ストーリー
【メインイメージ写真】NPO福祉法人ザンザーラの施設内の様子。部屋には丸テーブルが2つあり、卓上にパソコンや本、文房具などが置かれている。そして、それを取り囲むように、スツールやアームのついたチェアなどいろいろな形状をした椅子が並べられている。白い壁にはさまざまなイラストが貼られている。

(カテゴリー)コラム

ささやかで大切な闘争の備忘録
イタリア・ミラノから 02

読了まで約4分

(更新日)2024年03月15日

(この記事について)

ろう者の両親のもとで手話を第一言語として育ち、視覚身体言語の研究やさまざまな身体性をもつ人たちとの協働によるメディア制作を実践する、インタープリター/リサーチャーの和田夏実さん。2023年9月、彼女はイタリア・ミラノ工科大学に所属し、EUのリサーチプログラムの研究員として働くこととなった。欧州各地のケア施設を巡りながら過ごす日々の小さな出来事をつづる連載第2回。

本文

いつの間にかサマータイムも終わり、日本時間の16時に、こちらは7時。朝がはじまる。イタリア語で明日を表すdomaniはラテン語のdē māneを語源に持ち、朝早く、明けを指す。日本の明日もまた、あけしだ(明時)、夜が明けるときに由来し、英語のtomorrowもまたto morgenne、朝に向かってを意味する。日々やってくる朝の美しさはどこにいても変わらず、そして歴史をたどっても、同じ美しさを想い、明日を迎えていたことに少し嬉しくなる。

イタリア語を学びはじめて驚いたのが、形容詞と名詞の語順だ。日本語や英語では形容詞+名詞の語順で、「小さな」「箱」と名詞が出てきてはじめて、「小さな箱」が頭に浮かぶ。一方、名詞+形容詞の語順にとるイタリア語では、「箱」「小さい」となり、一度、頭に浮かんだ箱が小さくなる。頭のなかでその形や見た目、色が変わるのだ。そのせいか、思いもよらないような形、遊び心に溢れたイタリアの家具に多く遭遇すると、「さては、頭のなかでいつも形を変えているからだな?」と思う。

手話もまた、日本手話は空間に配置していくような表現が多く、イタリア手話は前後に大きく動く。言葉を覚えるたびに、思考は揺れ、「私」もまた変化していく。それぞれの言語を身につけるなかで、自分の顔の動きもまた新しく生まれていることに気づいた。

2023年11月9日
グラウンド

【写真】白いラインが引かれた鮮やかな水色の小さなコートに、20数名ほどの人が集まっている。

ランドスケープデザインの授業の一環として、ブラインドサッカーを体験する回があった。ラボの教授が主導していたため、飛び入り参加してみた。空間のとらえ方、方向の探り方、人々の動き、空気の揺れ。選手たちの機敏さに圧倒されながら、世界のつかみ方を学ぶ。選手のひとりと、偶然にもオーディオゲームの話や共通の知り合いの話で盛り上がった。世界は広いようで、狭く、類は友を呼ぶ。またひとつ、つながりができた。

11月8日
メトロ内で

【写真】地下鉄のなかで、3人の人が互いの手首をつかんだり、手を添えたりしながら、支え合っているその手元の様子

ラボのメンバーとフィールドワークから帰る。挨拶のハグ、さよならのキス。引っ越してきてから、慣れない距離に、最初は過度に離れてしまったり、身体がこわばったりと、パーソナルスペースがぐらぐら揺れていた。けれど、不安すらもすうっと消えていくような触れ方や、信頼を伝える手の置き方と出合うなかで、触れることに込められた多様なメッセージに気づいた。そうか、直接のコミュニケーション方法が違うのか。肌から伝わる安心を思い出し、触れ合いながら育つことの意味に想いを馳せる。メトロに揺られるなかで、それぞれを支えるためのつなぎ方を編み出した。

