プロローグ:創作を生きる力に
北海道で障害のある人の芸術活動を推進する「北海道アールブリュットネットワーク協議会」や、東北も含む広域支援センター「アールブリュット推進センターGently」の事務局を担うのが、当別(とうべつ)町にある社会福祉法人ゆうゆう。大友恵理さんは、その担当者として道内に住むさまざまな作家や支援者と連携してきた。
「特に作家さんたちとは、展覧会やイベントなどで作品を出してもらったり、作品紹介をしたりするなかで、関係性が築かれていきました」と大友さんは語る。
現代美術のキュレーターだった大友さんは、2019年に北海道立帯広美術館で開催された「北海道のアール・ブリュット こころとこころの交差点」展をきっかけに障害のある人のアートと関わるようになった。全道規模では初となる展覧会のディレクションを担当した。それから、ゆうゆうの職員として、アール・ブリュットの世界に深く分け入っていく。
さまざまな作品に触れるなかで、大友さんは、「作家は、創作を生きる力に変えている」と感じているという。大友さんの案内で、そんな表現活動に取り組む人たちに会いにいく。
伝えたい、夢をあきらめない
午後4時半。札幌は、雪が降りはじめていた。劇団「ハンディキャップシアター Show Time」がいつも仕事のあとに稽古をしている福祉事業所〈チャレンジキャンパスさっぽろ(CCS)〉を訪ねた。
身振りを交え、生き生きとした抑揚で台本の読み合わせを行うのは、三好宏樹さん、小澤育さん、藤田章太郎さんの3人。この日は、演技指導を行う俳優の金田一仁志さん、舞台の裏方を担う3人のご家族とともにあたたかく迎えてくれた。
Show Timeの舞台は、コミカルで楽しい。真面目だが、頑張るほど空回りしてしまう三好さん扮する「唐間割(からまわり)宏樹」と、小澤さん扮するお茶目な「ミッフィー小澤」、藤田さん扮するマイペースな「日真田(ひまだ)章太郎」が登場。話題をリードしようとする唐間割だが、2人はどんどん脱線し——というドタバタ劇が笑いを誘う。
「小学生のときから、俳優になるのが夢でした」と、リーダーの三好さんはまっすぐな眼差しで言う。Show Timeは、2018年にはじまった三好さんと小澤さんのコンビの活動に、2019年から藤田さんが加わるかたちで旗揚げされた。
小澤さんの「私も大学に行きたい!」という声をきっかけに、高校卒業後の学びの場として、小澤さんや三好さんのご家族や支援者が2011年に立ち上げたのがCCSだ。小澤さんの卒業後、CCSは演劇プログラムを取り入れた。
そのプログラムで、講師を引き受けてきたのが、市民劇団を率い、大学でも教えてきた金田一さん。演じることで、学生たちは驚くほど躍動していく。CCSを卒業しても活動を続けていくかたちを模索するなかで、演劇未経験ながらも手を挙げた3人がShow Timeを結成した。
「人に伝えることは、本当に難しい」と金田一さんは言う。3人には、演劇の基本である発声や表現法を何度も伝えてきた。
セリフは忘れてしまうし、滑舌も決してよくはない。だが、3人は厳しい稽古についてくる。“伝えたい”という本気は、プロにも負けない。「基本に立ち返らされましたよ」と、金田一さん。Show Timeの個性を引き出す脚本・演出家として、3人の役者の成長を見守り続けている。
「舞台に立つと、仲間が応援に来てくれるのが嬉しい」と、小澤さん。藤田さんは、「楽しい舞台でお客さんを笑わせたい」。三好さんは、「大好きな演劇を長く続けたい」と夢を語る。
「自己実現に向かっているところがよくて、やりたいことをあきらめない姿が希望」と、大友さん。10月の定期公演に向けて、一座は新作の準備を進めている。