ストーリー
【メインイメージイラスト】ライブハウス内の様子。ステージには5人組のバンド、後方に台の上の車椅子の女性、その横にダイバーさんがいる。その横には白杖の男性、さらに別の車椅子の人、盲導犬を連れた人、イヤーマフの子ども、前方で立ってみる人、椅子に座ってみる人など様々な人がいる。

(カテゴリー)コラム

「合理的配慮」を考える
その3:車椅子ユーザーと考える公平なエンタメのあり方

クレジット

[イラスト]  naoya

[写真]  池田礼

[文]  石村研二

読了まで約33分

(更新日)2025年03月18日

(この記事について)

障害者に対する「合理的配慮」の提供とはなにかを考えるコラムシリーズ。第3回は、2人の車椅子ユーザーとエンタメを通じて公平を実現する「合理的配慮」のあり方について考えます。

本文

登場人物

ダイバーさん(学ぶ人)

アートに興味があるが自分にはできると思っていない。福祉や手話にも興味がある。

シティさん(教える人)

ダイバーシティの実践のため福祉やアートの現場でいろいろなことをやっている。


ダイバーさん

前回の松波さんの話で、自分がいかに何も知らないのかを思い知らされました。そうたくさんの障害のある方が身近にいるわけではないので、いろんな人から話を聞いて、学びたいです。

シティさん

そうですね。実際の経験や生の話を聞けるといいですよね。車椅子ユーザーでライブにガンガン行っている方たちに、話を聞きに行きましょうか。

ダイバーさん

本当ですか?失礼なことも聞いてしまうかも知れないけど、失敗を恐れずに、学ばせてもらいたいと思います。


ライブでは自由と非日常を味わえる

【写真】テーブルに付く中野さんと岡山さん。左に電動車いすに乗る中野さん、ブラウンとピンクのセミロングの髪、チェックのシャツを着ている。右にヘッドレスト付きの車椅子に乗る岡山さん、ライトブラウンのショートヘアー、大きめのピアス、白のトレーナーを着ている。後ろは大きなガラス窓で、都市の風景が広がり、遠くに山並みが見える。
中野まこさんと岡山祐美さん
シティさん

まずは自己紹介をお願いします。

中野さん

中野まこです。私は、愛知県豊田市で自立生活センターの代表をしています。重度訪問介護を利用しながら1人暮らしをしています。

岡山さん

岡山祐美(おかやまゆみ)です。私は京都市内の自立生活センターで、ヘルパー派遣事業所の仕事をしつつ、当事者団体で活動もしています。結構重度で全身ほぼ動かず、体力もあまりないので、週3回半日ほどで働いています。私は、20歳ぐらいの頃から歩きづらくなって今に至る、いわゆる中途障害者です。

ダイバーさん

お二人はどんなライブに行くんですか?

岡山さん

私はクラシックもロックも好きで、ミュージカルもたまに行きます。最近よく行っているのは、近くで開催されるクラシックのコンサートや推しのロックバンドのライブです。

 

20代でまだ病気が進行していなくて車椅子で自分で動けた頃は、 大阪の小さいライブハウスにも行ったりしていました。最近は小さい会場や遠征はしんどいので行けないですね。行きたい気持ちはありますけど。

中野さん

私はJ-POPが多いかな。昨日もMISIAのライブに行ってきました。今予定が決まっているのは、ゆずとmiwaです。数えたら、14-5年で250回ぐらいライブに行っているみたいです。今年もまだまだ増えると思います。

ダイバーさん

いつ頃からライブに行くようになったんですか?

中野さん

自分でライブに行き始めたのは大学生になってからです。

 

私は高校まで山口県で過ごし、大学進学で愛知県に来て1人暮らしを始めました。高校生までは、実家と学校と病院と障害者施設で生活が完結していて、なかなか自分がしたいことを自由にできなくて、自分の趣味を楽しむこともほとんどできませんでした。

 

大学生になって、介助者さんに来てもらってやりたいことを一緒にやってもらう生活が始まりました。最初は、友達に誘われて小さなライブハウスに行ったんですけど、それが車椅子席とか全然ない会場で、 最前列に案内してもらって、すごく楽しかったんです。

 

それから色々行くようになりましたが、本当にたくさん行くようになったのは、社会人になって自分の働いたお金を自分の好きなことに使えるようになってからです。いまは解散してしまったあるロックバンドにはまって、全国ツアーで遠征とかもしていました。

ダイバーさん

ライブの楽しさってどんなところですか?