11月14日
NPO福祉法人ザンザーラ

【写真】メインイメージと同じ写真。NPO福祉法人ザンザーラの施設内の様子。

ローマ在住の多木陽介さんによる研修ツアーに参加し、念願の<ザンザーラ>へ。皆が対等に関わり合いながら商品をつくる。私がつくったもの、という感覚を一人ひとりがもつようなプロセス。今探索している“sense of home”“sense of belonging”に接続すると思いながら話を聞いた。sense of belongingに、一人ひとりの誕生日が書かれたカレンダーをつくる、という例がある。大きなイノベーションではない、けれども大切な美学を感じる。

11月28日
化粧品売り場

【写真】化粧品売場の様子。40本を超える種類のファンデーションが2列に並べられている。それぞれは微妙な色の差異で、グラデーションのようになっている。

リップクリームを探しに、街へ。ファンデーションの種類の多さに目を惹かれた。幼少期、自分の言語(手話)や家族との関わりを描くお話がないことで、世界に居場所がないような気持ちになったことを思い出す。一人ひとりの美の探求と肯定。ものがあるということは、それを使う人の存在を常に肯定することでもある。私のためのもの。あなたのためのもの。つくるということは、もう少しシンプルなことなのかもしれない。

12月3日
自宅 / 毛糸屋さん

【写真】編みかけの手袋を手にはめている様子。赤や黄、オレンジ、薄ベージュの糸が編まれ、きれいな模様をつくっている。
【写真】女性が編みかけのマフラーを持っている様子。マフラーの色はベージュから黄、オレンジ、ピンク、白、ライムグリーンへと徐々に変わっていくグラデーションになっている。

20年ぶりに編み物をはじめる。長野に住んでいた頃は、おばあちゃんにマフラーを編んだりしていたけれど、ついつい遠のいていた。イタリアでは大型の手芸店というよりは、オートクチュール時代を支えた小さなお店がそのまま続いていたりして、きれいで華やかな色とりどりの毛糸が売られている。子どものために編む人、プレゼントをつくる人、若い女性からおじいちゃんまで、通うたび、多くの人でにぎわっている。言語がわからず、薄い膜で覆われたような環境で過ごしていると、自分の手元で何かが出来上がっていくことがとても嬉しくて安心する。気づいたら、祖父母に母、叔父の分まで、あっという間にマフラーと帽子と手袋が出来上がっていていた。引っ越して4ヵ月目、ここでの関係がそう多くはつくられていない私は、まだまだ暇なんだな、と思う。

12月14日
デュッセルドルフ空港

【写真】男性が充電器につながれたスマートフォンを見せている様子。画面にはTiktokにアップされたデザートの映像が映っている。

「充電器貸してくれない?」と、デュッセルドルフの空港で声をかけられた。充電をしながらおじさんと話していると、たまたまミラノに住んでいることが判明した(ミラノ行きの飛行機待ちだったので、そりゃそうか)。「おいしいお店教えてあげるよ!」と言って出してくれたおじさんのTikTokを見ながら、「Bene!(いいな!)」「Sembra buono!(おいしそう!)」と覚えたてのイタリア語を繰り出した。ふたりともこのコミュニケーション以外のコードが思いつかない。引っ込みもつかなくなって、「シュッ」とおじさんの指がTikTokをスクロールしては「Bene!」と答えるやりとりを45分くらいひたすら繰り返してしまった。


関連人物

和田夏実(インタープリター/リサーチャー)

(英語表記)WADA Natsumi

(和田夏実(インタープリター/リサーチャー)さんのプロフィール)
ろう者の両親のもとで手話を第一言語として育ち、大学進学時にあらためて手で表現することの可能性に惹かれる。視覚身体言語の研究、さまざまな身体性の方々との協働から感覚がもつメディアの可能性について模索する。近年は、LOUD AIRと共同で感覚を探るカードゲーム”Qua|ia”や、たばたはやと+magnetとして触手話をもとにしたつながるコミュニケーションゲーム”LINKAGE”、”たっちまっち”、認知と脳に関する研究、ことばと感覚の翻訳方法を探るゲームやプロジェクトを展開。現在、ミラノ工科大学に研究員として在籍。2016年手話通訳士資格取得。《an image of…》《visual creole》 "traNslatioNs - Understanding Misunderstanding", 21_21 DESIGN SIGHT, 2020