しゃべるように、踊る。
他者と保っておきたい距離感も、他者の侵入を拒む自分も、「ひるのダンス」ではすべて崩される。触れ合って、動き回って、立ち止まって、探り合いながら、その瞬間に立ち上がってくる生の感情が、自分と他者とのあいだに新しい関係性を生む。
舞踊家の佐久間新さんを招いて開催している「ひるのダンス」は、〈たんぽぽの家〉1の活動として、月に2回、奈良県奈良市六条にある〈たんぽぽの家・アートセンターHANA〉(以下、〈HANA〉)で行われている。ダンスの可能性を探ることをテーマとした「ひるのダンス」。思い思いに身体を動かすその空間に、知的障害のある伊藤愛子さんはいた。
15名ほどのメンバーが踊っていただろうか。そのなかでも伊藤さんのダンスは切れ味が鋭く、そしてパワフルだった。縦横無尽に駆け抜けながら、時折、佐久間さんと濃密に共鳴する。
そんなふたりの出会いは2004年。その後、インドネシアの楽器、ガムランを通した障害のある人たちとの舞台、「さあトーマス」(2005年)大阪公演でも共演した。以来、ふたりは数々の舞台を作り上げてきた。当時のことを佐久間さんはこう振り返る。
「『さあトーマス』は、〈たんぽぽの家〉と僕が当時所属していた〈マルガ・サリ〉というガムラングループとのコラボレーション作品で、愛ちゃんをはじめ10名ほどの〈たんぽぽの家〉のメンバーや、公募で集まった障害のある人たちでパフォーマンスをしたんです。そこで僕は初めて愛ちゃんと舞台に立ったんですが、すごく相性がよくて、“他にも一緒にやりたいよね”っていうことになったんです。というのも愛ちゃんは、まるでしゃべるように踊るんです。だからこうしたい!というのがすごく伝わってくるし、僕も“こうだったら、こうだよね”って動きで返すと、愛ちゃんはちゃんと返してくれる。実は僕、それまで即興で踊ることに慣れてはいなかったんですよ。でも愛ちゃんと出会って刺激を受けて、僕自身、彼女のようになりたいと思うようになっていったんです」。
「さあトーマス」は全国各地を巡る。そしてその翌年、伊藤さんと佐久間さんは〈たんぽぽの家〉のスタッフとともに中国・上海へ向かった。ふたりは現地の障害者初等技術職業訓練学校で、即興ダンスとワークショップを行う機会に恵まれたのだ。そこで充実の時間を過ごしつつ、伊藤さんの身に思わぬアクシデントが起こる。
「私、具合が悪くて現地のホスピタルに入ったの。検査したら背中に黒い影があるって言われて大変だったんだけど、その原因はうちのマザーがね、ピンクのビッグなホッカイロをね、私の背中に貼っていたの!(笑)」。
笑いながら、そのアクシデントを解説してくれる伊藤さん。つまりホッカイロを貼り付けたままレントゲンを撮ったところ、それが悪性か何かの病巣だと医者に勘違いされたらしい。誤解が解けた後、最終的には食べ過ぎからくる体調不良だったことが判明し、無事にみんなと一緒に日本へ帰国した。
「ホスピタルとかマザーとかビッグとか(笑)、海外のエピソードだからと英語を混ぜつつ話す愛ちゃん、いいですよね。以前も大阪で一緒にワークショップをしたときも、会場に外国人がいると、愛ちゃんは英語で挨拶を始めたんです。英語が得意というわけではないのに、そうやって周りをちゃんと観察しながら、その場に合わせてコミュニケーションを取ろうとする。その心意気がまた愛ちゃんの踊りにも反映されているし、素敵なところでもあるんです」。
チャーミングでユーモアも欠かさない伊藤さんは、その後も着実にパフォーマーとしての才能を開花させる。また並行して、〈たんぽぽの家〉が長く取り組んできた民話や創作童話、自分史などを語る舞台表現「わたぼうし語り部」やNHK Eテレの番組ナレーションなど、声のプロとしても活躍するようになっていく。「“語り”はたくさんやることがあって、最近大変なの。そういうときこそダンス」と、伊藤さんははにかむ。
「愛ちゃんとは僕が〈たんぽぽの家〉に来る度に会っていたけど、確かにここ最近、愛ちゃんは語りのプログラムがあって忙しかったから、がっつり踊るのは今日が久しぶりでしたね。でもやってみたらバッチリでした。お互いにきっと少し大人になったと思うので、久しぶりに人前でも踊りたいですね」。
「ひるのダンス」を振り返っての佐久間さんからの感想に、伊藤さんは「またぜひ違うところでもやりたいです。今日はカンフーダンスもやったりしながら、佐久間さんと向き合って踊ることができてよかった。佐久間さんがかっこよかった」と気持ちを伝える。そしてそろそろ取材も終盤に差し掛かっていると自ら察したのか「今日は楽しかったです。ありがとうございました〜!」と言いながら、爽やかに取材部屋を後にした。佐久間さんの言う通り、伊藤さんは本当に周りの空気をよく読んでいる。
伊藤さんは〈HANA〉から徒歩2、3分の距離にある福祉ホーム〈たんぽぽの家・有縁のすみか〉(以下、〈有縁のすみか〉)で暮らしている。2016年にオープンしたばかりの〈有縁のすみか〉は、伊藤さんのお母さんをはじめとする保護者の方たちが自主的に立ち上げた〈障害のある人たちが自立を考える会〉が発端となって、オープンすることができた。〈たんぽぽの家〉常務理事の岡部太郎さんは言う。
「愛ちゃんのお母さんを始め、〈たんぽぽの家〉に通うメンバーの保護者のみなさんは、すごく意識の高い方が多くて、子どもたちが外に出ていくことにも積極的な方が多いですし、自分たちが亡くなった後もちゃんと力強く社会の中で生きて行けるようにと、日々優しくも厳しく見てくれているんです。そんな保護者の方たちの眼差しに、我々〈たんぽぽの家〉もいろんな気づきをたくさんいただいています」。
取材を終えた伊藤さんは、〈有縁のすみか〉に戻っていた。ちょっとだけ最後に顔が見たいと行ってみると、「どうぞ」と、大好きだと言う(2017年の)大河ドラマの主人公・井伊直虎の絵が表札がわりになっている自分の部屋に私たちを招いてくれた。
「洗濯物は男性と女性のものが混ざったらあかんから、分けてネットに入れて洗っています」とここでの暮らしを解説しながら、部屋の前で記念写真。最後まで、伊藤さんはこちらの空気を掴んでいた。さすが!