同時に着手し、工程毎にベルトコンベア方式で効率よく多量生産できる術を身につけた。
画用紙数枚を用意し、1枚毎にいきものの輪郭を黒いアクリル絵の具で描く。次は、順番にアクリル絵の具で色付けの工程に入る。これまでのペースより速いため色付けのタッチが少し荒くなっていた。最近は、生産量・生産ペース共に落ち着き、月に数枚程度仕上げている。
絵を描くのは月に1回程度。それ以外の時間は、松本さんは高さ2mの大きな窓から外を眺めている。「朝になるとエゾリスは歩いている」と遠くの木の枝を指差す。また、春から秋にかけては、野山へへびの住処を探しに行く。へびは怖くて嫌いだが、嫌いなものがどこにいるかを確かめたいという。