ストーリー
【メインイメージ写真】正面を向いて微笑んでいる山田さん

(カテゴリー)インタビュー

アール・ブリュットの現在地とそのための展覧会のありかた

山田 創[滋賀県立美術館 学芸員]

クレジット

[写真]  衣笠名津美

[文]  竹内 厚

[編集]  多田智美(MUESUM)

読了まで約16分

(更新日)2024年09月26日

(この記事について)

滋賀県立美術館は、国内の公立美術館で唯一、「アール・ブリュット」を収集の柱のひとつに掲げている。アール・ブリュットとは、今なお議論の多い言葉ではあるが、提唱者のジャン・デュビュッフェは“既存の文化の影響を受けずに独特の制作を行う、精神障害者や独学のつくり手”に惹かれていたという。
滋賀県立美術館のアール・ブリュット作品のコレクションから、45人・約450点もの作品を紹介した「つくる冒険 日本のアール・ブリュット45人」展。日本のアール・ブリュットのつくり手の作品を一堂に披露することともなった、本展覧会を企画した学芸員、山田 創さんに話を聞いた。

本文

「ジャポネ展」から「つくる冒険」にいたるまで

DIVERSITY IN THE ARTS TODAY(以下、DA)

「つくる冒険 日本のアール・ブリュット45人」(以下、つくる冒険)は、2010年にパリで行われた「アール・ブリュット・ジャポネ」展(以下、ジャポネ展)の出品作が土台となっていると聞きました。まずは、そのあたりの経緯を教えてください。

山田 創(以下、山田)

「ジャポネ展」は、日本でアール・ブリュットという言葉が広まる大きなきっかけとなった展覧会でした。このときの出品作の大半を日本財団が収蔵、保管してきたのですが、昨年、これを当館へご寄贈いただきました。これは、ある面では日本におけるアール・ブリュットとは何かを形成した作品群でもありますので、それを整理しながらなるべく多くの作品をご披露するというのが、この「つくる冒険」の大きなミッションのひとつでした。ただ「ジャポネ展」の展示構成をなぞるのではなく、開催からおよそ15年の月日が経っていることも意識して、今の視点から展示を再構成して、新たに5つの文脈で組み上げていきました。

DA

5つの章タイトルは想像力が膨らむような言葉になっていますが、「ジャポネ展」との大きな違いはどこになるでしょう。

山田

第4章「社会の密林へ」、第5章「心の最果てへ」と題した展示の後半部に、その違いを表す意味を込めています。デュビュッフェによるアール・ブリュットのアイデアは、彼が精神科病院で見た精神障害者のつくるものに大きな影響を受けて提唱されたものです。ですので、当時の精神医療の状況とも重なるのでしょうが、これまでアール・ブリュットといえば、秘密、孤独、沈黙という言葉とともに語られてもきました。一方で、日本から紹介された作品は、福祉の現場で支援を受けた知的障害のある人たちの創作活動から出てきたものが多く、秘密、孤独、沈黙という形容とズレを感じるものが少なくありません。そのことをあえて主題化するかたちで、第4章「社会の密林へ」では、社会との交わりを感じさせる作品を集めました。

DA

逆に欧米の方が見たら、「これもアール・ブリュットなのか」と感じるかもしれない作品群ということですか?

山田

そうかもしれません。日本におけるアール・ブリュット受容に誤解があることはよく指摘されます。概念の厳密さを守ることも大切ですが、その一方で、もともと定義された概念とは違う性質を持ったものが、今日、アール・ブリュットという言葉で呼ばれていることについて検証することも重要であると考えています。

 

第5章の「心の最果てへ」で紹介しているつくり手のなかにには、精神疾患を発症した人たちも少なからず含まれています。精神疾患は、アール・ブリュットと深い結びつきをもったトピックともいえます。これまでも、アール・ブリュットの展示のなかでは、精神科病院での長期入院という孤立的な環境下で書き殴ったようなノートブックが、ある種、人間の原初の衝動的なものとして紹介されることもありました。

 

ただ、現在の倫理感覚では長期入院のような孤立的環境などに起因する表現を単純に称賛するのは難しく、当時の社会的要因が描かせたものであることも忘れてはならないことだと思います。もちろん、魅力的な作品群であることは否定しませんが、ちょっと立ち止まって考える時間も持ってもらいたい、というのが「心の最果てへ」という章を組み立てるにあたって私が考えていたことです。

【写真】展示会場の入り口付近の展示空間。展覧会の第1章、「色と形をおいかけて」の1つ目の展示空間の角を、正面から撮影している。展示用の可動壁には2人の作家による絵画作品、壁の手前にある緩やかにカーブした白い展示台には陶の彫刻作品が5点展示されている。

第1章「色と形をおいかけて」展示風景。全体に一般的な展覧会よりも高さをおさえて展示されている。(画像提供:滋賀県立美術館)

【写真】第2章「繰り返しのたび」の、壁面展示風景。可動壁で仕切られた空間の角を正面から写している。壁面には#18から20とナンバリングされた3名の出展作家による絵画作品が展示されている。