中野さん

ライブハウスって床がめっちゃ揺れるんですよ。だから、みんながジャンプすると私もジャンプしている感覚になるんです。ジャンプしたことないけど、自分も体が飛んでいるみたいな感覚になる。揺れる感覚とか、音の響きとか、非日常を体験できるところが本当によくて、だから小さい会場のほうが好きですね。

【イラスト】ライブの様子。右にステージがあり、ボーカルの男性が身を乗り出して歌っている。左側には観客がいて立って聞いている。観客の前に柵があり、その前に車椅子に乗った中野さんがいて、笑顔でステージを見上げている。

車椅子でも誰でも楽しめるライブが増えてきた

シティさん

車椅子ユーザーであることが理由で、ライブに行きたいと思っても行けなかったりしたことはありますか?

中野さん

私、心配性なので、車椅子席がどこにあるか、駅からどうやって行くか、車椅子トイレがあるか、事前にめちゃめちゃ調べるんですよ。なので、物理的に行けなかったことはないです。

岡山さん

私は、行けるところから選ぶ感じにしてしまうことが多いですね。

 

例えば野外フェスなどは、雨や酷暑などへの備えや地面のコンディション、アクセス可能な多目的トイレなど車椅子ユーザーにとっての懸念事項が多いですし、小さいライブハウスみたいなところで階段しかなかったら、持ち上げて運んでもらうしかないから、よっぽど行きたい場合以外は諦めます。

中野さん

当日会場まで行ったのに参戦できなかったライブが1つだけありました。

2017年にZEPP名古屋であったライブなんですけど、ZEPP名古屋はそれまで何度も行っていて、車椅子席を使いたい人は、チケットを発券したらライブの主催者に電話をして、事前に車椅子席を申請するっていうのが、なんとなくあるルールなんです。

 

その時も事前に主催者に電話をして、「車椅子席で見たいのですが、電動車椅子なので100キロぐらいあるので、階段とか段差はダメです」と伝えました。

 

なんでそれを言ったかというと、初めてZEPP名古屋に行ったとき、大学生の頃ですけど、エレベーターもない2階席に案内されました。当時はまだ軽いタイプの電動車椅子だったので、なんとか運んでもらえたんですけど、怖くて大変な思いをしました。

 

そんなことがあって、以降は毎回、車椅子を運んで階段を上ることはできないと伝えるようにしたら、1階席にしてもらえていたんです。

 

それが、その2017年のときは、現地についたら車椅子席は2階ですって言われて、意地でも運ぶっていうんですよ2階に。最初4人の男性スタッフが来てくれて持ち上げてみたらすごくグラグラして無理で、6人に増えて、平地では持ち上げられたんですけど、20段ぐらいの階段を6人の人に持ち上げてもらうと考えるとすごい恐怖を感じました。

 

私も怪我するのは嫌だし、落ちてスタッフが怪我するのも嫌だし、「もう見るのをやめます」って言いました。「それじゃあお客様の都合で返金します」となって、ライブを見られなかったという経験があります。

【写真】中野さんを左から撮影。テーブルには水のコップ、ティーカップとティーポットがある。奥に岡山さんが見える。
シティさん

同じ会場なのに、公演によって対応が違うのはもやもやしますね。かなり前の話ですけど、改善されたんですか?

中野さん

2016年に障害者差別解消法が施行されていましたし、自立生活センターで活動している立場上もあって、名古屋市の差別相談センターに相談しに行ったんです。そうしたら、すごくいい感じに対応してくださいました。

 

全国のZEPPで車椅子席をどう考えているか問い合わせてくれたのと、そのライブの主催者が障害のある人へどういう対応しているか聞き取り調査をしてくれました。その調査の結果、イベント主催者によって違ってくることがわかったのと、ZEPP名古屋としては車椅子を1階と考えていることがわかりました。

 

