幼い頃、テレビを飾ったあの人やあのシーンが鮮やかに蘇る
青木尊さんがユーモアにあふれたチャーミングな人だということは、少し話をしたらすぐに伝わってきた。ファンだという八代亜紀への手紙を持っていた青木さんに、「八代亜紀のどこが好きなんですか?」と聞くと、「俺、顔が好きです」と照れながら答える。カメラを向けると、クールなポーズをキメてくれる。嬉しいときは、手と手をこすり合わせて満面の笑みを見せる。これは、喜んでいるときにする癖なのだという。
3才で自閉症ではないかと所見された青木さん。「1才の頃から描いてたんです」と本人は言うが、父・武夫さんの話によると、小学校の特殊学級(現・特別支援学級)で担任が美術の先生だったことから、絵を描くようになったという。29才のとき入所した施設〈あさかあすなろ荘〉(福島県郡山市)の日々の創作活動を通じて、たくさんの作品を生み出すことになる。現在は、自宅のベッドの上に机を置いたり、炬燵の上で制作をしているという青木さんの日課は、録画したテレビ番組を見て、食後は近所の元競馬場の公園を6周する約10キロの散歩、そして3時のおやつのなごりで焼酎を一杯引っ掛けるというもの。好物はお餅と冷やし中華、味噌漬けにたくあん、ブラックコーヒーに焼酎となかなかシブいが、スイーツにも目がないというかわいらしさもある。
ボールペンや鉛筆で力強く描かれた線と、印象的な目、鮮やかな赤で丸く染められたほっぺた。「尊には独自の画風があって、見ればすぐ尊のだとわかる」と父・武夫さんは話す。特徴的な顔の描き方は、一部では“青木流顔面画法”と呼ばれている。まず縦横に5本線を引いてオリジナルの方眼紙を作り、線のバランスを考え、そこに目・鼻・口などの顔のパーツを入れていく。最後に輪郭と髪の毛を描いたら完成だ。下絵を描いてから、大きいサイズのものに取り掛かるというやり方には几帳面さも伺える。
描かれるモチーフは、青木さんの好きなものたち……トラック、プロレスラー、ちあきなおみに八代亜紀、アニメ『ろぼっ子ビートン』のキャラクター「うららちゃん」、時代劇『破れ奉行』のワンシーン、お花、虫、おばけ、富士山などさまざまだ。最近手がけたのは、花、風船、雪だるま、団子など。父・武夫さんがラーメン屋を営んでいた頃、まだ幼かった青木さんがブラウン管を通して、または実際に自然の中で見ていたものが原風景としてあるのかもしれない。
楽しみながら青木尊という人がわかる、きっかけの展覧会へ
現在、福島県耶麻郡猪苗代町のはじまりの美術館では、「unico file vol.2 青木尊 大物産展~青木さんとわたしの関係~」が開催されている。青木さんが、「みなさん、僕とはじまりの美術館、観に行きたいですかー?」と聞くので、わたしたちが「行きたいですー!」と返事をすると、アントニオ猪木のように「行くぞー!」と勢いよく掛け声をくれた。まさに、ザ・エンターテイナーである。
展示は、1997年から2004年を中心に作られた絵画や造形作品と、かつて施設のスタッフとして青木さんと過ごした人々の「ことば」で構成される。「青木尊とトラック」「青木尊とプロレスラー」「青木尊と不思議なもの」「青木尊と花と女子」「青木尊と山」「青木尊と虫」などといったカテゴリごとに部屋が仕切られ、それぞれのテーマを彼らのおしゃべり形式で解説するというユニークな見せ方となっている。
〈あさかあすなろ荘〉を退所する前の約1年を支援員として担当し、現在ははじまりの美術館の館長・岡部兼芳さんが、絵を指しながら「これは誰でしたっけ?」と質問する。青木さんは少し考える様子を見せて、「星ハム子です」と答える。すると岡部さんが、「こないだは芦田愛菜って言ってませんでしたっけ?」とツッコミを入れる。青木さん、その時々で回答が変わることもあるらしい。お得意というアブドーラ・ザ・ブッチャーのモノマネを振れば、すぐさま披露してくれる。みんなが彼に話しかけたくなるのは、その返しがとにかく面白いからだということがよくわかる。
最後のエリアとなる「青木尊とわたし」では、支援員と関わりが深い作品が展示されている。そこでは、青木さんが久しぶりに〈あさかあすなろ荘〉を訪れ、懐かしい支援員に会えたことを乙女のように喜ぶ姿を映すドキュメンタリーや、37才のときに開催した個展「青木尊物産展~青木画伯が産み出した○○なもの~展」(ビックアイ市民プラザ、福島、2005年)の記録映像も上演。青木さんとの楽しいツアーが終わると、お決まりらしい“青木さんリサイタル”の時間が始まった。ビール瓶ケースの上に乗り、手描きののぼりを置いて、お気に入りの歌謡曲メドレーを歌う青木尊と“わたし”も訪れるタイミングによっては体験できるということである。
「普段の、ありのままの青木さんを知ってもらいたくて」と岡部さんは言う。青木さんをよく知る人々の言葉とともに作品の成り立ちや背景を想像するうちに、私たちも青木さんと関係し、そのチャームにどんどん引き込まれていく。これまでも数々の優れた作品が、生み出した本人の手から関係する人たちを伝って、私たちのもとに届いてきたように。