反復表現を中心に紹介した第2章「繰り返しのたび」の展示風景。(画像提供:滋賀県立美術館)

【写真】第4章「社会の密林へ」の壁面展示風景。可動壁で区切られた展示空間の角を、やや左斜めから写している。左側の壁面には、角ばったフォルムが特徴的なクラフトペーパー作品が52点あり足元には結界が置かれている。右奥側の壁面には3点の絵画作品が展示されている。

第4章「社会の密林へ」より。右手に見えるのは畑名祐孝(はたなひろたか)が東京タワーを描いた絵画。(画像提供:滋賀県立美術館)

【写真】第2章「繰り返しのたび」の展示風景。写真手前には、4点の彫刻作品が並ぶ。写真奥の壁面には、青いスーツを着た人物を描いた作品群が展示されている。

手前に見える吉川秀昭の立体は、「目、目、鼻、口」と唱えながら細い棒で点を打っていったもの。(画像提供:滋賀県立美術館)

【写真】第4章「社会の密林へ」の、宮間英次郎さんの展示風景。向かって右側のガラスケースの中には、三角コーンなどを土台に人形や造花などで装飾された帽子作品が2点展示されている。向かって左側の壁面には、自作の伊達メガネを身につけている笑顔の宮間さんの写真がプロジェクターで投影されている。伊達メガネは赤色の丸いフレームで、両サイドには金魚と水が入った透明なフラスコ状の容器がぶら下げられている。

「帽子おじさん」とも呼ばれた宮間英次郎(みやまえいじろう)の展示では、自転車で街を行く様子なども映像で紹介されていた。(画像提供:滋賀県立美術館)

【写真】第4章「社会の密林へ」の展示風景の写真。展示台を斜めから撮影している。 展示台には、木材でつくられた、実在のバスやトラックなどの精巧な模型が20点ほど展示され、画面奥の壁面にも額装された作品が展示されている。

西本正敏は札幌を走る実在のバスなどを木材で精巧に制作。(画像提供:滋賀県立美術館)

展示作品と問題提起は別レイヤーで

DA

広報物のデザインをはじめ展覧会全体のイメージはポップで明るいものになっていますし、今、おっしゃったような議論が作品キャプションなどに明示されているわけでもありません。そうした問題意識や情報をどのように伝えられているのでしょう。

山田

展覧会タイトル自体「つくる冒険」ですから、ワクワクした雰囲気の展示にはしたくて、例えば「アール・ブリュット~衝動の芸術」みたいな重厚な感じは避けるよう、デザイナーとも何度も打ち合わせました。その上で、個々の作品はとてもすばらしいものですから、まずはそのことを感じ取っていただきたいと考えていました。アール・ブリュットをめぐっては、さまざまに議論がありますし、今回の作品群からもさまざまなことを語ることができますが、問題提起のための材料として彼らの作品を使ってはいけないとも感じています。ですので、そうした議論や問題提起は図録内のテキストやギャラリートークといった、関心を持って一歩踏み込んだ方が触れることのできる場面で発信するようにしています。

DA

では、「つくる冒険」というタイトルにはどういった意味を込めましたか。

山田

単純に、冒険=ドキドキワクワクのアドベンチャーというわけでもなくて、もう少し抽象的な繊細な感覚のある冒険として考えています。たとえば、日常生活で見つけたものをセロハンテープでくっつけてみたら、それだけで何か見たことのないかたちが生まれた……それはとてもすてきなことですけど、一方で、それによって彼らは、何年もの間、その行為をし続けることを選択したのかもしれない。そうしたちょっとスリリングな営みでもあることも含んだタイトルとして、「つくる冒険」という言葉を選びました。

【写真】この記事で取り上げている展覧会「つくる冒険 日本のアール・ブリュット45人ーたとえば、「も」を何百回と書く。」の会場に置かれた大パネルを正面から撮影。展覧会タイトル、会期、主催・特別協力の団体名が印刷されている。 グレーの背景に、青色の文字情報やグラデーションを用いたカラフルな図形が配置され、明るく浮遊感のあるビジュアルが特徴。
「抽象的な繊細な感覚のある」冒険をどう視覚化するか。デザイナーとの密なやり取りがあったという。デザインは坂田佐武郎(Neki inc.)。[Photo:Natsumi Kinugasa]

NO-MAから滋賀県立美術館へ

DA

山田さんは、近江八幡の「ボーダレス・アートミュージアムNO-MA」(以下、NO-MA)から2022年に滋賀県立美術館へ移ってこられました。社会福祉法人グローが運営するNO-MAは、アール・ブリュットについても日本で先進的に取り組んできたミュージアムですし、グローの前身となる滋賀県社会福祉事業団が「ジャポネ展」の出展者をとりまとめたという経緯もあります。NO-MAから美術館へと移って、違いを感じていることはありますか。

