相合傘に夢をのせて
すらっと背が高くて、細身で、ショートヘアとピンクのポロシャツがよく似合う。阿部美幸さんは、社会福祉法人みぬま福祉会が立ち上げたアトリエ〈工房集〉へ来るようになって絵を描きはじめた。もう15年になる。少し前までは機織りもしていたが、最近は絵だけに集中しているという。描くモティーフは、チューリップと相合傘。この2つだけ。ボールペンと色鉛筆、ときどきマジックや水彩絵の具を使って描くこともある。
「美幸さんは、どうして相合傘を描いているんですか?」と聞いてみた。
「えっと、好きなの」と、美幸さん。
初対面なのと、写真も撮られているので、少し緊張した空気感がある。
「相合傘の下には誰の名前を書くんですか?」と、さらに聞いてみた。
「書かないよ」と返ってきた。
「ほんとうは好きな人の名前が書いてあるんですよ」と、スタッフの方があとでこっそり教えてくれた。大好きなジャニーズのグループ「Sexy Zone」のメンバーの名前だったり、最近お気に入りのスタッフの名前が書かれることもある。それを、上から色鉛筆で塗りつぶしていく。筆圧強く、勢いよく。書かれた名前は、表面に残ることもあるし、その奥の世界へと封じ込められることもある。
美幸さんは、いつも誰かに恋をしている。恋をすると、あれこれ空想が止まらなくなるという経験は、誰にでもあるのではないだろうか。美幸さんの絵をじっと観てみる。その色彩、滲み、柔らかくか細く力強い線。塗りつぶされた向こう側には、美幸さんと私たち(観る側)それぞれの、ドキドキするような恋心が詰まっているのかもしれない。
美幸さんは、2013年から〈工房集〉と同じ法人のグループホームで生活をしているそうだ。休みの日には、スタッフと一緒に原宿のジャニーズ・グッズのお店へ買い物に出かけたり、この日も午前中は東京のギャラリーに、ある展覧会を観に行っていたと聞いた。2011年、浅草橋にある〈マキイマサルファインアーツ〉での展覧会「ガールズミーティング」の出展作家に選ばれ、作家デビューを果たして以来、徐々に展覧会に出展する機会も増えてきた。
近しいスタッフには、「絵を描くと落ち着くよ」「絵を描くことは夢です」と、いつも話をしているという。その夢は、この先どんな風に膨らみ、描かれていくだろうか。