はじめに:ゲームづくりの道具を知る
「この部屋に音を置いてきてください」
ワークショップはこのフレーズからはじまった。不可解に聞こえるオーダー、でもこれがワークショップの肝となる。
場所はホテルアンテルーム京都、現代美術家とのコンセプトルームやギャラリースペースを携える、アートファンの利用が多いホテルだ。この中のレストランスペースとして使われている会場で、当ワークショップは開催された。
15名の参加者枠に対してワークショップは満員御礼。「赤」「青」「緑」の3つのグループに分かれて(ちなみに筆者は緑チーム)、それぞれのテーブルで自己紹介しながら開始を待つ。参加者は老若男女、聞けば全国各地から来ていたし、アーティストや研究者、目が見えにくい方も参加していた。
ゲームクリエイターの犬飼博士(ひろし)さんの軽快なファシリテーションでワークショップがはじまった。講師陣は犬飼さんに加え、プロデューサーであり「障害は世界を捉え直す視点」というテーマに即してさまざまなプロジェクトを展開している田中みゆきさん、ゲーム開発・プログラミングに携わる東京大学情報学環・学際情報学府教授の筧(かけい)康明さんと筧研究室の浦田泰河(たいが)さん。また会場には、視覚障害のある野澤幸男さん、全盲のミュージシャンとして知られる加藤秀幸さんもいらしていて、講師陣と共に紹介されたのだが、どうやら2人はご自身でもプログラミングをされている強者らしい。
上記に名前を挙げた人たちは、それぞれの専門性、「障害」というコンディションの中で生まれる発想や感覚を生かしながら、新しいデザインプロセスを提案するプロジェクト「DDD Project(Disability Driven Design Project)」のメンバーである。今回のワークショップは、DDD Projectによるゲームプロジェクト「AUDIO GAME CENTER」の新作アプリケーション「AUDIO AR GAME MAKER」を使って、ゲームをつくるという活動を通して、障害の有無に関わらず音を共通項とし、環境の捉え方や楽しみ方を共有しようという試みだ。
「今日はみなさんにオーディオゲームをつくっていただきます」犬飼さんがオリエンテーションを進めていく。わかりやすく「ビデオ不要ゲーム」と呼んでいたことが印象的。30分でゲームをつくり、その後40分で発表とゲーム実践をするそうだ。ゲームづくりをはじめる前に、道具となるアプリ「AUDIO AR GAME MAKER」の使い方を聞いた。
「AUDIO AR GAME MAKER」はスマートフォンのアプリで、ワークショップではiPhoneを使用。アプリを起動すると、まず聞かれるのが「ソロプレイ」か「マルチプレイ」か。複数人で遊ぶので今回はマルチプレイを選択。次に、チーム毎にあてがわれた会場のスペースをふまえ、それに連動するゲーム空間=ROOM1〜3を選択し、会場に配置された「マーカー」をカメラ機能で読み込む*。そうしてゲームづくりに進むことができる。
*「マーカー」を読み込むことで、そのマーカーがある位置からどの角度にどのくらい動いたのか、それぞれのデバイスのセンサーで追い続けられるようになっている
画面には、カメラに映った目の前の景色があり、上部にテキストで「配置」、中央に「点」とある。視(み)定めた場所で「点」をタップすると、丸い球体が画面上に配置される。デバイスを持ったまま、音を置いた場所へと近づくと「……シャンシャンシャンシャン」とホラー映画の危機的場面さながらのサウンドエフェクトがフェードイン。そして、ばっちりその場所に到着すると「ポヨヨン」と音が鳴る。音はいくつでも置けるし、音の種類や形(これがまたおもしろい!)もさまざま。また、画面を上にスライドさせると「編集」「体験」とモードが切り替えられ、編集モードでは置いた音の削除など、体験モードでは画面がモノトーンに切り替わって視覚を頼らずゲームが楽しめる。
ワークショップ:音を使ったゲームをつくる
オリエンテーションを終え、ゲームづくりに移行した。まずはチームのみんなでアプリを使ってみることに。手順通りに設定を済ませ、シンプルに音を置いてみる。デバイスを持って実際にその場所に向かうと、あの例の「……シャンシャンシャンシャン」という音が近づいてくる。現実の世界に見えないスピーカーを仕込んだ気分だ。
