変化する画材と意識
きっかけとなったのは、〈たんぽぽの家アートセンターHANA〉で長年活動してきたアーティスト・武田佳子(あつこ)さんの存在だ。脳性麻痺のある武田さんは1985年に油絵を始め、加齢による体力の低下に直面しながらも、パステル画、水墨画、張り子と画材を変え、〈HANA〉のスタッフや複数人のアートサポーター(障害のある人のアート活動を支えるスタッフ)とともに、試行錯誤しながら創作を続けてきた。
アートサポーターの提案や影響を受け、画材や描くものが変化することもあったという。「誰かと一緒に表現することを続けてきた武田さんがAI と出合ったら何が生まれるだろう」「AI をアートサポーターと位置づけて、武田さんの表現を支えられないだろうか」とArt for Well-being の模索は始まった。
AI が描いた絵は、誰の絵なのか?
「Art for Well-Being プロジェクトで、アドバイザーとして関わっている情報科学芸術大学院大学の小林茂さんと意見交換をするなかで、まず行ったのは、武田さんの絵をAI に学習させ、新たな作品を生成する取り組み。はたしてその結果はというと……「試みとしての面白さは感じつつ、手放しで『武田さんの新しい作品だ、すごい』とは思えず、モヤモヤするものが残りました」と、〈HANA〉のスタッフでアトリエを担当する図師雅人さんは語る。
しかし、「そのモヤモヤを出発点としてみんなで表現について考えられないか」と、2022年10月から11月にかけて『武田佳子と考える表現の成り立ち』という展覧会を開催した。
「武田さんがやってきたことは、19世紀の画家たちが絵の具チューブや写真の発明を受けてものの見方を変え、印象主義を生み出したようなことと重なる部分があると感じています。それは現代を生きる私たちがAI などのテクノロジーとどう関係を築いて新たな表現を生み出すかという問いにも通じます。〈HANA〉の若いメンバーにとっては、自分がこれから歩む道かもしれない。武田さんの経験を外に開くことが、Art for Well-being を深めることにつながると思いました」
会期の前半は、武田さんと関わってきたアートサポーターやケアサポーター、〈HANA〉の仲間が集まり、武田さんや表現について語り合う非公開の場として設定。後半ではそこから出てきた言葉を作品とともに展示し一般公開した。
「『いつまで表現を続けたい?』『誰かと何か(表現やケア)をするとき、お互い大事に思うことってなんだろう?』と、大切な問いがたくさん出てきました。人間は新しい技術と出合うとモヤモヤとしたものを感じ、それと向き合うことで本質的な問いが生まれ、表現活動が発展していくのではないでしょうか」
その後も、アーティストで株式会社Qosomo代表の徳井直生さんが〈HANA〉のメンバーに対してAI による画像生成ワークショップを実施するなど、その探究は現在進行形で進んでいる。
よりよく生きるためのアート
武田さん×AI のプロジェクト以外にも、さまざまなテクノロジーを取り入れた試みを行っている〈たんぽぽの家〉。訪問した日、〈たんぽぽの家〉のメンバーは分身ロボットで京都のミュージアムを訪れて現地スタッフとコミュニケーションし、VR ゴーグルをかぶって仮想空間を探検していた。
一般的な福祉施設のイメージを覆す、最先端の光景。でも、スタッフにもメンバーにも気負ったところはなく、日常の延長線上として楽しんでいることが伝わってきた。〈たんぽぽの家〉スタッフの小林大祐さんは、「その人らしさや日常と離れることのないように進めたい」と語る。
「人が生きること、表現することに対してテクノロジーは何ができるのかを探るプロジェクトなので、ただ『今日は新しいことを体験したね』で終わりではなく、『これが自分の生活の中に組み込まれたらどうなるだろう?』と想像してもらいたい。テクノロジーによってこれまでできなかったことができるようになって、新たな楽しみが生まれて、それが日常になったらいいなと思っています」
人生100年時代、いま心身ともに健康で特に困ったことがなくても、将来はわからない。よりよく生きるための芸術(アート)、よりよく生きるための技術(アート)を探究する〈たんぽぽの家〉の取り組みは、私たちみんなの道標になるのではないだろうか。
Information
〈たんぽぽの家〉
住所:奈良県奈良市六条西3-25-4
TEL : 0742-43-7055
Web:たんぽぽの家
note:Art for Well-Being