そんなことがあって2年後ぐらいに、また同じアーティストのライブがあったので、行ってみたんですよZEPP名古屋に。そうしたら1階席の1番後ろにエリアができていて、目の前の人が立ってもステージが見えるような台があって、そこにスロープで上がれるようになっていました。

 

そこには、車椅子だけではなく、妊婦さんとか、杖をついている人とか、聴覚過敏のイヤーマフしている人もいて、誰もが楽しめるライブハウスになったなって思いました。もしかしたら、私が言ったからかもしれません、わからないけど。

【写真】中野さんと岡山さん。テーブルを前に横並びで座り、ふたりとも笑顔を浮かべている。

もっと話を聞いてほしい、情報がほしい

ダイバーさん

岡山さんは、ライブに行くのを諦めることが結構あると言っていましたが、ふらっと行けるようになるためには、どんな設備や対応があったらいいですかね。

岡山さん

これから先、新しくライブハウスや文化施設をつくるなら、エレベーターをつける、車椅子ユーザーに限らず多様な人が鑑賞しやすくするなど様々な人たちのニーズを想定してつくってほしいです。たとえ設備的なことが難しい場合でも、「できるだけの調整はします、配慮します」ということを言う・書くなどして発信してほしいです。

ダイバーさん

対話することの半分は、聞く側が責任を持っているから、聞く側が聞く姿勢を出しておかないと対話が成立しないと星加先生は言っていました。まさにそういうことですよね。聞く側が「ご不便やご要望を聞かせてください」と先に表明しとかないと対話が起きづらい。

中野さん

そうですね、ホームページに「サポートが必要な人はご連絡ください」と一言あると安心できます。当日行ってみないとわからないことが多いので、事前にメールでやり取りができるだけでも安心感はあります。

岡山さん

実際、事前にできるだけの配慮をお願いしても「当日来てみてください」と言われることは多いです。車椅子ユーザーのための配慮など、今までやよそではどうやって来たのか、前例を知ることができたらいいですよね。「こんなふうにやっていましたよ」と言えると対応を頼みやすいので。 

 

私もこれまでどのように対応してもらえたか記録するようにしています。客席にひな壇を作ってもらえたりとか、段差だらけのライブハウスですごく長いスロープを設置してもらったりとか。

【イラスト】長ーいスロープ。中央に長い階段があり左側に上から下までスロープが設置されていて、車椅子の岡山さんが登っている。後ろから押す人、横で支える人、スロープを固定する人、前で誘導する人、階段の上で待つ人がいる。左右には客席があり、食事を楽しむ女性や、拍手を送る男性が座っている。
中野さん

前例を知っているかどうかは大事ですね。さっきのZEPP名古屋も私は2階に上がらされるかもしれないことを知っていたから、無理ですよって事前に伝えられますけど、知らない人は想定できないですから。

 

それもあって私、SNSでライブの感想とかつぶやくんですよ。それを検索で調べた人から「車椅子席の場所が事前に知れた」というメッセージを結構もらいます。そういう情報を求めている人はいるんです。


どうして介助者が無料じゃないの?

ダイバーさん

ライブは1人で行くことが多いですか?

中野さん

私は1人か友達と一緒が多いです。介助者は会場の外で待機してもらっているんですけど、それがめちゃくちゃ私にはしんどい。

 

介助者がいないと衣服の着脱ができないから、入場口で上着を脱がなきゃいけなくて寒かったりします。トイレに自分ひとりで行けないから水分補給を我慢しなきゃいけない。退場する時も人混みが不安です。 

 

そばに慣れている介助者さえいてくれれば、ライブ会場内での時間をすべて安心して過ごせるんです。でも、介助者にライブ会場内までついてきてもらうとしたら、その分もチケットを準備しなきゃいけないんですよね。 

 

お金がかかるというのもありますが、例えば、チケット予約がファンクラブ優先先行みたいな場合は、介助者もファンクラブに入っていないといけないので、現実的ではないです。

 

チケットを買ってライブに来る観客の中に、介助者の存在が不可欠な人がいるという想定が、主催者側にはないんだと思います。私たちにとっては、介助者の有無は命に関わる場合もあるので、付き添い入場を無料にしてくれたら本当に助かります。

