日常のコミュニケーションが苦手でも、仮想空間でならば「人とのつながりかた」が変わるかもしれない。
そんな仮説とともに仮想空間アプリ「クラスター」の活用を始めたのが、長崎県佐世保市にある〈ホットライフ〉だ。デザインを軸に就労移行支援を行っているこの事業所では、週に一度ほど仮想空間で「バーチャルビジネスマナー講座」を実施している。
利用者は、自分の分身となる「アバター」を作成して、スマートフォンやタブレットからログインする。自宅にいても参加できる。
講座中は自由にふるまうことが推奨されていて、利用者たちのアバターは仮想空間内を走り回ったり、踊ったり。それでも講師によるクイズ形式の問いかけには、間髪入れずにチャットで答える。
「これまで知らなかった利用者さんの一面が見えたんです」というのは同施設ブランディングマネージャーの坂井佳代さん。
「アバターだと元気よく返事をして、発言や会話ができる人もいる。新しいコミュニケーション手段のひとつだと感じています」
課題もある。現状使っているアプリは、大勢へ向けたスピーチは得意だけど、双方向でのコミュニケーションにはあまり向いてない。
「だったら全国の福祉施設と協力して、いろいろな人が講師となって授業をするのもありですよね」
〈ホットライフ〉を運営する〈フォーオールプロダクト〉代表、石丸徹郎さんは考える。
「おもしろいのはこうしたテクノロジーを利用したら、教える側だと思っていた職員が教えられる側にもなるということ。ものづくりに必要な新しい機械を導入したときもそうで、利用者さんが先導してどんどん使いこなしていく。そんな逆転現象がたびたび起こるんです」
企業×福祉施設をマッチング
アーティストの作品を特殊印刷機でプリント、縫製してカードケースなどのプロダクトを製作する〈MINATOMACHI FACTORY〉(ミナトマチファクトリー)、オリジナルデザインでアクセサリーを製作する〈in or U〉(インオアユー)、国産ロープでハンモックを編み上げる〈FOR GO/OD〉(フォーグッド)など。石丸さんは、福祉施設が主体になって行うものづくりのプロジェクトを、長崎県内でいくつも立ち上げてきた。
そんな石丸さんが実感しているのは、福祉施設にはものづくりの高い技術があること。新しいテクノロジーを媒介することで、これまでにない関係性や仕組みをつくりだせるのではないかということ。
2023年2月に石丸さんが新しく始めた〈=VOTE〉(イコールボート)は、そうした思いを形にしたプロジェクトだ。
「企業の廃材」と「福祉施設のものづくり」を結びつける仕組みをつくり、そこで生まれたプロダクトは仮想空間上の店舗とともに、長崎県東彼杵町(ひがしそのぎちょう)にある同名の実店舗でも販売される。
「福祉施設のものづくりの課題のひとつが素材でした。そこで目をつけたのが企業の廃材。廃材といってもいい素材が多いので、それを有効活用すればクオリティがぐっとあがるんです」
すでに製作しているのは畳べりを利用した財布、使用期限が切れた高所作業用のロープと使用済みのクルーザーの帆を利用したトートバッグ、建築現場ででた木材や資材をつかった積み木や張り子など。今後は、企業の廃材とともに福祉施設のできることをデータベースにして、ものづくりに興味のある人がアクセスできるようにするという。
「たとえばデザイナーさんが、この素材と技術でこんな商品にしたらいいんじゃないかということを提案して、採用されれば収入が入るようにする。ものづくりをしている福祉施設って高い技術でていねいな仕事をするのに、下請けとしてパーツづくりをしているところが多い。
〈=VOTE〉では、福祉施設、企業、デザイナーが並列で結びつく展開にして、それらを活かしたものづくりをしていく。企業側にしても福祉施設の使い方を固定化して考えているところが多いけど、仕組みを変えることで関係性も変わっていくはず」と石丸さんは考える。
仮想空間に店舗をつくったのは、いくつかの理由がある。ひとつは、新しい技術をつかってこれまでにない仕組みをつくれば、おもしろい人たちが集まってくるから。もうひとつは販路を広げるため。
これまでの事業で「どんなにいいものをつくっても、継続して売り続けるのはたいへん」だということを石丸さんは実感している。「地方だとなおさらで、価格もあげられない。でも、圧倒的に大きな市場であればたくさんの人に見てもらえるし、価格をおさえる必要もないですよね」。
福祉施設のイメージを変えるために
「ふらりとアートを買いに行く場をつくりたい」という石丸さんの強い思いがあるから実店舗の存在も欠かせない。
福祉施設ではたくさんのアート作品が生み出されるが、その多くが人の目に触れることすらなく棚の奥へとしまわれていく。そうしたアート作品をもっと身近に感じてほしいと考え、石丸さんは昨年、ペーパーフレームを商品化した。
段ボール製で軽く、内部に20枚近くの絵を収納できるその額縁は福祉施設で組み立てて販売することで収入につながり、額縁があることで作品も買われるという循環を生み出した。今回の〈=VOTE〉のプロジェクトもその延長上にあり、福祉施設でつくられたプロダクトとともに原画も販売していく。
「絵をお金に換えるって簡単ではない。でも、アート作品が流通して、豊かな感性でつくられた創作物に触れられる店が地域にあることで、福祉施設のイメージを、地域の人にも、企業の人にも変えてもらいたい」と石丸さんは言う。
地域と密接につながっていることも〈=VOTE〉の特徴で、魅力でもある。〈=VOTE〉の実店舗は、地域の交流拠点で、カフェや雑貨店が入る〈Sorrisoriso〉(ソリッソリッソ)に隣接していて、建物はかつて農協が運営していたコインランドリーの跡地を利用している。
この建物を地域としてどう活用しようかを考えていたとき、〈Sorrisoriso〉を運営する〈東彼杵ひとこともの公社〉代表、森 一峻(もりかずたか)さんが石丸さんに相談をしたことで、〈=VOTE〉の構想が具体化していったという。
森さんは「地域視点」で見ても〈=VOTE〉は魅力的な事業だと考える。
「長崎県は人口流出が多いエリアなのだけど、若者に聞くと『地域に残りたいけど魅力的な仕事がない、夢を実現できる場所がない』という声が聞こえてくる。一方で、石丸さんが運営している施設に勤務されている方々は仕事にやりがいを感じて働いているように見える。東彼杵に〈=VOTE〉のような魅力的な事業が生まれることで、地域全体でおもしろくなっていくのではないかと思っています」
これまではプロダクト自体を評価してもらいたかったから、「福祉施設がつくっていること」を前面に出さずに販売していた。けれども〈=VOTE〉では「福祉施設がつくっていること」をあえて打ち出し、ものとしてのクオリティの高さを伝えていこうと石丸さんは考えている。
新しいテクノロジーを利用して、新しい関係性や価値観をつくりだす取り組みのベースにあるのは、やっぱり人と人とのつながりだ。そのつながりは物質的な制限のない仮想空間同様、どんどん広がっていくのだろう。
Information
〈=VOTE〉(イコールボート)
住所:長崎県東彼杵郡東彼杵町瀬戸郷1025-2
営業時間:11:00~17:00/火・水休
Web:=VOTEオンラインショップ