プロローグ:関係性から生まれるもの
2019年より山形で続く、“障害のある人たちの表現(=「きざし」)とそれに寄り添う「まなざし」に焦点をあてた”公募展「きざしとまなざし」。武田和恵さんは、その舞台裏を担うひとりだ。各地の福祉施設や個人を訪ねては、表現活動の現況について聞き取りを重ねている。
「きざしとまなざし」。たとえば、こんなことがあったという。ある福祉施設では、備品を毎日のように駐車場に並べる人がいた。もちろん、利用したい人からすれば困ってしまう。しかし、スタッフはその行為に戸惑いながらも、「なぜだろう?」という自身の素直な視点に立ち、 写真を撮って記録を続けた。“いたずら”のような営みの蓄積に、その人の意思の表れを汲み取ったのだ。
「問題行動だと見なされるような行為も、とらえ方を変えれば、ものを創造する芸術活動なのかもしれない。だから、『きざしとまなざし』展では、そんな関係性から生まれてくる、表現の“きざし”を紹介しているんです」と武田さんは言う。
愛と幸せに満ちた、 穏やかな世界に生きる
山形市から車で30分ほど北上した寒河江(さがえ)市。最初に訪ねたのは、社会福祉法人さくらんぼ共生会〈さくらんぼ共生園〉だ。
朝の10時頃。アトリエでは、カラフルなペンを手にもくもくと絵を描く人、干したどくだみの葉をパックに詰める人、 みんなに声を掛けながら歩きまわる人……と、それぞれが思い思いに過ごし、おおらかな時間が流れていた。
「のびのびとした雰囲気、いいでしょう。ここは一人ひとりのやりたいことを尊重していて。自由なあり方を認め合う姿勢を、大事にしている施設なんだよね」と、武田さんがそっと教えてくれる。そして、そのなかに、ひときわ鮮やかな色の衣服に身を包んだ、荒木恵二さんの姿があった。
「恵二さんはとてもおしゃれで、持ち物も可愛らしいんです。食事のときには、お花をテーブルに飾ったり」と、スタッフの近藤柚子さんは話す。挨拶してまもなく、恵二さんは自分で装飾したかばんや愛用しているポーチを棚から取り出し、次々に見せてくれた。たしかにどれもハートやキャラクターのモチーフ、ピンクの色合いにあふれている。
いつも描いているという絵の制作も覗かせてもらう。柔らかな点線、また颯爽(さっそう)とした線が織りなす輪郭。次第に現れるのは、女性と男性が並んだシーンだ。「何を描いたんですか?」と尋ねると、恵二さんは「婚約者」と言う。聞くと、18歳の頃に出会った想い人で、今はお互い遠くに暮らしているが、いずれ一緒になる予定なのだそうだ。
「婚約者の方の存在も、恵二さんがものをつくる原動力のひとつなのかなと思います。私は『あなたとは結婚できない』 と、6回も振られているんですよ」と言って、近藤さんは微笑む。
恵二さんが〈さくらんぼ共生園〉に通いはじめたのは約10年前。それまでは木工を行う男性の多い事業所に所属し、服装もシャツにズボンとシンプルだったそう。 しかし、絵を描くようになると、ハートのモチーフがしばしば見られるように。そして、おしゃれ好きな利用者の方からも刺激を受け、次第に独自のファッションが生き生きと花開いていった。
「恵二さんは、愛や幸せに満ちた穏やかな世界観を、絵に描いたり身にまとったりすることで、体現しているのかもしれないね」と武田さん。憧れを大切に抱く恵二さんの“ありのまま”を、近藤さんは信じ、支えている。