岡山さん

私は介助者がいないと絶対にダメなので、お金がかかります。友人が一緒の時はもう友人に介助を頼むけど、 そうじゃない時は介助者の分のチケットを買う、もしくは自腹でチケット代を出して行きたいと行ってくれる介助者を探します。

ダイバーさん

なんか納得いかないですね。1人がライブを観たいだけなのに、2人分払わなきゃいけないって。

岡山さん

そう、納得いかない。

 

2023年にウィーンに行って、ウィーンフィルの本拠地の楽友協会ホールでコンサートを観た時は、介助者は無料でした。

 

日本では、福祉系のコンサートの場合、介助者無料だったり、当事者も介助者も半額で2人で1人分の料金ということはありますが、それ以外はほとんどないですね。

 

あと、障害のある人用スペースでの鑑賞は、障害者1名につき介助者1名までと言われることがあります。スペースの都合もあると思いますが、重度障害があり介助者2名でないと介助が不十分になり、身体的に苦痛が増す人や命に関わる人もいます。そういう人は、また断られるかもと、チケットを取ることをあきらめがちで、実際にそれであきらめかけた知人もいます。同伴者を増やす希望を言いにくかったり、聞いてもらえない雰囲気なのもモヤモヤします。

 

そもそも、健常者は連番のチケットを取れたら同じ場所でグループで一緒に楽しめるのに、障害者スペースでは健常者の友人と一緒に複数人で楽しむこともできないわけで、不公平に感じます。

【写真】岡山さんを正面から撮影。前で手を組み、微笑みながら話している。

障害者は半人前ですか?

中野さん

私は、付き添いと本人が半額ずつで1人分料金というのが、半人前に見られているみたいで嫌なんです。私は1人の大人として見てほしいから、障害者本人は普通の大人料金で付き添いは無料っていう表現がいいです。

 

合理的配慮の考え方からも、障害者にとって必要なサポートの人だから無料だと考えれば、付き添い無料っていう表現になるはずですよね。

ダイバーさん

私はそこまで想像できていませんでした。たしかに、それぞれ半額だと、「半額にしてあげている」感じになりますね。合理的配慮というよりは善意みたいな。

シティさん

障害者は半人前という意識が社会の中でまだ根強くあるのかも知れませんね。岡山さんは、中途障害でそういう意識に気づいたりしましたか?

岡山さん

思ったより当事者の話を聞いてくれないということは感じました。

 

だんだん障害が重くなってきて、いろんなサポートが必要になった時に、「こういうことが必要」、「この制度使いにくい」、「こういうことで困っている」というこっちの細かいことをあまり聞いてもらえずに、「こうです」と勝手に決められてしまうことに気づきました。

 

行政の人も看護師さんも店員さんも私の話は全然聞いてくれなくて、一緒にいた母に話しかけるみたいなことがめちゃくちゃ多かったです。本人に聞かないと本当に必要なことなんてわからないのに、とりあえず保護者に聞くみたいな感じが、あらゆる場面においてあります。

シティさん

合理的配慮の本質は、配慮が必要な当事者の意向に応じて調整していくということなのに、当事者の意見を聞かなくてもいいという意識があると、見当違いな「これさえやればいい」に終始したマニュアル作業になってしまいます。

岡山さん

合理的配慮の問題に限らず、本当に丁寧に相手の意向を聞くことを、私たちは子どもの頃から大人になるまでずっとあまりやってきていないような気がします。私はしてこなかったなと思います。

中野さん

やはり教育が重要だと、私は思っています。

 

障害のある子は別の学校や別のクラスにいる環境で育ってきていて、障害のない人は障害のある人と出会う機会を奪われていると思うんです。だから、大人になって障害のある人と出会っても、どうやって接すればいいかわからない。車椅子ユーザーのお客さんが来たら「どうしよう」ってなってしまうのでしょう。

 

でも、現実の社会では、いろんな人と一緒に何かしなきゃいけないことは増えてくる。人材不足で外国の人も増えるし、障害者雇用のパーセンテージも増えてきているから、多様な人が同じ社会で一緒に働き、生活していかなければならない。

 

だから、そのための技みたいなものはやっぱり身に付けておくべきで、それは小さい頃から一緒の学校でいろんな人と友達になることが1番の近道だと私は思います。慣れが必要なんですよ。

