裏庭で、絵を描く仕事
JR東浦和駅を降り、おだやかな田園風景を横目に小道を抜け、川を渡ると「川口太陽の家・工房集」(以下、〈工房集〉)がある。「KOBOSYU」とアルファベットでデザインされた看板、カラフルな木片のオブジェ、床に描かれた曲線や手形、とユニークなエントランスの風景が目を引く。〈工房集〉はギャラリー、アトリエ、カフェ、ショップを併設する障害者支援施設だ。
エントランスの脇で女性に会った。彼女の名前は大倉史子さん。〈工房集〉では、唯一屋外で制作をしているアーティストだ。裏庭に机と椅子を出して絵を描くのが彼女の仕事。大倉さんの絵には同じモチーフが繰り返し登場する。気になる人物の顔をコラージュしたり、Tシャツやスニーカーにペイントしたり。それを一日のうちに何度か着替えるほどオシャレが好き。そんな大倉さんの作品は、セレクトショップやファッションブランドとのコラボレーションで洋服のデザインに使われたことがある。またニューヨークのギャラリーでは高額で販売され、数え切れないほどの展覧会歴をもつ。
支援の先に見つけたアート
こうした実績のあるアーティストが多数在籍している〈工房集〉。絵画、立体、書道、詩、マンガ、織物、ステンドグラス、と作品も多様だ。運営するのは埼玉県南に22の事業所をもつ、社会福祉法人みぬま福祉会。このうち表現活動を行う利用者がいるのは〈工房集〉を含めて10施設ほど、人数は延べ120人にも及ぶ。〈工房集〉とは、生活介護1を行う通所施設2「川口太陽の家・工房集」の名でもあり、この法人が行うアートプロジェクト全体の名称でもある。これほど多くのアーティストが活動しているのはなぜだろうか。管理者の宮本恵美さんに話をきいた。
「みぬま福祉会に来られている大半の方々には重度の障害があります。一般的に障害者支援施設には、仕事を主な活動とする『就労型』と、仕事の難しい方が利用する『生活介護型』がありますが、その制度のなかで〈工房集〉をはじめ私たち法人の事業者は、全て生活介護に属します。はじめからアート活動がやりたくて来ている、という方はほとんどいません。支援の先に、たまたまアートがあったんです」と宮本さんは話す。
障害が重くても、働く方法はある
みぬま福祉会がスタートしたのは1984年。当時は、養護学校3が設置義務化されて間もないころ。ただし卒業後の社会の受け皿は整っていなかった。
「教育は保障されたのに、なぜその先の行き場がないんだ、と学校関係者や保護者を中心に運動を起こして立ち上がったのが今のみぬま福祉会です。どんなに障害が重くても働くことが保障されるべきだという考えのもと『川口太陽の家』をつくりました。リヤカーで缶を集めてお金にするとか、布を切ってウエスをつくるとか。ほかの施設では訓練とリハビリに重点を置いているような障害の重い人たちが、川口太陽の家ではお給料がもらえる。当時としては新しい試みでした」
現在、みぬま福祉会で表現活動を行っている10の施設はいずれも「生活介護型」に属する。生活介護の事業は、制度上「就労型」とは異なり、働くことが目的ではないため事業所も賃金を支払わなくても良い。だが、みぬま福祉会では表現活動を「仕事」として行っているため、利用者には毎月の賃金が支払われているという。
ただ一人に向き合うなかで生まれた
みぬま福祉会では「働くこと」を大事に、利用者が社会と関われる方法を試行錯誤してきた。表現活動が始まったのは1994年頃。現在も〈工房集〉に通う横山明子さんとの出会いがきっかけだった。横山さんは養護学校を卒業後、「川口太陽の家」にやってきた。だが、仕事をすることはおろか職員が声をかけるだけでパニックを起こしてしまう。「彼女に関われば関わるほど、離れていく危機感を感じていました」と宮本さんは当時を振り返る。スタッフがみんなで頭を抱え、関わり方を模索していたあるとき、個室にこもって落描きをしていた横山さんの姿に気がついた。
「これを仕事にできないだろうか、と思いついたんです。ちょうど日本障害者芸術文化協会4が設立された頃でした。ほかの職員たちと東京のギャラリーで開催していた展覧会を見に行き、『これだ!』と思いました」
横山さんとの関わり方を見つけた一方で、なぜ絵を描くことが仕事になるのか、という意見も施設内外にあったという。そのとき「まずはやってみよう」と、宮本さんの背中を押してくれたのは施設長の松本哲さんだった。「お金が入ること」「社会とつながること」「本人が豊かに成長していくこと」。この3つの条件を満たせるようにやってみよう、と「働くこと」の条件を設定し、アート活動が始まった。
小さな気づきと日々のコミュニケーションを集めて
こうして生まれた表現活動が〈工房集〉につながった。2002年に今の場所が開所し、15年が経つ。その間、月に一度の定例会でさまざまな情報を共有し、話し合ってきた。定例会には家族会の代表、施設の職員、理事など20人ほどが集まる。「表現活動の重要性は理解しても、目の前のケアで精一杯だ」「アートの専門家でもないし、どのように表現を引き出していいのかもわからない」。こうした悩みには、職員と利用者が参加できる造形ワークショップを定期的に開き、少しずつ表現の可能性を模索してきた。
「自分の要望や希望を表現できない利用者さんが多く、職員はその人の願いややりたいことをいつも手探りで考えています。ワークショップのとき、利用者さんが普段は見せないような明るい表情で取り組んでいると、もしかしたら絵が好きだったのかも、と気づきが生まれる。それが支援の方法を180度変えることにつながってきました」
利用者の好きなこと、得意なこと、こだわっていること、これならできる、これしかできないことなどを、職員が日常の中から敏感に察知し、それが表現につながっていく。作品は展覧会の場やグッズとして施設の外に出て、さまざまな人の目に触れる。ここではアートはコミュニケーションのツールでもある。
障害が重くても社会と関われるように。その思いからアートが仕事になり、作品は国境を渡った。〈工房集〉はこれからも施設に関わる人、そうでない人が“集う”場所として世界に開かれていく。
Information
工房集
埼玉県川口市木曽呂1445
TEL : 048-290-7355
工房集ウェブページ