手でなくても描いてみたら?
福島県の〈unico〉(ウーニコ)に所属する森 陽香(もりはるか)さんは、車椅子に座って足の指に筆を挟んで描く。幼少期の頃は、手で描いていて、絵を描くことがあまり好きではなかったという。
小学校3年生のとき、支援学校の先生から「手でなくても使えるものを使って描いてみたら?」と言われたことがきっかけで、最初に足で筆を掴んで描いたのがドラえもん。その頃はキャラクターが好きで、ポケモンのピカチュウなども描いていたとか。「形にはなっていなかったけど、慣れていくに従って、手よりも自分が思った通りの線や色が描ける手ごたえがありました」と森さん。
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取材の時に見せてくれた森さんの新作。写真提供:unico
「これが昨日完成したばかりの新作です」と見せてくれたのは、真っ黒な背景に愛嬌たっぷりの表情で、画面いっぱいに描かれた鮮やかな黄色い生き物。青い口元がくちばしにも見え、「鳥ですか?」と聞いてみると、シテンヤッコという深海に住む熱帯魚だという。
「水族館に行くのが好きで、アクアマリンふくしまや仙台うみの杜水族館によく行くのですが、今まで描いたことのない熱帯魚を描いてみようと思って」と、一週間ほどで描き上げた。最初に塗った海の色が少し薄く、海底の海の色にしたくてもう一回暗めの色を塗り重ねたので、ちょっと時間がかかったのだそう。
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《コブダイ》/画用紙、アクリル絵の具、水彩絵の具、水性マーカー/ 530×380mm / 2019 年 写真提供:はじまりの美術館
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《海底を漂うコブダイ》/段ボール、布、新聞紙、ビニール袋、布ガムテープ、綿、アクリル絵の具、水性マーカー/ 1150×680mm / 2019 年 写真提供:はじまりの美術館
魚の模様や色、形といったビジュアルに惹かれて題材に選ぶこともあるが、「ジェンダー平等やLGBTQなど今はマイノリティが注目される時代なので」と性転換するコブダイを描いたり、「陸でも海でも生活できるから」とスピノザウルスをモチーフに選んだり。彼女が描くのは、動物や魚などの生き物が多い。自身が車椅子で動ける範囲が限られるため、自由に草原を駆け回り、海を悠々と泳ぐ生き物に憧れ、自分の思いを託しているのだろう。だからこそ、彼女が描く生き物には生命力があり、画面から飛び出してきそうな勢いがある。そして実際に画面からはみ出してしまっている作品がほとんどだ。
紙からはみ出す森さんの情熱
「足で描くので、どうしても細かいタッチは難しくて……。でも、画面からはみ出すのが自分の個性。枠にとらわれなくてもいいのかなと」と話す彼女の作品は、ダイナミックな構図と色使い、力強いタッチに圧倒されるが、実は緻密な計算と構図によってできている。まずは鉛筆でデッサンを描き、輪郭をとらずに絵具やペンで色を塗っていく。
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画面をはみ出す迫力が森さんの作風のひとつ。
画用紙が主だが、キャンバスや模造紙に描いたり、筆を使わず、足で直接クレパスをのばして色をぼかしたり、足の裏に絵の具を塗って足型をつけたりすることも。絵を描くのは手や筆だけではない。いろんなやり方があることを森さんは教えてくれる。
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始終にこやかな表情の森さん。奥で“同僚”の伊藤峰尾さんが仕事をしている。
「この間は、シーツに車椅子のタイヤで絵を描く車椅子アートにもチャレンジしました」と森さん。スタッフに絵の具を刷毛でタイヤに塗ってもらい、森さんがシーツの上を車椅子で駆け抜けながら描いたのは、偶然性による抽象画かと思いきや花の絵。
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車椅子の車輪で描いた花。 写真提供:はじまりの美術館
「このときも鉛筆でデッサンを描き、それを参考にして、スタッフの方と呼吸を合わせながらの二人三脚。私がこうしたいということを、スタッフの方が一緒に楽しんでやってくださるので、ありがたいですね」と森さんが言うと、「陽香さんは誰とでも仲良くできる人。相手を気持ちよくさせる言葉を知っていて、スタッフは陽香さんのおだてにのせられているんです」とスタッフの星尊さん。
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普段はにこやかな森さんも、製作に入ると迫力の表情。
絵筆を握っているときの険しく真剣な表情とは裏腹に、スタッフと談笑しているときの森さんは、その名の通り太陽のように明るく朗らかだ。そんな温かい人柄がそのまま絵に表れている。