【写真】中野さんを正面から撮影。笑顔で話している。
ダイバーさん

社会全体で、学校や先生たちが「やろう」と思えばできるはずですけど…。

中野さん

今の学校だと先生の数も少ないし、1クラスの人数も多すぎて、それを1人の担任の先生が見るって絶対無理なので、いろんな課題はあると思います。 

 

でも、いろんな人が同じクラスにいれば、たとえば誰かの生活のために介助者がいることって普通なんだなって思えます。そうすれば大人になった時に、介助者と一緒に来る人のことを考えて行動できるようになるかもしれないですよね。だから小さい時からいろんな人と出会って知ってほしいなって思いますね。


好きな席を選んで観たいだけ

ダイバーさん

他に車椅子席で困ったことなどはありますか?

中野さん

会場に車椅子席の設定があったとしても、平らな客席だと前の人が立つとステージは見えなくて、お尻を2時間見て過ごしたっていうライブもたくさんありますよ。

 

ライブハウスなどは、ライブ主催者によって席配置が違うので、本当に当日行かないとわからないです。ちょっと通路に出たら見えるのに「消防法でダメです」って言われる。避難経路の問題がって。

岡山さん

消防法はめちゃくちゃ言われます。でも、なんだかんだ言って、結局行かせてくれたっていうパターンもあったりする。

中野さん

バレないように、ちょっとずつずれていったり(笑)

ダイバーさん

合理的配慮の制度ってどうですか。 義務化されたことで、なにか変わりましたか?

中野さん

私は運良くなのかわからないですけど、ZEPP名古屋の相談をしたときは、すごく親身に話を聞いてくれる担当者さんが、色々調査をして、その結果を報告をしてくださったので、とてもよかったです。

 

聞いた話では、相談しても全然動かないところもあるようなので、本当に制度が機能しているかどうかはわからないです。

岡山さん

義務化されたことで、合理的配慮への意識は少し高くなった感じはします。でも、まだあまり経っていないので、変化は正直わからないですね。

中野さん

たとえ要望が通らなくても、話しをしてくれるだけで、障害者が地域で生きているっていうことを知ってもらうきっかけにはなると思います。だから、対話の機会は持ってほしいし、大事にしてほしいです。

 

障害者側からこうしてほしいんですって言うことが、前よりも少し言いやすくなった気はします。でも、合理的配慮は障害者にとってのマイナス要素を0にするだけで、健常者よりもプラスにするものじゃないってことは一般にあまり知られていないと思います。

岡山さん

全然知られてないですね。コンサートホールで車椅子席が上の方にあるときに、私「中段のところに行けますよね」って何回か言ってみたことあるんです。すると答えは「消防法で無理です」って即断される。 

 

障害者であっても、健常者と同じように席を選べるようにするのが合理的配慮の提供ですよね。コンサートホール側は、そのための事前の環境整備も含めてできていないという意識がないんですよ。

【イラスト】コンサートホール内の様子。ステージ上ではピアノの演奏が行われている。階段状の座席が十数段あり、一番上の車椅子スペースに岡山さん。客席が半分程度埋まっているのを見て「前の方、行けそうなのになあ」と岡山さんが考えている。
ダイバーさん

合理的配慮の考え方からすると、結果的にできなかったとしても、消防法をクリアして希望の席が確保できるようにする努力はしなければならないですよね。それを門前払いするっていうのはだめなはずです。

岡山さん

そうなんですよね。でもそれは主催者の意向になります、以上。みたいな感じで、ホール側に、主催者が合理的配慮の提供ができるように環境の整備をする姿勢が足りてないことは理解されないんです。

ダイバーさん

主催者は座席の改修とかができるわけではないから、希望の席に座るという合理的配慮を提供するには、ホール側の事前の環境整備が必要になるということですね。ホールが主催者である場合もあるんだから、そこは考えておいてほしいですね。

中野さん

「私の立場になったらどう?」って思いますよね。

 

自分が車椅子ユーザーでお客さんだった場合を想像して、この席で見たいですかって1回立ち止まって考えてもらいたい。そうしたら、私が求めていることの妥当性がわかると思うんです。でも、「車椅子の人はここでいいだろう」で止まっていて、それ以上の想像をしてもらえないんです。

シティさん

車椅子ユーザーは健常者と同じように選べないってことですよね。

中野さん

例えば、舞台でSS席とS席とA席の設定があるときに、私は安い方がいいからA席でいいと思っていたとしても、SS席にしか車椅子席がないことがあります。

 

映画館でも、後ろで見たい人もいれば真ん中でみたい人もいるのに、車椅子席は一番前だけだったりします。みんなと同じように、私たちも好きな場所を選べたらいいなとは思います。


欲しいチケットを公平に手に入れたい

ダイバーさん

他にもそういう健常者が気づきにくい不公平ってありますか?

