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光の丘のユートピア?
1960年代末に建設された広大な団地の一角にある〈カプカプひかりが丘〉(以下、カプカプ)。店構えは古着や雑貨などが並ぶリサイクルショップだが、コーヒーや手づくりのお菓子を出す喫茶店でもある。ここには絶え間なくお客さんが訪れる。そのほとんどが、この地域に住む常連さんだ。皆が皆、連れ立ってくるわけではない。好きな時間に好きなタイミングでやってきては、お茶を飲みながら誰かと話し、帰っていく。
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喫茶で接客するのは障害のあるメンバー。仕事を終えて「さよなら〜」と帰るメンバーに、「今日は病院の日だったね」とお客さんが声をかける。〈カプカプ〉ではお客さん、スタッフ、メンバー、支援する人、される人、それらの立場がやんわりとはがれ、「人」と「人」の関係性がしっかりと築かれている。お茶をしていたグループのなかに、〈カプカプ〉の立ち上げに関わった女性がいた。介護をしている旦那さんにとって、ここに来ることがリハビリになっているという。
「旦那はすぐそこの病院に来て、薬を待ってる間にここでお茶を飲んでいるの。病院から帰ってくると『今日は所長さんいたよ』『メンバーのだれだれいたよ』って私に報告してくれるんですよ。ここに寄るとみんなが挨拶してくれて、それが唯一の楽しみみたい。そういうリハビリもあるのよ。すごくいいですよ、ここは」
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コーヒーとイチジクのケーキ。
1997年に地域作業所として開所し、ひかりが丘団地に喫茶〈カプカプ〉がオープンしたのは翌1998年。その後、近隣の地区に〈カプカプ竹山〉と〈カプカプ川和〉ができ、いまは3つの事業所をあわせ、約50人のメンバーが通っている。主な仕事は喫茶と製菓、店頭に並べたリサイクル品のバザー。〈カプカプ〉が通常の喫茶と違うのは、寝ているだけでも接客になること。障害が重く、横になっているメンバーもいるが、その最首さんに会うためにコーヒーを飲みに来るお客さんもいるのだから、そこにいるのが彼女の接客だというのだ。また、似顔絵が得意なメンバーの黒瀧さんは、お客さんの似顔絵を描きながら接客をする。
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黒瀧さんは似顔絵を描くのがとても早く「クロタキ・ポラロイド」と呼ばれている。おしゃべり好きで、似顔絵を描くのもお客さんと話す口実が半分だとか。
「一般的な仕事ができる人のための場所も必要だけれど、ここはそこにははまらない、はまりたくない人がいられる場所にしたいんです。みんなが存分に振る舞えて、それぞれのユニークさがお客さんにも伝わって、そうしてお金になったらいいな、と」。そう話す所長の鈴木励滋さんは、学生時代に恩師の縁で関わることになった。
「最初は地域作業所の説明会に参加しただけだったんですが、そこで『スタッフになる鈴木くんです』と紹介されて。それで映画や演劇の批評を書きながら働きはじめ、いつのまにか20年が経ってしまいました」
大学で専攻した政治社会学では差別や共生について学んだが、それは理屈であり現実ではなかった。メンバーやその家族と長く関わるうちに、そのしんどさや社会の周縁に追いやられている「現実」を目の当たりにし、「『みんなちがってみんないい』なんて簡単にいえないが、そうなりたい。そのためには数年じゃ無理だ」と思ったのだという。
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喫茶の「絶対的マスター」だという沼舘さんは、常連さんの「いつもの」注文を熟知。
「とらわれなくていい」と思える場所
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カメラを向けると、からだを90度傾けて颯爽とポーズをとってくれるのはメンバーのミカさん。このあと、投げキッスもしてくれた。
〈カプカプ〉では、洋裁教室を月に一度、また隔月でダンサーの新井英夫さんと絵本画家のミロコマチコさんによるワークショップの日をもうけている。自分の得意なことや好きなことがわからない場合もあるメンバーもいて、「希望をきいても、そもそも本人のなかに選択肢が少ない」と鈴木さんはいう。選択肢を増やす、という意味でもいろいろな経験ができる機会をつくっている。
