ストーリー

(カテゴリー)アーティスト

安永憲征

目次

【写真】自作のバニーガールクッションと共にポーズを決める安永さん

(カテゴリー)アーティスト

安永憲征

クレジット

[写真]  中村紀世志

[文]  井上英樹

読了まで約3分

(更新日)2023年03月10日

(この記事について)

ファッショナブルな衣装に身を包んだ男女。アクリル絵の具で丹念に塗られた色を細いペンで枠取りをしていく。描かれた人物たちは楽しげで何かを話しているように見える。実に多弁だ。しかし、作者の安永憲征(やすながのりゆき)さん〈PICFA(ピクファ)〉(佐賀県)は寡黙な人だ。190センチ近い体を屈め、熱心に絵筆を動かし、人物像に息を吹き込んでいく。

本文

待つだけの人生からの脱却

【絵】直立する6人の男女

《不思議な青春劇》/紙・油性ペン・アクリル絵の具/652×530mm / 2022年 写真提供:PICFA

【絵】ふたりのボクサー

《パンチング》/紙・油性ペン・アクリル絵の具/606×500mm / 2020年 写真提供:PICFA

【絵】楽器を演奏している3人のミュージシャン

《えんそうのとき》/紙・油性ペン・アクリル絵の具/455×380mm / 2020年 写真提供:PICFA

【絵】お面をかぶっている人とその仲間たち

《にわとりお面でにあう》/紙・油性ペン・アクリル絵の具/606×500mm / 2021年 写真提供:PICFA

佐賀県にある〈医療法人清明会 障害福祉サービス事業所PICFA〉。ここで人一倍時間に厳しいのが安永さんだ。10時の朝礼、12時の昼食。それを一分一秒遅れるのを嫌う。時間に厳しい男なのだ。

【写真】振り返る安永さん

安永さんは集中していたが、話しかけるとポーズを取ってくれた。

〈PICFA〉代表の原田啓之さんは、安永さんに出会った当時のことを話してくれた。「あの頃、彼はある福祉施設で調理補助をしていました。ですが、彼に向いた仕事が少なかったようなんです」。安永さんは「ちょっと待っといて」と言われ、そのまま何時間も待っていたという。毎日何もせず、ずっと待っている。そんな日々を送っていたそうだ。「この子はずっと待つのが人生なのか」。見かねたご家族が〈PICFA〉にやって来た。「できれば、この子を通わせたい」と。

【写真】安永さんが描く多様なキャラクターが壁に貼られている

安永さんが生み出す多弁なキャラクターたち。

しかし、ご両親によると絵を描く経験が少ないという。もし、PICFAにやって来ても何もせず、椅子に座って時間が経つのを待っているのなら、安永さんにとっては不幸だ。合わない仕事となんら変わりはない。

【写真】真剣に絵に取り組む安永さん

塗り残しがないかを丹念にチェックする安永さん。

「大切なのは絵が好きかどうか。表現をしたくなければ、PICFAでは受け入れることはできません」

そこで、安永さんには2週間の実習をしてもらうことになった。絵を描くことはなかったとのことだったが、絵の具を渡すと迷うことなく描き始めた。はじめから、画風は確立していたという。
「すごいな……」と原田さんは唸った。

【写真】人物の輪郭を塗る

細いペン先で輪郭を塗り……。

【写真】

丁寧に色を置いていく。

これは仮説ですが、と原田さんは言う。
「自閉症の方は言葉が出にくかったり、単語だけで会話をしたりすることがある。ですので、子どもの頃からイラストなどの視覚要素を用いたコミュニケーションを用いることがあるんです。それまで絵を描く経験がなくても、見ている世界を自然と絵に変換できるのかもしれません。……そんなことあるかい! と安永さんに言われるかもしれませんが(笑)」

【写真】安永さんが使うパレット

扱う色数は少ない。丁寧に色を作り、丁寧に塗っていくのが安永さんの作風。

淡々と絵を描き続ける安永さんに、原田さんは「楽しい?」と尋ねた。原田さんの大切な質問だ。安永さんは無表情で楽しいと答えた。だけど、その無表情の中に安永さんの覚悟を見たそうだ。

「僕の感覚でしかないけど、楽しいっていう言葉を発した安永さんの中に“これを続ける”みたいな覚悟を見た気がしました」

無表情の中の豊かな感情

【写真】寡黙な安永さんと彼が作りだしたキャラクター

多弁なキャラと寡黙な安永さん。

安永さんの描く人物の顔かたちには、あまりバリエーションはない。男性は眉が太く、女性はまつげという特徴があるくらいだ。ただ、じっと絵を見ていると、表情が見えてくる。笑っていないのに笑っているように見えたり、なにか考えているようにも見えてくる。

「実は表情豊かな絵なんです。そこに彼の心の豊かさを感じますね」と原田さんは言う。

【写真】自作を手にする安永さん

ファッショナブルな登場人物を安永さんは描く。

冒頭に書いたとおり安永さんは時間に厳しい。時間通りに原田さんが朝礼をはじめなかったり、食事時間が遅くなったりすると安永さんは「時間ですよ」と原田さんに注意する。

【写真】制作に取り組む安永さんの後ろ姿

集中する安永さん。静かに自分の世界に没頭する。

時々、原田さんはそれを無視することがあるそうだ。そうすると、安永さんは「時間ですよ!」と言いに来る。何度も執拗に言う。それでも無視することがある。もちろん、意地悪ではない。「予定がずれることがある」ということを安永さんに経験してもらい、自身の中に時間的な許容を持ってもらうためだ。

【写真】

作品を見る原田さんと楽しそうな安永さん。

「たとえば大きな舞台でライブペイントをすることだってある。イベントの時は決まった時間に食事ができないことがあります。移動する際、鉄道や飛行機が遅れることもあるでしょう。外の世界では何が起こるかわからない。だけど、食事を1時間、休憩を1時間ずらせたら、トータルで1日に数時間ずらすことができる。親御さんも助かりますしね。なにより僕は、大きな舞台で時間に囚われてしまった安永さんを、見てもらいたくない。格好いい安永さんの姿を見てもらいたいんですよね。この作業は安永さんの人生を広げる」

【写真】

一心不乱に描く安永さん。

安永さんを見ると、大きな体を机の前で屈め、一心不乱に賑やかな絵を描いていた。大きく、静かな男、安永さん。だけど、彼の代わりに絵が話す。それも多弁に話す。この言葉を聞き取るのは、絵を見る私たちの力なのかもしれない。


関連人物

安永憲征

(英語表記)YASUNAGA Noriyuki

(安永憲征さんのプロフィール)
1994年生まれ。ユニークでファッショナブルな人物画が人気。アトリエで描くだけではなく、ライブペイントでも活躍。
(安永憲征さんの関連サイト)