山田

とても単純な答えになりますけど、規模の違いを一番に感じます。展示企画やワークショップにしても、美術館だとやっぱり段違いに反響が大きくて、波及効果の高さを感じているところです。「つくる冒険」の前に、昨年は「“みかた”の多い美術館展 さわる知る 読む聞くあそぶ はなしあう 「うーん」と悩む 自分でつくる!」(以下、みかた展)という展覧会を担当したのですが、これもNO-MA在籍の頃からチャレンジしてきた、いろんな立場の人たちにミュージアムへアクセスする回路をつくるべく企画したものですから、自分のやっていることは変わっていないと思うのですが。

DA

どんな企画だったのでしょう。

山田

NO-MAでは2021年に「79億の他人ーこの星に住む、すべての『わたし』へ」という展覧会を企画して、知的障害、盲ろうの人たちも一緒に美術鑑賞を楽しむためにはどうすればいいか、当事者たちと会議をしながらそのための方法を考えるプロジェクトも並走させました。たとえば、盲ろうの人たちが作品を触りながらしゃべっていたことを記録して、その記録もあわせて展示したり、だとか。2023年の「みかた展」では、障害者だけでなく、外国のルーツを持つ子どもたちなどにも美術館へ来てもらって、どんな方法であれば美術館にアクセスしやすいかを聞き取ったうえで、なるべくそれを実現するかたちで展覧会を行いました。

マニュアルでは対応できないことがある

DA

当事者を交えながらやり方を模索して、それをすぐに実装してみるということを、展覧会の機会にやってみたわけですね。

山田

そうですね。アール・ブリュットや障害のある人たちの作品を展示する試みは数々やってきましたけど、それを誰にでも見てもらえるようにする「アクセシビリティ」については、まだまだ考えが足りてなかったのではないかという自分の問題意識がありました。実際にそういう試みをしていくなかで、アクセシビリティを解決する共通解なんてありえない、というか、ナンセンスだと気づきました。むしろ、個別のニーズに対応するための回路がないことが問題じゃないかと。

DA

一律にこれをやっておけば大丈夫というものではないと。

山田

施設のアクセシビリティを考える際に、マニュアルやメソッドを用意しすぎると、どうしてもそれに当てはめて対応してしまうので、実際のニーズとかけ離れることもあると思います。たとえば、スロープを設置して、展示解説には音声情報を準備してというのはごく一般的な対応ですけど、やっぱりそのマニュアルが通じないケースは結構多いですし、ひとつひとつのニーズを汲み取っていく柔軟さのほうが大事じゃないかな……ってうまくまとめましたけど、それはハードルが高くて簡単にできることではないのですが、ただ、基本的なスタンスとしてはそういうことを大事にしたいという思いは間違いなくありますね。

DA

アール・ブリュットの展示と美術館のアクセシビリティのこと、通じる部分も多そうですね。この先、山田さんはどんなことをやっていきたいと考えていますか。

山田

「つくる冒険」とその巡回展によって、これだけのアール・ブリュットのまとまったコレクションがあることを広く見ていただく機会がつくれましたので、これからは作品の貸し出しの話も増えてくるかなと期待しています。

 

一方で、「ジャポネ展」以降、日本でアール・ブリュットが受容されてからの展開についての話もしたいんです。ポスト「アール・ブリュット」と言うか、これまでのアール・ブリュットを相対化するような観点での展示を考えたいですし、また別の分野の作品と比較するようなかたちでの展示もやってみたいですね。決してアール・ブリュットという言葉を否定するわけではないですけど、今回「つくる冒険」で紹介した作品も、必ずしもこの言葉に縛りつけられる作品群でもないですから。

【写真】休憩スペースからの景色。池の中央には岩で囲まれた小さな島があり、池の周りには低木や木がが生えている。画面手前には2本の木が写っており、右側の木にはひらがなの「も」に足が生えたキャラクターが描かれた紙が掲示されている。展覧会のサブタイトルである「たとえば、「も」を何百回と書く。」に合わせた仕掛け。
「たとえば、「も」を何百回と書く。」という展覧会のサブタイトルに合わせて、“も”さんがあちこちに隠れているという子どもの気をそらさない仕掛けも。(画像提供:滋賀県立美術館)

※近年の滋賀県立美術館の展覧会のチラシには、以下のような但し書きがある。「当館では、しーんと静かにする必要はなく、おしゃべりしながら、ご観覧いただけます。…(略)…ご来館にあたっての不安がある場合は、[お問い合わせ]からご連絡ください。事前の情報提供や当日のサポートのご希望に、可能な範囲で対応します」。


関連人物

山田 創

(英語表記)YAMADA Sou

(山田 創さんのプロフィール)
同志社大学文学部文学研究科 博士課程(前期課程)美学芸術学専攻修了。2017年からボーダレス・アートミュージアムNO-MA学芸員、2022年から滋賀県立美術館学芸員(担当はアール・ブリュット)。滋賀県立美術館での企画に「つくる冒険 日本のアール・ブリュット45人―たとえば、「も」を何百回と書く。」「“みかた”の多い美術館展」(2023)、ボーダレス・アートミュージアムNO-MAでの企画に「反復と平和——日々、わたしを繰り返す」展(2022)、「79億の他人——この星に住むすべての「わたし」へ」展(2021)。
(山田 創さんの関連サイト)