プロローグ:幼馴染のめぐさん
僕がつくりたいと思うドキュメンタリー映画は、登場人物の魅力がとても大切。「この人に興味がある」「この人を撮りたい」「この人となら面白い映画つくれそう」、そういう気持ちが企画の原点となる。本作は、僕の幼馴染でもある、めぐさんの視点を軸に「みらいファームの人たちの生活や営みを知りたい」という想いからはじまった(青柳)
前作『東京自転車節』の劇場公開が落ち着き始めた頃、大澤プロデューサーが僕に問いかけた。「⻘柳君、次の映画の企画は何を考えているの?」正直考えていなかった。まだまだ『東京自転車節』を世に送り出している途中、考える余裕を持てなかったからだ。でも次を作る必要性を感じていた。映画を作り続けることがこれまでの映画を生かすことになると知っていたからだ。大澤さんに問われたとき、口をついて出たのが「みらいファーム」の人達のことだったのだ。
ーー『フジヤマコットントン』青柳拓監督ステートメントより引用
2022年3月20日
撮影前の助走期間
監督の母親が勤め、青柳にとっても馴染みある本施設。まずはカメラを持ってこの場所を訪ねた。撮影はせず、カメラと撮影者がそこに居させてもらえるよう、馴染ませるような時間(山野目)
5月10日
最初に目に飛び込んできた、いちろうさん
映画をつくりたいという想いをもってこの場所を訪れたとき、最初に見た光景。部屋の中心にドンと座り、ずーっと綿繰り機を回している、いちろうさんのその姿。まわりを見回してみると、「綿」を種から育て、収穫し、布を織ることが、みらいファームにとって、大切な活動なのだと気づかされる(青柳)
5月13日
花を育てる、けんいちさんとたつなりさん
母の日のこと、次に来る父の日のこと。楽しそうな2人の会話と裏腹に、それぞれが置かれている現状にも想いが至る(山野目)
施設の利用者である2人の会話に日々の喜怒哀楽が表れていたことに驚き、利用者自身の感情を自然なかたちで観る人に届けることができると思い、「こういうカットをもっと撮ってきて!」という話になった(辻井)
最初は、僕も交じって3人で何気ない会話をしていた。そんなリラックスした時間を経て、2人の会話を撮ることができた。映像を持ち帰り、それを見た編集の辻井さんが「利用者同士の関係がよく表れている」と一言。「目の前の人の魅力」だけでなく「登場人物同士の関係性の魅力」が描けることに確信を抱いた。以降、カメラの画角が広がるような、視界が開けた感覚がある(青柳)
「みらいファーム」で働いている人たちのことを、 僕は古くから知っていた。ケンちゃんのことは昔から兄のように慕っていて、たけしさんは巨匠のように絵を描いて僕に見せてくれた。三枝さんは誕生日や映画の公開など、ことあるごとに僕に手紙をくれた。めぐさん、ゆかさんと話をするといつも笑って笑顔になってくれる優しい友人のように想っていて、とにかく大好きな人たちばかりだった。こうした和やかな話を大澤プロデューサーに伝えた後、少し考えて相模原障害者施設殺傷事件のことも話した。
ーー『フジヤマコットントン』青柳拓監督ステートメントより引用
6月9日
みんなから見守られている、ふみとくん
施設に来ても寝ていることの多い最年少のふみとくんだが、周囲の人たちはそんな彼を見守り、尊重し、優しく待っている。そこに居るだけでいい、不思議な存在として。僕らは寝ているふみとくんを毎回撮影した(青柳)
絵を描くたけしさんと、言葉を一切発さず体の動きでコミュニケーションをとるふみとくん。彼に限らず撮影者がとらえてきたのは、言葉とは違う方法で行う利用者の方々独自のコミュニケーション。ぜひ映画のなかで探して、体験してほしい(辻井)
6月22日
畑に座る、おおもりさん
