「むかしむかしね、あるところにね、おじいさんとね、おばあさんがね、すんでいたんだよ」
卓上のロボットが、幼い子どものようなたどたどしさで、昔ばなしの「桃太郎」を語り始めた。こちらは見守るような気持ちで「うん、うん」と聞き入ってしまう。このまま話が続いていくかと思いきや、おばあさんが川に洗濯をしにいったところで、流れが変わった。
「おばあさんがね、かわでね、せんたくをね、しているとね、どんぶらこ、どんぶらこと、おおきな、ええと……あの……なにがながれてきたんだっけ?」
なんと、もの忘れ! こちらにまっすぐ向けた顔は助けを求めているようにも見える。「ももだよ」と教えてあげると、「その子」は「そうそう、ももだった! それでね、ももがね、ながれてきたんだよ」と、話の続きを再び語りだした。
この一連の動作がとてもかわいらしく、その場は和やかな雰囲気に。この後も、「その子」はもの忘れを繰り返したが、もはやロボットという感覚ではなく、気づけばひとつの物語をともにつくっている同志に近い気持ちになっていた。
不完結・不完全がもたらすもの
このなんとも愛らしいロボットは、「トーキング・ボーンズ」。豊橋技術科学大学の教授・岡田美智男さん率いるICD-LAB が研究している「弱いロボット」のひとつだ。
「弱いロボット」とは、一言でいうと「誰かの助けがないとなにもできない不完結・不完全なロボット」のこと。ロボットといえば、人間の代わりに複雑かつ精密な動作を行うものを想像する人も少なくないかもしれない。その反対にあるのが「弱いロボット」だといえるだろう。
「自分の中にいろんな機能を備えて自己完結するのではなく、周りに半ば委ねつつ、支えてもらうことで物事を成し遂げることを『関係論的な行為方略』と呼びます。この考え方から生まれたのが『弱いロボット』です。『弱いロボット』の不完結・不完全な部分は、人との関わりの中で相手の強みや優しさを引き出し、結果的に物事を成し遂げてしまうのです」と、岡田さんは話す。
例えばゴミ箱型の「ゴミ箱ロボット」は、自分でゴミを拾う機能はない。代わりに近くにいる人のそばにヨタヨタと近づき、少し前かがみになる動きをする。その姿は「ゴミを拾ってほしいのかな?」という気持ちを引き出し、人の行動を促す。そうして結果的にゴミ拾いを完結させてしまうのだ。
岡田さんが「ロボット同士で言葉足らずの会話をさせたいと思ってつくった」と話す、大きなひとつ目の不思議な生き物の姿をした「む~」もユニークだ。
3体の「む~」がこんな話をしていた。
A:「公開されたね」
B:「そうなんだあ、なにが公開されたの?」
C:「アオウミガメの赤ちゃんだよ」
それぞれの言葉はつたないが、そのぶんお互いの内容を補いながら会話を進めている。この会話に人が参加することもできる。
先ほどの続きだと、
「どこで公開されたの?」と聞けば、
「葛飾の水族館だよ」と返してくれるという具合だ。
「私たちの普段の会話では『聞く人』と『話す人』がいて、『あなた』と『私』の『対峙する関係』になっています。でも、言葉足らずな発話をする『む~』たちは、その『弱さ』によってお互いを支え合い、人を会話に引き込むことができる。
こうなると『私』と『あなた』ではなく『私たち(we) 』が、ひとつの会話を生み出している。認知科学で『we-mode』と呼ばれるこの状態は、コミュニケーションとしてとても豊かな感じがしますよね」
「弱いロボット」と人がつくる未来
これまでに多種多様な「弱いロボット」を生み出してきた岡田さんだが、「僕らは『弱さ』をデザインしているわけではありません」ときっぱり。
「人間は根源的に不完結で不完全なんです。例えば歩く行為ひとつにしても、足を上げたときに一本足になるためとても脆弱な状態になります。このとき僕たちは自分の身体だけで支えているのではなく、地面を信じ、半ば委ねることでしなやかな動きを作り上げています。
言葉を繰り出すときも同じで、頭にパッと浮かんだ不完全な意味のまま言葉を発し、相手が受け止め支えてくれることで初めてその言葉が意味をもちます。僕らはこうした人間がもつ『弱さ』を『弱いロボット』を通じて顕微鏡で見るように拡大させ、現実で行っているコミュニケーションを見直しているんです」
「弱いロボット」の「弱さ」とは、人間の本来の姿だったのだ。
「弱さ」を内に隠さずさらけ出すことは、関わりの余白ができることであり、さらにお互いの不完全さを補い、強みを引き出しあえる関係性を生み出す。「弱いロボット」はそれを証明しているが、人と人との関係でも同じはずだと岡田さんはいう。
「でも僕らはひとりでなんでもできることをよしとする社会でずっと生きてきたため、弱さを見せることがなかなかできません。それでも、さらけ出して相手に委ねてみると、強みに変わるときもある。『弱いロボット』が豊かでしなやかな関係性を取り戻すためのお手本になったり、社会の中にある不寛容さを緩めるきっかけになれたら」
さらに、岡田さんは教育や療育の現場にも「弱いロボット」を生かしていきたいと考えている。
「『弱いロボット』と関わる中で、子どもたちにものごとの考え方を学んでほしいと思っています。また、その関係性から生まれるwe-mode のようなつながる感覚や、一緒に行為を成し遂げる達成感は、協働的な学びの場づくりにも貢献できると期待しています」
上下関係や「する側」「される側」という境界線を溶かす「弱さ」は、関係性をより豊かにする「強さ」をもっている。その私たちが目指すべき多様性ある社会の本質を、「弱いロボット」は教えてくれた。
ICD-LABの「弱いロボット」たち
「Muu」む~
最近のニュースについて「雑談」する3体の「む~」。それぞれが持つ情報は少ないが、お互いに補いあうことで会話が成立する。人はそれを聞いているだけでも、話の輪に入ってもいい。対峙しない自由な関わり方ができる。
「Talking-Bones」トーキング・ボーンズ
昔ばなしを話す途中で「あれ、なんだっけ?」ともの忘れをしてしまう。人が教えてあげることで話が先に進む。つたない語りも健気で愛らしく、展示会などでは大人だけでなく子どもたちも積極的に関わろうとするそうだ。
「Sociable Trash Box」ゴミ箱ロボット
「もこ」と言いながらヨタヨタと人に近づき、体を前に少し傾ける。この不完全な言葉と動きが人の自由な解釈を引き出し、ゴミを拾う行為を完結させてしまう。中にゴミを入れてあげると「もっこもん」と返してくれる。
「iBones」アイ・ボーンズ
ロボットの手元に手のひらを差し出すと、アルコール消毒をしてくれる。終わったらぺこりとお辞儀をし、また別の人を探しにいく。手を出すタイミングが合わないと失敗することもあるが、それがかえって心を緩ませる。
「PoKeBo Cube」ポケボー・キューブ
「む~」と同様に最近の出来事について「ポケボー・キューブ」が向き合って会話をしているが、こちらは話が3体だけで完結するようになっている。内緒話をするような様子につい人は聞き手として参加してしまう。