プロローグ:関係性から生まれるもの
2019年より山形で続く、“障害のある人たちの表現(=「きざし」)とそれに寄り添う「まなざし」に焦点をあてた”公募展「きざしとまなざし」。武田和恵 さんは、その舞台裏を担うひとりだ。各地の福祉施設や個人を訪ねては、表現活動の現況について聞き取りを重ねている。
「きざしとまなざし」。たとえば、こんなことがあったという。ある福祉施設では、備品を毎日のように駐車場に並べる人がいた。もちろん、利用したい人からすれば困ってしまう。しかし、スタッフはその行為に戸惑いながらも、「なぜだろう?」という自身の素直な視点に立ち、 写真を撮って記録を続けた。“いたずら”のような営みの蓄積に、その人の意思の表れを汲み取ったのだ。
「問題行動だと見なされるような行為も、とらえ方を変えれば、ものを創造する芸術活動なのかもしれない。だから、『きざしとまなざし』展では、そんな関係性から生まれてくる、表現の“きざし”を紹介しているんです」と武田さんは言う。
「好き」「やってみたい」が
ものをつくるエネルギー
朝、山形市鳥居ヶ丘の住宅街に佇む、社会福祉法人ほのぼの会〈わたしの会社〉へ赴いた。施設が運営するカフェとパン屋が併設され、かすかに香ばしい匂いが漂う。外から店を覗き込むと準備中で、「素材にこだわっていて、おいしいんだよ。あとで寄ろう」と武田さん。向かいの敷地では、スタッフの方が畑仕事に精を出していた。
施設内のアトリエでも、手織りや絵などの創作活動を行う利用者の方々が、作業をはじめようとしていた。テーブルの上にゆっくりと紙やノートを積み上げているのは、遠藤 綾さんだ。見ると、それぞれに色とりどりの文字が書き連ねられている。なかには紙の端が折れていたり、色褪せていたりと年季を感じるものも。
「好きな歌の歌詞や、アニメのキャラクター名などを何年も書いていらっしゃって。数百枚はあるだろう紙の束を、毎日リュックに入れて持ってきて、必ず全部持ち帰るんです」と、スタッフの上遠野(かどおの)莉奈さんが話す。傍らには、CDの歌詞カードも同じように重ねられていた。頑張ったときのごほうびとして、ご家族に買ってもらったものなのだそう。「すべてに綾さんの“好き”が詰まっている。お守りのようなものなのだと思います」と、上遠野さん。こうして自分のスペースを整頓することが、綾さんの作業前のルーティンになっている。
しかし、仕事中に文字を書くわけではない。ここ数年は刺繍に熱中しているという。隣の部屋に移動した綾さんは、布を顔の間近に寄せて、静かに針を上下させていた。「カラフルな色使いや細かなタッチは、綾さんが書く文字とも通じている気がする」と武田さんは言う。刺繍をはじめたての頃は糸が単線でフラットだったが、今は層のように重ねて縫うことで、独特の味わいを生んでいる。
綾さんは絵や手織りにも取り組むそうで、上遠野さんから「やってみる?」と素材を提案することもある。それに対し綾さんは、「えぇー」と顔をしかめはにかむものの、みるみる自分なりの表し方に昇華していくのだとか。
「私だったら、『なぜこのモチーフを選ぶのか』などと理由を考えて固くなってしまいます。でも、綾さんは『好き』『やってみたい』がエネルギーとなって湧き上がる。表現者として尊敬していますし、どんなものが生まれるのか、いつも楽しみで仕方ありません」と、上遠野さんは真っ直ぐな目で語ってくれた。