自分とは明らかに異なる他者を前にしたとき、その違いに心を閉ざすのか、それともその違いを楽しもうとするのか……。ここにあるのは、「違い」の先にある「理解」にたどり着くための、示唆に満ちた3冊の本。異なるものに心を開くには、少しずつその構えを練習していけばよい。本を読むことは、その最初の一歩となる。
人類学者が見せる、古くて新しい世界の観方
文化人類学は「他者の傍らに立ち、その姿を見つめるところ」から始まる。長年エチオピアでフィールドワークを行ってきた著者はその調査を通して、日本にはエチオピアでよく見かけたような「おかしな人」がいないことに気がつく。人との違いを遠ざけ、見ないようにする社会は、一見スムーズなように見えるが、そこからは多様であることから生まれる豊かさや活力が、すっぽりと抜け落ちていく。違うものに関わらない断絶ではなく、そのそばでじっと立っているような寛容が、人の持つ倫理性を回復させる。人類学者が見せる、古くて新しい世界の観方。
松村圭一郎『うしろめたさの人類学』(ミシマ社、2017年)
「失われつつある」事実が独特の余韻を与える、美しくも切実な絵本
世界で話されているおよそ7000のことばのなかから50の少数言語を選び、そのことばらしい単語を文とイラストで紹介した、大人のための絵本。限られた地域でのみ使われている「小さな」ことばは、文化、思想など、そのことばを話す人が長らく大切にしてきたことを色濃く反映する。読みながら「こんな考えかたをする人がいるのか」と驚くことが、すでに多様な世界を学ぶことへと繋がっている。「失われつつある」という事実が、本に独特の余韻を与える、美しくも切実な一冊。
吉岡乾[著]、西淑[イラスト]『なくなりそうな世界のことば』(創元社、2017年)
写真家・齋藤陽道が記した、生きること、思いを伝えること
Titleの写真も撮っている齋藤陽道が、写真とことばで綴ったエッセイ集。納められた写真は何気ない日常を写したものがほとんどだが、「同じ光景を見ても、この人にはこんな風に見えるのか」と、そのヴィジョンの違いに驚く。自意識を離れ、その場の空気と同調したような写真。そして、撮られた世界の奥へと、手を伸ばすように書かれたことば……。
生まれつき耳が聞こえない齋藤陽道との会話には、筆談用のメモ用紙が欠かせない。正直、どれだけ伝わったのか心もとない気持ちになることもあるが、その隙間が多いコミュニケーションのなかに、「わかり合った」というあたたかな時間が時おり生まれ、人と本当に出会った感覚を残す。人はそれぞれ違っていても、どのようなやりかたであれ、何かを伝え合うことからはじまることがある。生きること、思いを伝えることへの懸命さが、この『それでも それでも それでも』の根底にはあるようで、心を揺さぶられる。
齋藤陽道『それでも それでも それでも』(ナナロク社、2017年)