おしゃべりしながらも、細かに旺盛に、カラフルに、作品は立ち上がっていく
福岡県福岡市の〈工房まる〉多賀のアトリエで活動する山田恵子さんは、人と話したり、コーヒーを淹れてもてなしたり、とにかく人と関わることが好きな女性だ。
山田さんの制作過程でも、作品モチーフを工房スタッフと話しながら決めることが多い。モチーフに動物を選んだときは、動画を見てその動物の生態への理解を深めることもあるのだとスタッフの武田楽(らく)さんが教えてくれた。
「孔雀ってどんな声で鳴くんだろう?」
「意外と怖い声だった」
「イロブダイって、歯がすごく丈夫で、サンゴを食べるんだって」
「豚足も食べるかいな?」
そんな会話をしながら賑やかに楽しく、山田さんのイメージは膨らんでいく。それから複数の写真を組み合わせて画面を構成し、作品を形作っていく。
たくさんの動物が映り込んだ写真を見て描くときは、重なり合った動物の形に苦戦する。2010年に山田さんが〈工房まる〉を利用し始めたときから見守ってきた池永健介さんはこう話す。
「重なりを表現するのに、どうしても線のうえに混乱が生まれる。でも山田さん自身は常に意欲的で、描き抜く力がある。だからこそ結果的におもしろい線になるんですよね」
混乱を生み出しながらも、山田さんは形に折り合いを付けていく。辻褄が合わない、ユニークで歪んだフォルムの動物がかえって魅力を放つ。密な描き込みと余白の対比が、大胆なリズムを生む。
〈工房まる〉に通い始めた頃の山田さんは、クレヨンを使って人物を描くことが多かった。中学時代に絵画教室に通っていたこともあり、もともと絵を描くことは好きだった。
山田さんの絵の伸びやかなフォルムに着目した池永さんらスタッフは、その線が潰れてしまわないよう、発色のいいマーカー「コピック」や水彩絵の具での着彩を勧めた。そこから山田さんの絵は、動植物のモチーフを水玉やストライプの模様や個性的な線でカラフルに描きあげる現在のスタイルにたどり着いた。
「山田さんは褒められると羽ばたく、素直な方。自分の表現を獲得しながら、《孔雀オンパレード》を描き上げたあたりで、山田さんの個展をしようとスタッフみんなで話しました。描いている山田さん自身の気持ちがのっているな、と感じたんです」
池永さんは作品を収めたファイルを開きながら、そう話す。
2021年に福岡市のギャラリーで初の個展が実現。山田さん自身は、毎日いろいろな人が作品を見に足を運んでくれるのがとにかくうれしかったという。
人が好きだから、失敗してもまたがんばれる
取材の日に山田さんが描いていたのは、バラだった。モデルは、山田さん自身が携帯電話のカメラで撮影した花の写真で、色はピンク一色。けれども描かれた花は、ピンクに加えて水色、黄色、朱色、青。そして花弁には細かな水玉やストライプと、山田さんのセンスが爆発している。
「もとは一色だけど、それじゃいかんね、カラフルにした方がもっときれいだなぁと思うんです。この絵を見てくれる人にも、きれいないろんな色があっていいと言われたい。私はカラフルなのと水玉が大好きなんです」
絵の具を重ねるうち、輪郭線が消えてしまうことがある。山田さんは着彩後に改めて線をなぞる。こうした繊細な工程を経て、だいたい1か月で4つ切りや8つ切りサイズの作品が完成する。
山田さんは工房の部活でコンテンポラリーダンスに励み、2022年夏には福岡アジア美術館で上演される舞台にも出演。取材をしたのは本番を前に、練習に励んでいたときだった。舞台では演技、歌、ファッションショーと多彩な表現をする予定だと山田さんは教えてくれた。
舞台出演を叶えるために、山田さんは何度もオーディションに挑戦。繰り返し挑戦する強さはどこから来るのかを尋ねた。
「自分が落ち込むと、周りの人も暗い雰囲気になってしまう。だからその人たちのためにも次はがんばるぞ、と思うんです」
山田さんの表現を生む原動力は、どうしたって人とつながりたい強い思いとホスピタリティなのだ。