おおもりさんの普段過ごしている時間と空間を感じられるシーン。この時期は、施設スタッフにも僕らにもあまり表情を見せず、薬の服用もあってか、じっとしていることの多い印象。何回か撮っているうちにおおもりさんが動かないことも面白いんじゃないか、そもそも動かないという行為を彼がやっていること自体が重要なんじゃないかと思えた(山野目)
山野目くんが撮った、いつも畑にたたずんでいるおおもりさんの秀逸カット。この長回しのカットを見たとき、山野目くんがおおもりさんにシンパシーを抱き、撮影に没入していることが伝わって、無性に嬉しかったことを思い出します。撮影スタッフが理屈でなく、それぞれの体感によって撮影をしているというのが一番に表れているカットだと思います(辻井)
9月28日
みらいファーム所長とりおんくん
サッとりおんくんがやって来て、自分の胸を叩き所長に差し出す。今度は所長がその胸をぽこぽことリズムよく叩く。一目で2人の距離感が伝わる。この関係性を撮りたいと思い、3カ月くらい狙っていた(山野目)
植松聖死刑囚が「障害者は生きている価値がない」 と言ったこと。 それを僕は僕の友人たち、つまり「みらいファーム」の人達に向けらているように感じたこと。「みらいファーム」の映画は植松死刑囚に対するアンサーになるかもしれない。そんなことも考えた。 でもアンサーって何だろう。それは植松死刑囚のやったことをただ否定することだろうか?それは、なんとなく違うと思った。
ーー『フジヤマコットントン』青柳拓監督ステートメントより引用
9月29日
カメラの師匠
この作品は、撮り手と対象者が影響し合い、一緒に映画を立ちのぼらせている。カメラが趣味のたつなりさんは、それまで風景を撮っていたけれど、僕ら撮影スタッフに影響を受けたのか、自身や人を撮りはじめた。スッと被写体の前に立ち、「はーい! 撮るよー」と言って自分が目の前にいることを認識させ、肩の力を抜いてバシッと撮る。僕はその姿勢にすごく影響を受けた。たつなりさんのように撮りたい。教えてもらった気持ちだ(青柳)
たつなりさんの写真、実際見てみるととってもいい。風景の写真を撮っていた彼が撮影過程で急に人を撮りたいと言いはじめた。それもひとつのドラマ。だからその頃、青柳くんは能動的に、彼に集中して撮ろうとした。たつなりさんをしっかり見つめようと(辻井)
10月11日
いつもそこに居る富士山
山梨県民の僕にとっては当たり前すぎて気がつかなかったが、スタッフに言われてその存在の異様さやパワーにあらためて目が向いた。その場に在るものに意味を見出して生かすという考え方は、ドキュメンタリー映画をつくる上でも大切にしていること。富士山だけでなく、今回の音楽や短歌もそう。ご縁を引き寄せることで映画ができてゆく感覚(青柳)
10月14日
織物をする、めぐさんとゆかさん
めぐさんとゆかさんが、お互いの希望する綿布を織り、服をつくり合いっこする。その真剣なまなざしのなかに表現すること、つくることの喜びを感じる場面。これを見て、あらためて自分は「真剣に人を想い、何かをつくれているのか?」と投げかけられているように感じた。この約1週間後、自分の話をするのが苦手なめぐさんが、青柳監督に心情の変化を本音で話してくれた。彼女の独白はそのまま映画を牽引するモノローグの役割を果たし、まるで友人と一緒に過ごしているかのような体感を観る人に与えてくれる(辻井)
後編へつづく!
映画公開情報
『東京自転車節』で2020年の緊急事態宣言下における都市を描いた青柳拓監督による最新作、『フジヤマコットントン』。2月10日(土)より東京・ポレポレ東中野を皮切りに、全国の劇場で順次公開予定。関連情報は、公式サイトと青柳監督によるYouTubeチャンネルにて。