ストーリー
【写真】社会福祉法人 さくらんぼ共生会〈さくらんぼ共生園〉に所属するアーティストの荒木恵二さんが、自身が絵を描く作業机の上に視線を落とし、微笑んでいる横顔

(カテゴリー)アーティスト

荒木恵二

Cultivating The Arts “生きるための技術”をさがして(山形①)

クレジット

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(更新日)2023年12月27日

(この記事について)

「THE ARTS」を“生きるための技術”ととらえ、表現が生まれる全国各地の現場を、福祉や創作活動に携わる案内人とともにめぐる新企画「Cultivating The Arts」。今回は、山形で障害のある人の芸術普及・支援を行う、やまがたアートサポートセンターら・ら・らコーディネーターの武田和恵さんを案内人に迎え、3名の作家のもとを訪問した。まずは、山形県寒河江市の社会福祉法人 さくらんぼ共生会〈さくらんぼ共生園〉に所属する、荒木恵二さんから。

本文

プロローグ:関係性から生まれるもの

2019年より山形で続く、“障害のある人たちの表現(=「きざし」)とそれに寄り添う「まなざし」に焦点をあてた”公募展「きざしとまなざし」。武田和恵さんは、その舞台裏を担うひとりだ。各地の福祉施設や個人を訪ねては、表現活動の現況について聞き取りを重ねている。 

「きざしとまなざし」。たとえば、こんなことがあったという。ある福祉施設では、備品を毎日のように駐車場に並べる人がいた。もちろん、利用したい人からすれば困ってしまう。しかし、スタッフはその行為に戸惑いながらも、「なぜだろう?」という自身の素直な視点に立ち、 写真を撮って記録を続けた。“いたずら”のような営みの蓄積に、その人の意思の表れを汲み取ったのだ。

「問題行動だと見なされるような行為も、とらえ方を変えれば、ものを創造する芸術活動なのかもしれない。だから、『きざしとまなざし』展では、そんな関係性から生まれてくる、表現の“きざし”を紹介しているんです」と武田さんは言う。


【写真】柿が実る木の枝を下からとらえた写真。背景には薄青い空が広がり、柿の実は陽光に照らされている。

愛と幸せに満ちた、 穏やかな世界に生きる

山形市から車で30分ほど北上した寒河江(さがえ)市。最初に訪ねたのは、社会福祉法人さくらんぼ共生会〈さくらんぼ共生園〉だ。

朝の10時頃。アトリエでは、カラフルなペンを手にもくもくと絵を描く人、干したどくだみの葉をパックに詰める人、 みんなに声を掛けながら歩きまわる人……と、それぞれが思い思いに過ごし、おおらかな時間が流れていた。

「のびのびとした雰囲気、いいでしょう。ここは一人ひとりのやりたいことを尊重していて。自由なあり方を認め合う姿勢を、大事にしている施設なんだよね」と、武田さんがそっと教えてくれる。そして、そのなかに、ひときわ鮮やかな色の衣服に身を包んだ、荒木恵二さんの姿があった。

【写真】さくらんぼ共生園の自分の作業机で、絵の創作にいそしむ荒木さんの後ろ姿。

「恵二さんはとてもおしゃれで、持ち物も可愛らしいんです。食事のときには、お花をテーブルに飾ったり」と、スタッフの近藤柚子さんは話す。挨拶してまもなく、恵二さんは自分で装飾したかばんや愛用しているポーチを棚から取り出し、次々に見せてくれた。たしかにどれもハートやキャラクターのモチーフ、ピンクの色合いにあふれている。

【写真】メインイメージと同じ写真。荒木さんが、自身が絵を描く作業机の上に視線を落とし、微笑んでいる横顔。

この日は、マリン風の赤白ストライプの帽子にチェックのエプロン、ショッキングピンクのトレーナー、柄が施された濃いピンクのズボンをコーディネート

【写真】荒木さんがアレンジして制作した、薄いピンクが基調となったボストンバッグ。荒木さんご自身が取手を持ち、バッグの表面を見せている。

ハートのチャームやキャラクターのシールでデコレーションしたお手製のかばん

いつも描いているという絵の制作も覗かせてもらう。柔らかな点線、また颯爽(さっそう)とした線が織りなす輪郭。次第に現れるのは、女性と男性が並んだシーンだ。「何を描いたんですか?」と尋ねると、恵二さんは「婚約者」と言う。聞くと、18歳の頃に出会った想い人で、今はお互い遠くに暮らしているが、いずれ一緒になる予定なのだそうだ。

【写真】荒木さんがスケッチブックに絵を描いている様子。真剣な面持ちで、ケースから色鉛筆を右手で取り出している。
【絵】荒木さんが描いた絵。ハートや花が施されたウェディングケーキが中央に大きく描かれ、周囲には教会や鐘なども配されている。

荒木恵二《けっこんしきよめさん》/紙、色鉛筆/W270mm×H395mm/2022年
何段にも重なるウェディングケーキの上に、男女が並んで座っている

「婚約者の方の存在も、恵二さんがものをつくる原動力のひとつなのかなと思います。私は『あなたとは結婚できない』 と、6回も振られているんですよ」と言って、近藤さんは微笑む。 

恵二さんが〈さくらんぼ共生園〉に通いはじめたのは約10年前。それまでは木工を行う男性の多い事業所に所属し、服装もシャツにズボンとシンプルだったそう。 しかし、絵を描くようになると、ハートのモチーフがしばしば見られるように。そして、おしゃれ好きな利用者の方からも刺激を受け、次第に独自のファッションが生き生きと花開いていった。

【写真】荒木さんが、ピンク色の服を着た黒髪の女性を描く様子を、背後から写した様子。

「恵二さんは、愛や幸せに満ちた穏やかな世界観を、絵に描いたり身にまとったりすることで、体現しているのかもしれないね」と武田さん。憧れを大切に抱く恵二さんの“ありのまま”を、近藤さんは信じ、支えている。

【写真】〈さくらんぼ共生園〉スタッフの近藤柚子さんと、荒木さんが笑顔で話している様子。近藤さんの手元には、荒木さんの描いた女性の絵がある。
荒木さんが近藤さんに絵をプレゼント。描いたのは「柚子さん」だそう。「いいんですか?」 と笑みをこぼす姿に、静かに頷いていた 

関連人物

荒木恵二

(英語表記)ARAKI Keiji

(荒木恵二さんのプロフィール)
1960年生まれ。〈さくらんぼ共生園〉に通所し、日々絵や陶芸などに取り組んでいる。展覧会出展で作品発表 の機会も増え、乙女心の宿る作風やファッションにはファンも多い。

武田和恵

(英語表記)TAKEDA Kazue

(武田和恵さんのプロフィール)
やまがたアートサポートセンター ら・ら・らコーディネーター。障害のある人の芸術活動を支えるネットワークづくり、展覧会の企画運営などに従事。