中野さん

そうですね。

 

イベントのライブビューイングなどで、一般席はネットで取れるのに、車椅子席は電話のみで受付っていうのがあります。しかも平日の10時からとかで、仕事してるし。10時に電話してももう売りきれていることもある。車椅子席もネットで公平に取れるようにしてほしいです。

岡山さん

私は、この間プラネタリウムで、一般席はオンラインで取れるのに、車椅子席は直接行かないとダメっていうのがありました。そして行ってみたら満席で入れませんでした。1時間半もかけて行ったのに。

中野さん

舞台公演で車椅子席は電話予約でっていうのが結構多いかもしれません。じゃあ聴覚障害の車椅子ユーザーはどうするんだよって思います。

ダイバーさん

なんか後回しにされてる感がすごくありますね。ネット予約などでどんどん便利になるけど、その便利さの享受から排除されているという不公平が生まれている。

中野さん

今は、いろんな人が一緒に生きていかなきゃいけない時代なので、エンタメや文化的な施設や催しも、いろんな人を受け入れる前提になってないともうダメだと思うんですよ。

 

とにかくたくさん人を入れた方が儲かるから車椅子エリアは作らない、というような古い考えのままになりがちですけど、いろんな人が来る想定をした上でチケット販売からサービスのあり方を考えるべきなんじゃないでしょうか。

ダイバーさん

それを積極的に進めましょうというのが合理的配慮の義務化ですし、長い目で見たら、いろいろな人が来られる環境を整備したほうが、社会にとって持続可能だと思いますけどね。

中野さん

現状の不公平さ、この先の社会の持続性などを想像できるようになるためにも、どれだけ対話ができるかが重要だと思います。対話して障害当事者の考えや不公平な状況を理解すれば変わっていくんじゃないかと思います。

【イラスト】メインイメージと同じライブハウスのイラスト。ステージには5人組のバンド、後方に台の上の車椅子の女性、その横にダイバーさんがいる。その横には白杖の男性、さらに別の車椅子の人、盲導犬を連れた人、イヤーマフの子ども、前方で立ってみる人、椅子に座ってみる人など様々な人がいる。

シティさん

おふたりのお話はどうでしたか?

ダイバーさん

岡山さんが言うように、主催者や会場側の聞く姿勢、 言ってくださいっていう一言が重要ということを強く感じました。事前にわからないことが多いとしても、問い合わせに対応してくれる窓口があれば、それだけでハードルがだいぶ下がるんだっていう意見はすごく重要だと思います。

 

あとは、中野さんや岡山さんのように、個人で色々切り開いて獲得してきた成果や経験が積み上がっていかないことは問題だと思いました。合理的配慮の提供の義務化で、声を上げやすくなって、対応する義務もできたので、その場その場では解決しても、他ではまた同じことを繰り返さなきゃいけないというのはしんどいと思います。

シティさん

それは、時間が解決していく部分もあると思いますけど、中野さんが言ったように教育の問題も大きいのでしょうね。松波さんも身近に当事者がいないと「障害の社会モデル」を考え続けるのは難しいと言っていましたけど、子どもの頃から当たり前に車椅子ユーザーや、介助者とともにいる人たちと同じ環境で過ごせば、大人になったときに「社会にある障害」に気づいて考えられるようになるのではないかと思います。

ダイバーさん

中野さんが言う、介助者は常に必要だから無料にしてほしいという話もそうですけど、健常者にはわからない、想像しにくいことがまだまだたくさんあります。子どもに限らず、対話などを通じて知ろうと努力することは必要ですね。それが、合理的配慮が機能するより良い社会のための遠回りのようで近道なのかもしれません。