「ともにつくる」対話から生まれるもの
「この病気にならないと理解できないと思います。どうせ、他人事でございましょう」
展覧会名でもあるこの言葉は、「わたしの幻聴幻覚」プロジェクト1)の取り組みのなかで聞き取りを行った精神障害者福祉支援施設に通うある利用者のものだという。この言葉を言わざるをえない状況と背景があるということ。見えない断絶が滲むような言葉に導かれるまま、松山を訪れた。
松山城の東側に位置する〈和光会館〉に、NPO法人シアターネットワークえひめ(以下、TNE)の運営する精神障害者就労継続支援B型事業所〈風のねこ〉と、小劇場〈シアターねこ〉が併設されている。福祉と舞台芸術の横断的な取り組みを行う稀有な場所だ。
1)「わたしの幻聴幻覚」プロジェクト:2019年、TNEによってスタート。2020年度より、文化庁委託事業:障害者等による文化芸術活動推進事業に採択された。統合失調症の主な症状である幻聴幻覚の表現に関わる取り組みを重ねながら、精神障害のある人たちの言葉と出合い、幻聴幻覚について知る、「他人事にしない」社会にしていくための活動
下駄箱に靴をしまい、2階へと上がる。受付で「この病気にならないと理解できないと思います。どうせ、他人事でございましょう」展2)(以下、他人事展)の概要が記載されたハンドアウトを受け取ると、会場であるシアターへ。舞台側には「わたしの幻聴幻覚」プロジェクトを通して制作した作品群とワークショップのプロセスを伝える映像。客席側には本展の展示設計・企画アドバイザーを務めた美術家の飯山由貴(いいやまゆき)さんによる映像作品が展示されている。
2)「この病気にならないと理解できないと思います。どうせ、他人事でございましょう」展:「わたしの幻聴幻覚」プロジェクトの途中経過を伝えるべく、2023年7月13日〜30日の期間、〈シアターねこ〉にて開催された展覧会。美術家の飯山由貴さんが展示設計・企画アドバイザーを務め、展示構成やプロジェクトのプロセスを記録した映像の編集などを手がけた。会期中にはゲストを交えた4回のギャラリートークと、「共に生きる社会ってなに?〜表現やアートができること」と題したシンポジウムを開催
プロジェクトのスタートは2019年。東京・世田谷区の福祉事業所〈ハーモニー〉制作の『幻聴妄想かるた』と出合い、自分たちも同じ取り組みに挑戦したいと電話で問い合わせたことがきっかけだった。同年8月から〈風のねこ〉で幻聴幻覚カードをつくるための聞き取りがはじまり、カードづくりと並行して2020年には、「障害のある人との表現を考えるラボ」を立ち上げ、俳優であり演出家・劇作家の有門正太郎(ありかどしょうたろう)さんを招き利用者とともにワークショップを実施。その後は有門さんに加え、Hanbun.sato.co(はんぶんさとこ)さん、斉藤かおるさんといったアーティストが合流。現在も、関わる人の幅をさらに広げ、幻聴幻覚の世界を知るための演劇的手法を取り入れるなど、ワークショップのかたちも変わりつつある。
TNE代表の森本しげみさんは当時を振り返りながら「最初はアーティストも利用者も不安だらけ。でも、回数を重ねるなかで、お互いのことを知り、対話する状況が生まれていった」と話す。
「話せる」場があるということ
当初、聞き取りと作画は、〈風のねこ〉の利用者同士で行っていた。幻聴幻覚のある人とない人がおり、幻聴幻覚がある人のなかでもそれぞれ頻度や内容は異なる。ヒアリング相手にスケッチを見せながら、姿形や色、どんな音や声をしているかなど、1回につき2時間ほどかけて細部を聞き取りしていったという。2022年からは外部の美術家が入り、4コマ漫画も制作することに。森本さんは「聞き取りをしている間も、幻聴幻覚に命令されている利用者の方がいるので、『目の前にいらっしゃるんですね。こんにちは!』『どんな幻聴さんですか?』『色は?』など、対話しながらその場で絵を描いていました。だんだんと利用者さん同士の関係性も育っていって、絵の表現が豊かになっていったように感じます」と実感を語る。
幻聴幻覚カードを用いて、2022年に制作したのが《幻聴幻覚台本》だ。ワークショップの参加者同士で配役を変えながら、それぞれがセリフに込められた感情や意図を想像し、発話していく。このとき、アドバイザーとして携わっていた飯山さんは、報告書のなかで次のように書いている。「他者によって自分の幻聴幻覚のエピソードが演じられる様子を、幻聴幻覚を経験した本人も参加して見聞きし、肯定的に考えている様子が印象的だった。個人が経験し、恐ろしかったり優しかったりする幻聴や幻覚の経験が、ある小さな集団の物語へと変化していく時間だった」
幻聴幻覚カードを制作するきっかけにもなった『幻聴妄想かるた』を知るまでは、幻聴幻覚を広く伝えることに躊躇があったという森本さん。医療機関や精神保健の現場で活動する人ならば当たり前のことかもしれないが、幻聴幻覚を共有すればするほど、統合失調症や精神障害のある人たちを特別な人の枠に分断し、追いやることになってしまう。しかし、《幻聴幻覚台本》にあるようなユニークな話を聞くにつれ、「これは(幻聴幻覚を抱える人たちの経験を共有するための)フックにするしかない」とあらためて考えた。
「台本をみんなで聞き合って、ともに場をつくっていくようなワークショップ空間のなかでは、幻聴幻覚のある・なしや、講師・参加者といった枠は気にならなくなって、みんな一緒なんやなぁという感覚があります。そういった場があって、医療機関や家族にさえ言うのもはばかられるような、自分のなかに閉ざしていたものを“話せる”ということが、まずは大きな一歩なんです。それによって症状が変わることはないんですが、幻聴幻覚を自分から引き離して考えられるようになった、というのはあるのかもしれません」
※画像の《幻聴幻覚台本》の「たこ入道さん」はこちらからテキストデータでもお読みいただけます。
言葉や感情を重ねる
シアターに併設された楽屋には、市内の精神疾患・精神障害のある人が通う4施設の利用者と飯山さんのワークショップ「これはなんでも思っていることを書いていいカードです」を経て生まれた作品たち—さまざまな言葉が描かれたボードが置かれている。
社会運動において掲げられるプラカードのように、色も字体も大きさも、表れている主張も多様だ。そこには幻聴幻覚とはほぼ関係なく、個人の等身大の悩み、あきらめ、感謝、怒りなどの感情がちりばめられている。書いた人たちの息づかいや生活の雰囲気が感じられ、それらは筆者にとっても、自分の暮らしや感情と重なる部分がある。異なる感覚や身体をもつ人と人との関わりのなかで、他者を本当の意味で理解することはできないが、だからこそその重なりを実感できる場はとても貴重だ。目の前にいる人の表現や言葉を聞き、自分が何者かを語ること。そのなかで重なり合う〝何か〟を語りなおすプロセスにこそ、すでに同じ地面の上にともにあるということを知る術があるのではないだろうか。
Information
〈NPO法人シアターネットワークえひめ〉
住所:愛媛県松山市緑町1-2-1 シアターねこ2階
電話・FAX:089-904-5173(風のねこ)
問合せ受付時間: 9:00-17:00(土曜、日曜、祝日休み)
Web:NPO法人シアターネットワークえひめ公式サイト