ストーリー
【メインイメージ写真】北海道日高郡にある支援施設〈静内桜風園〉で暮らす作家の高丸誠さんが、セロハンテープでつくった自作のメガネをカメラのほうに手渡そうとする様子。高丸さん自身もお手製のメガネをかけている。

(カテゴリー)アーティスト

高丸 誠

Cultivating The Arts “生きるための技術”をさがして(北海道③)

クレジット

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(更新日)2024年07月26日

(この記事について)

「THE ARTS」を“生きるための技術”ととらえ、表現が生まれる全国各地の現場を、福祉や創作活動に携わる案内人とともにめぐる企画「Cultivating The Arts」。今回は、北海道で障害のある人の豊かな創造性と表現の活動を見つめ続ける、社会福祉法人ゆうゆうの大友恵理さんを迎え、3名の作家のもとを訪問した。北海道白老(しらおい)町で創作活動を行う田湯加那子(たゆかなこ)さん、〈チャレンジキャンパスさっぽろ〉で稽古を行う劇団「ハンディキャップシアター Show Time」の次は、支援施設〈静内桜風園(しずないおうふうえん)〉で暮らす作家の高丸 誠さん。

本文

プロローグ:創作を生きる力に

北海道で障害のある人の芸術活動を推進する「北海道アールブリュットネットワーク協議会」や、東北も含む広域支援センター「アールブリュット推進センターGently」の事務局を担うのが、当別(とうべつ)町にある社会福祉法人ゆうゆう。大友恵理さんは、その担当者として道内に住むさまざまな作家や支援者と連携してきた。

「特に作家さんたちとは、展覧会やイベントなどで作品を出してもらったり、作品紹介をしたりするなかで、関係性が築かれていきました」と大友さんは語る。

現代美術のキュレーターだった大友さんは、2019年に北海道立帯広美術館で開催された「北海道のアール・ブリュット こころとこころの交差点」展をきっかけに障害のある人のアートと関わるようになった。全道規模では初となる展覧会のディレクションを担当した。それから、ゆうゆうの職員として、アール・ブリュットの世界に深く分け入っていく。

さまざまな作品に触れるなかで、大友さんは、「作家は、創作を生きる力に変えている」と感じているという。大友さんの案内で、そんな表現活動に取り組む人たちに会いにいく。


憧れ、思い出を、何度も何度もかたちに

【写真】車内のフロントガラスごしから撮影した大雪の積もった車道。両側に雪の積もった木々が連なる。左手には「動物注意」の道路標識が立ち、中央には前を走る車が写っている。

2日目は、あいにくの大雪。道南に向かう高速道路は通行止めとなり、札幌から下道で目的地の新ひだか町に向かう。

予定より2時間遅れ、午後2時頃に社会福祉法人静内ペテカリが運営する支援施設〈静内桜風園〉に到着。作家の高丸 誠さんが、ふだん暮らしている居室の前で出迎えてくれた。

【写真】北海道日高郡にある支援施設〈静内桜風園〉で暮らす作家の高丸誠さんが、セロハンテープでつくった自作のメガネをカメラのほうに手渡そうとする様子。高丸さん自身もお手製のメガネをかけている。
自作のメガネを貸してくれた高丸さん。黒の油性ペンで、色をつけている

高丸さんは、昼寝の最中だったが、ベッドから起きてきて、代表作となっている、セロハンテープでつくったメガネを見せてくれた。軽い。触らせてもらうと、高丸さんは少し眉間に皺を寄せた。

「4年前までは、作品を貸してもらえなかったんです」と、大友さん。高丸さんにとって、作品は、大切な宝もの。人に見せるためにつくったわけではなく、大事にしまってあるものだった。それを、周囲が少しずつ「貸してもらう」なかで、だんだんと作品は世に出るようになっていったと教えてくれた。

高丸さんは、1988年から桜風園で暮らし、1998年頃から自室でメガネをつくっている。手本は見ず、幼少期の記憶に頼り、同じものを何個もつくる。

【写真】高丸さんがつくったメガネの作品。同じ形のものが数十個ほど重ねて並べられている。

黒く着色されたものが完成品 画像提供:社会福祉法人ゆうゆう

【写真】高丸さんがつくった完成品のメガネを1点だけ置いて撮影した写真

画像提供:社会福祉法人ゆうゆう

【写真】油性ペンで黒く着色される前の十数個のメガネが、机に置かれている

「メガネはお父さんがかけていて、『大人』を象徴するものだったのではないか」と、管理者の福田簡正(ひろまさ)さんが説明する。

「同じ作品をたくさん持つことで、何よりまず自分を満足させている。自分のためにつくったものが広がっているんだと思います」

メガネのほかにも、高丸さんは、子どもの頃に見た車の絵、思い出の写真を模写したものなどをたくさんつくってきた。

【写真】車を真正面から描いた絵を、高丸さんの頭ごしに撮影した写真。絵は切り貼りした雑紙の上に描かれている。

記憶のみを頼りに、ディテールを描き込む。台紙は切り貼りしたものを重ねている

【写真】高丸さんが、机に広げた作品を丁寧に袋へしまう様子。
【写真】椅子の上に段ボール箱が置かれ、さらにその蓋の上に、高丸さんの絵が目いっぱいに入った透明の袋が置かれている。

「高丸さんの大ファンなんです」と語るのが、展示などを通じて高丸さんの作品を紹介してきた職員の櫻井真美さん。2002年から静内ペテカリで働き、「利用者さんが、暇つぶしにつくっているものを集めるのが好きだった」。

アール・ブリュットの動向を学んだ櫻井さんは、2015年から地元で仲間と小さな展覧会をひらくように。高丸さんの作品も2016年にはじめて展示した。

アートを介することで、福祉施設の利用者の〝すごさ〟に気づく。福祉の現場では〝問題行動〟とされがちなことに、別の光を当てることもできるという。

「高丸さんは、つくることで、人とつながりたいのかも」と、櫻井さん。展示も回数をこなすことで、作品を貸したり、取材に応じたりと、交流が生まれていく。そして、関係性が外にひらかれていくのは、自分たち支援者も同じだと感じている。

取材が終わると、ちょっとくたびれたのか、高丸さんは遅めの昼寝に戻った。

【写真】〈静内桜風園〉の外観。車寄せは雪に覆われ、施設の背景には林がある。

道内でも、アール・ブリュットの取り組みは、30年以上の歴史がある。多様な表現の可能性がある。

「日常生活のなかにあるものなので、まだ知らない作家さんはたくさんいるはず」と、大友さんは言う。

車は空港に向かう。車窓には、真っ白い雪原がずっと広がっている。好き、夢、憧れー生きる力を生み出し、生を豊かにするどんな心のうちの表現が、そこにあるのだろうか。

【写真】真っ白な雪原に、馬が二頭佇んでいる。奥には柵が連なり、水平線と雲の浮かぶ空がある。

関連人物

高丸 誠

(英語表記)TAKAMARU Makoto

(高丸 誠さんのプロフィール)
1970年生まれ。セロハンテープを素材としたメガネの作品などが多くの人を惹きつけ、さまざまな展覧会に参加。同じ作品を何個もつくることが特徴で、自室や実家で大切に保管している
(高丸 誠さんの関連サイト)

大友恵理

(英語表記)OTOMO Eri

(大友恵理さんのプロフィール)
社会福祉法人ゆうゆう芸術文化推進室学芸員。障害のある人の芸術文化活動の推進に従事し、展覧会やイベント、研修の企画運営などに携わる。
(大友恵理さんの関連サイト)