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もうひとつの店舗「工房カプカプ」でワークショップ。
この日はちょうど、ミロコさんのワークショップが開催されていた。「今日のテーマは黒です」とミロコさんがお題を出す。描くモチーフは、猫、りんご、自分、仲間、とメンバーそれぞれ。まず画面を黒く塗りつぶしてから別の色を重ねたり、鮮やかな色と並列に黒を置いたり、黒の使い方も思い思い。黙々と絵に向かうメンバーもいるが、「みてー」「きてー」としょっちゅうミロコさんを呼んでは筆を置いて話しかけるメンバーも。ワークショップは朝から1日かけて行われるが、自分のペースで参加できる。参加してもしなくてもいいし、どんなふうに描いてもいい。
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ミロコマチコさん(奥)とメンバーの福地さん(手前)。
6年前、メンバーの渡邊さんとグループ展をしたことをきっかけに、〈カプカプ〉でワークショップを始めたミロコさん。ここでの時間が「とても楽しい」と話す。「私自身も制作のなかで、考えが凝り固まってしまうことがあるけれど、みんなの取り組む様子を見ていると何にもとらわれなくていいんだな、って思うんです」。
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「黒」の作品が完成!
「雑然」を肯定して生きていく
「とらわれない」。その自由さは〈カプカプ〉そのものでもある。メンバーもお客さんも、だれもが思い思いに振る舞える空間。それは秩序やルールに基づいて成立するこの社会のなかで、簡単に実現できるものではないだろう。鈴木さんは「20年かけて一人ひとりと丁寧に関わり、その都度対応しながら、やっとここまできました」という。
「時々、水しか飲まないお客さんもいるんですが、それを見て、別のお客さんが親切心から注意してくれたりするんです。でもそういう人もジュースを頼んでくれることもあるし、メンバーと仲良くなってくれる地域の人が増えたらそれでいいので、注意の言葉をうやむやにしちゃう。すると、『まあ、いいんじゃない、あそこはそういうところだから』と、みんなのなかの“しばり”がゆるんでいく。障害のことを考えていくと世の中の生きづらさの問題点が見えてきますが、ここはそれをゆるめる場所となっていけばいいな、と思っています」
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「生きづらさをゆるめる場所」が各地域にあったらいい。どうやったら〈カプカプ〉をつくれるのか。そんな声が鈴木さんのところに集まりはじめた頃、クラウドファンディングで本を自費出版した。タイトルは『ザツゼンに生きるーー障害福祉から世界を変える カプカプのつくりかた』。たしかに〈カプカプ〉の店内は雑然としている。近隣から集まった本や委託販売の小物、レジの近くにはオリジナルグッズやチラシが所狭しと並ぶ。この「雑然」というキーワードは〈カプカプ〉を表す大事な言葉だ。
「『雑然』という言葉の反対は『整然』。整然という言葉のなかにはスタンダード、規範、こうでなくてはいけない、という意味が含まれています。最初は売るものもセレクトして、もっとおしゃれな店にしようと思ってたんですよ。でも近所の人たちから『これ置いてくれますか?』といろんな物品が集まってくる。これはうちには合わないなあと思っていたときもありましたが、今はなにが来てもなにを置いてもOKになれました。ごちゃごちゃでいいじゃない、と」
その雑然さが、つい寄りたくなる、長居してしまう、居心地の良さを生んでいるのかもしれない。
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メンバーが帰宅するのは16時頃。この頃になるとお客さんも徐々に帰っていく。「私は洗濯物いれなきゃ。帰るね」「そろそろ夕飯の支度の時間だわ。またね」と。〈カプカプ〉は団地の日常なのだ。
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Information
カプカプひかりが丘
神奈川県横浜市旭区上白根町891-18-4-103
TEL : 045-953-6666
喫茶営業時間:10:30-18:00(土日祝定休)
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