さまざまな機能を試してみようとしたが、筆者のいる緑チームは制限時間を気にして、一番シンプルな機能でゲーム作りを進めることにした。チームにあてがわれたデバイス2台を用い、「かくれんぼ」をベースにつくってみる。鬼役の人には離れた位置で待機してもらい、鬼以外の人が会場に音を置く。その後、鬼は音を探しに行く。おもしろいことに、音の位置を決める「点」は高低の位置情報も含むので、テーブルの下など、音が本当に隠れているような状況もつくれる。何度か試していくうちに、ROOMの大きさに合わせて音の置く数を決める、鬼が音を探す時間に制限時間を設けるなど、改善に向けた声も出てきたところでタイムアップ。チームごとの発表の時間へと移る。
赤チームがつくったゲームは「宝探し」。宝として設定したもの(今回は会場にあったクッション)に辿り着くための音の道を引くアイデアだ。宝への道をはずれると、例のシャンシャン音が聞こえなくなるので、また音が鳴る位置を探して軌道修正しながら宝を探す。一方、青チームは赤チームと逆の発想で、進むべき道をはずれると「ブッブー」と音が鳴る。試しに筆者もゲームを体験してみたのだが、結構「ブッブー」と鳴っていたので、かなり細い道だったらしい。
視覚障害のある加藤さんは、「自分たちは(日常の感覚にならって)『常に音がなっているもの』を追いかけたり避けたりすることをゲームづくりの中で考えがちだ」と言い、赤チームの音の捉え方がそれとは異なっていて興味深かったとコメント。それぞれが異なる感覚で日常や周囲の環境を捉える中、個々の感覚をゲームを拠点に想像しあえることは非常におもしろい。会場に居合わせた人たちが、ゲームを介して知覚を通わせはじめているような、そんな感覚。ほかにもキャッチボール、大縄跳びなどなど、アプリ機能の応用やアイデアを発展させるようなアイデアが飛び交う熱のこもった時間となった。
また、最後に設けられた全体の振り返りでは、参加者や開発者から「音をカバンに入れて移動させるとか?」「音自体をデザインできたらどうだろう」といった、こんな機能あったらいいな!の声も。ゲーム作りの達人と紹介された野澤さんからは、緑チームの「かくれんぼ」に対してこんなコメントがあった。「発表では触れられていなかったけど、デバイスの1台が配置モードで音を置いている間、鬼役の人が持っているデバイスは(音がどこに置かれたかわからないように)体験モードになっている。(これは開発者も想定していなかった)すごいハックですよね」と。最高の褒め言葉ですね。
おわりに:異なる感覚を想像し、ひらかれていく世界を楽しむこと
絵本作家のヨシタケシンスケさんの作品の中に、『みえるとか みえないとか』という絵本がある。宇宙飛行士の「ぼく」が行き着いた星には3つ目の宇宙人がいて、目が2つしかない人間を見て「背中を見れないなんて不便だ」という。3つ目の宇宙人たちの中には全盲の人もいて、「ぼく」はその彼の日常を観察していく。側でよくよく見ていると、触覚や聴覚などあらゆる知覚を巧みに使って暮らしているのがわかる。
例えば、目的地までの道を「角のおうちで飼っている犬が鳴いたら曲がる」などして、音や触覚の地図で捉えていたり。晴眼者は視覚的な情報にどうしても頼りがちだが、聞いたり触れたりして得る情報から想像を掻き立てる訓練によって、より多くの人と分かち合える世界があるのだと思う。今回のワークショップは、わたしにとってはその練習の一環であったし、そのようなメッセージを受け取る場でもあった。「ゲーム」という、間口の広いカジュアルな文脈と没入度の高さも相まって、より実感することができたのだと思う。
DDD Projectメンバーの田中さんは、今後もいろいろな場所でワークショップを企画していきたいと話していた。並行して、AUDIO AR GAME MAKERの一般公開に向けた整備も進めていくらしい。個人的には、ぜひ障害のある人のためのインフラ整備に携わる方々もワークショップに参加し、アプリを使って感覚をひらく、想像する体験をしていただきたいところ。個々がオンラインで繋がるだけではなく、みんなで、実空間で遊べるゲームを目指して。