人間はたったひとりでは人間足りえません。家族間の関係性を出発点にして社会的な存在となり、友人や恋人に見つめられることによってアイデンティティを確立します。他者を見つめ自分自身を発見することは、その差異を知ること。今回ご紹介させていただくのは、「他者との違い」や「類似性」から自分自身を考え直すきっかけを与えてくれるような3冊です。
人間の共感能力やコミュニケーションの本質を考える
AIが人間の能力を超えるという「シンギュラリティ」が何かと話題ですが、ロボットを独立した存在としてではなく、人間との関わりの中で捉える研究者がいます。『〈弱いロボット〉の思考』で綴られるのは、自動掃除機をついつい手伝ってしまう人間の心理、速度や方向を推し量りながら「一緒に歩く」だけのロボットなど、ロボットと人間の関係性です。どれだけ技術が進歩しても、なにげない会話をロボットが再現するのは非常に困難なこと。じゃあ何気ない会話を私たちはどのようにして成り立たせているのでしょう。AIのことを見つめているようで、人間の持つ共感能力やコミュニケーションの本質を考えさせられる一冊です。
岡田美智男『〈弱いロボット〉の思考——わたし・身体・コミュニケーション』(講談社、2017年)
“そっくりなのに異なるなにか”に向き合った写真集
写真家ダイアン・アーバスのポートレイトは観るものを不安にさせます。それは被写体である彼らが、私達とほとんど同じでありながら少しだけ違うからではないでしょうか。彼女の代表的な作品集『Diane Arbus』に登場するのは、虚ろな視線をこちらに投げかけるそっくりな双子や、酒瓶を背景にベッドでくつろぐ小人症の男、ストッキングにガーターを着用した青年のようなアウトサイダーたちです。彼らを真正面から捉えたアーバス自身も慢性のうつ病に悩まされていました。私たちにそっくりなのに、なにかが異なっている。彼らと向き合うことでアーバスは自身の存在に関する不安を昇華しようとしたのかもしれません。
『Diane Arbus: An Aperture Monograph』(Aperture、1972年)
難聴の娘のために描いた、父の絵日記
生まれたときから難聴だった娘のために、画家である父は聾学校の要請により絵日記を描き続けました。ごくごく普通の微笑ましい家庭生活の中にすこしだけ普通とは違うシーンが紛れ込む、そんな日常を描いた日記をまとめたのが『宿題の絵日記帳』です。これを読めば健聴者は彼女の生活がわたしたちとなんらかわりのないものであることを知り、聴覚障害を持つ読者は自らの幼少期を回想し、胸に迫るものがあるでしょう。
今井信吾『宿題の絵日記帳』(リトルモア、2017年)
どれだけ考えても他者のことは本当に理解できませんが、その距離や差を考えることは私たちのコミュニケーション能力を鍛えてくれることでしょう。