記憶と記録を現像するように、描いていく
竜之介は、僕が主宰しているダウン症、自閉症の子供たちを中心とした絵のワークショップ〈アトリエ・エー〉に参加する自閉症のアーティスト。僕が竜之介とはじめて会ったのは6年前。小学5年生だった彼は、その後何年かを経て、外見も、周囲への寛容性も共に大きく成長し、月1回のワークショップに足繁く通ってきてくれている。
「絵は言葉を発さなかった保育園の頃からずっと描いていました。ある夜、思い立ったかのように突然連続して絵を描いたことがあって……。翌朝、保育園の先生に見せると“お母さん、これは『ぐりとぐら』の絵本ですよ”と言われてびっくり。うちにない絵本を竜之介は全ページ記憶してたんですね」
母・由紀子さんの話す竜之介の制作エピソードは、彼の成長に寄り添って進んでいく。区立小学校の支援級で過ごした小学生時代。彼はディズニー映画『ナイトメアー・ビフォア・クリスマス』の悪役キャラクター、「ウギー・ブギー」を一心に描く時期が続いたという。言葉が上手く伝わらないもどかしさや、心身の成長に伴う不安を親子共に抱えた時期だったそうだ。
親子でたくさんの葛藤を繰り返しながら、それでもすべての物事を丁寧に竜之介に説明してきた由紀子さんの努力は、会話のキャッチボールができるようになり、見えない殻をつきやぶった、中学生時代の彼に実を結ぶ。
「本人が中学生となった自覚を持ったことや、特別支援学校に環境を変え、先生の目が細やかに行き届いたことなど、いろいろな物事のタイミングがピタリと合って、竜之介の新しい世界がスタートしたんです」
新しい世界で竜之介の創作意欲も加速する。中等部を卒業し、高等部の2年生となった彼は、スケッチブックや小さなノートにイラストや漫画を描いたり、時には紙粘土で立体作品をつくったり、日々、心の赴くままに気分にあった作品を作り続けている。
竜之介の近作で特徴的なスナップ写真のような作品群の起源は、3年前に、2歳上のお兄さんが自分のお小遣いから彼にiPod touchをプレゼントしてくれたことにさかのぼる。お兄さんの「竜之介にiPodを持たせたら面白いのでは」という思惑がピタリとあたったということだ。
彼が手にした魔法装置の写真フォルダを見せてもらうと、家族や友だちの笑顔、日常のささいな風景のスナップ写真があふれだしていた。こうしてフォルダ内に撮りためた写真を、竜之介はスクロールさせ、モチーフを決めると色鉛筆で流暢に描き始める。それはまるでドローイングを用いて、自分の手で写真を現像するかのように。
描かれる日常、大切な人たち、そして「ヘヤタイヤ」
自宅3階の屋根裏にある竜之介の部屋。デスクの上には、紙粘土でつくったオリジナル・キャラクターが整然と並べられ、壁には切り取ったドローイングが貼られている。
竜之介の世界に欠かせない登場人物が、竜之介がつくりだしたオリジナル・キャラクター「ヘヤタイヤ」。悪いことをすると夢に出てくるというマントを羽織った悪役だ。
「アメリカ出身で、動物でも人間でもない生命体なんですって」
由紀子さんからプロフィールをレクチャーされている間も、竜之介はヘヤタイヤをパーツごとに描くことに集中。今日は10体のヘヤタイヤを完成させるそうだ。過去の作品には、ビートルズの4人や、ドラマ「白い巨塔」の出演者の顔がヘヤタイヤに乗っ取られた異色作まである。
由紀子さんが話してくれた竜之介にまつわるエピソードは、一片のかけらまで彼への愛であふれている。竜之介のクリエイションを傍らで見てきた由紀子さんの話を聞いた今、彼の作品世界に登場する家族や友だち、日常の風景は、竜之介本人の支えとなったたくさんの愛のかたちを描いたものなんだと僕は確信する。そして、竜之介にとって、ありふれた日常、身近な人たちこそが、語るに値するもっとも大切なことなんだと改めて気づかされる。
竜之介の作品は、彼自身の成長を描くヒストリーアルバムだ。竜之介を知る僕たちにとって、彼の成長や人間関係を垣間見る絵のモチーフはいつも興味深い。そして自分の姿が竜之介のドローイングに現れたとき、僕らは彼の視線の先に自分がいたことが、何だかとても嬉しくなる。
成長を続けるティーンエイジャーの彼は、インスタグラムに写真を日々投稿するように、その作品をスケッチブックや小さなノートに更新し続けている。きっと愛にあふれた竜之介の作品群は、これからたくさんの人に届き、彼のフォロワーがどんどん増えていくことだろう。