人気のハンバーグを前に……
湯気が出てから5分。目の前で砂時計の砂がさらさらと落ちる。
「おまたせしました、どうぞ」
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ふわっとした湯気とともに、肉と野菜の香りが広がる「8種の野菜と恋する豚のスチームハンバーグ」(1,903円)
蒸籠(せいろ)のふたを店員さんが開けてくれる。もくもくの湯気とともにあらわれたのは、スチームハンバーグ。千葉産の色とりどりの蒸し野菜と、ふっくらとした白いハンバーグに「わあ」と思わず声が出る。
かわいらしい焼印が入ったハンバーグにそっと箸を入れ、口へ。豚肉の甘みが口いっぱいに広がる。後味もさっぱりとしている。聞けば、原材料は豚肉100%。つなぎの卵も使っていない。
ここは千葉県香取市にある〈恋する豚研究所〉。同市で飼育された豚肉やその加工品の製造・販売を行っている。
名前の由来は、育てる人、つくる人が愛情たっぷりに豚に接するという意味だという。なんともユニーク!
そこで冒頭のハンバーグ。2階のレストランでいただくことができるのだが、その味といったら!「恋をする豚」は、たしかにいるんだ。
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スチームハンバーグが食べられるお店としゃぶしゃぶ店がある
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「ハムとソーセージの盛り合わせ 小さいお皿(2〜3人分)」(770円)
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スチームハンバーグが食べられる食堂
「おいしい」になるまでの工夫
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ハンバーグを成形する3人
豚肉を加工する工場へ。大きな窓があり、外からも工場の内部が見えるようになっている。実は、窓の外からニコニコと作業をする3人のスタッフさんたちに心惹かれ、無理を言って工場に入れていただいた。
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工場には大きな窓があり、作業しているときも外が見える
厳しい衛生チェックをクリアして中に入ると、3人がいた。成形していたのはハンバーグ。慣れた手付きで作業をする石塚郁模(いくみ)さんが、コツを教えてくれた。
「最初はくるくる回るように回していって、あとはすくうように軽く転がします。そうすると、ラグビーボールのような形になります」
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素早い動きは職人技!
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石塚さんとともに、ハンバーグを担当する越川さん(左)と中田さん(右)
1つ約110グラムで量られた豚ひき肉は、3つならんだラグビーボールになっていた。この姿のハンバーグは、スーパーや道の駅など一般向けに販売される場所で買うことができる。
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見事なラグビーボールに!
ここで、気がついた。床が緑色とオレンジ色に分かれている。衛生度がさらに高い「クリーンルーム」と呼ばれる場所をオレンジ色にし、緑色の床で作業する人と交わらないようにしているという。ユニフォームも、色分けされている。
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スライスされた肉を台紙の図形に合わせて梱包していく
ほかにも、磁石をずらしてその時々に行っている作業が確認できる進行管理表や、スライスした豚肉を台紙に記された四角い図形に合わせて包んでパッキングするといった工夫に出合った。視覚情報が、わかりやすくなっているのだ。
〈恋する豚研究所〉は障害のある人たちがともに働く、就労継続支援A型事業所でもある。
濃厚!スイートポテトの焼き時間
ここにはおいしいものが、まだある。〈恋する豚研究所〉の隣に位置するのは〈栗源第一薪炭供給所(くりもとだいいちしんたんきょうきゅうじょ)〉。〈1K〉の名で親しまれるこの場所は、畑で栽培したサツマイモをスイートポテトにしている。
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〈1K good neighbors POTATO&CAFE〉にて、スイートポテトを購入
〈1K good neighbors POTATO&CAFE〉で食べられるスイートポテトは、蒸したサツマイモを裏ごしし、紙型に入れたものを毎日焼いている。オープン前にスタッフの方にお話を聞いた。すると、2回に分けて焼いているという。一番下のサツマイモの皮を混ぜたキャラメルと真ん中のスイートポテトの層の生地を30分かけて焼いたあと、さらにスイートポテトの生地を重ねて30分オーブンで焼くとのこと。
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「1K」の焼印が押されるスイートポテト。1Kには香取市で一番を目指してという意味が込められている
そんなに手間暇がかかっているのか。食べたい……。スイートポテトを販売する建物の2階でいただくことに。うーん、濃厚。地元で獲れたベニハルカのねっとりとした甘みがあとをひく。そしてキャラメルの苦味がプリンのようでもある。
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スイートポテト280円。アイス載せもできる
スイートポテトを味わいながら、ふと窓の外を見ると、サツマイモ畑の横にある森でなにやら作業中の人たちがいた。〈1K〉では地域の山の木々を間伐し、薪や家具をつくる仕事もしている。もともと林業が盛んな地域だったが山に入る人が減り、里山の荒廃が問題になっていた。そうした地域課題に、里山の間伐をして薪にしてエネルギーをつくるという取り組みをしているのが〈1K good neighbors WOOD & FURNITURE〉の部隊である。
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サツマイモ畑と木材加工場
地域をケアする
工場にお邪魔すると、木の香りが強くなった。杉の木の小さな輪っかをヤスリがけしている人や、木材にかんながけをする人がせっせと働いている。木材加工場に大きく掲げられているのは、「安全第一・効率第二」の文字。
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やすりがけをしているのは、地域で生まれた赤ちゃんに配る木の輪「森の輪(わっこ)」
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元産の木材を使用。なかには自分たちで間伐したものもある
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なめらかな手触りの「森の輪(わっこ)」
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加工場では製材もおこなっている
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工房の隣の森で伐られた杉の木からおしゃれなスツールも生まれた
さらに森の中も見せてもらうと、スイートポテトを食べているときに見かけた人たちがいた。丸太を薪に加工する山本達季(たつき)さんが声をかけてくれた。
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薪を見せながら説明をしてくれる山本達季さん
「まず丸太をチェーンソーで3分割にします。それをこの薪割り機を使って、最終的な薪の形にします」
作業を見せてもらうと、簡単なレバー操作で薪を割ることのできる薪割り機が使われている。誰にとってもやりやすい方法が、徹底して取り入れられている。〈1K〉のメンバーとともに作業をする支援員であり、木工作家の照井大さんにお話を聞く。
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電動の薪割り機を使って作業。注意は必要だが、力はいらない
「このあたり、栗源(くりもと)地区の森林をお預かりして、間伐作業をしています。台風で倒れてしまった木の処理が多いですね。その木を薪に加工して販売しています。最近はキャンプ需要も増えているので、よく売れますよ」
薪ストーブと薪ボイラーが置かれ、〈1K〉内での燃料として使われている。森に入り、荒れた木々の間伐をすることは、地域の景観を守る活動につながると、照井さんは言う。
「サツマイモ畑を耕すこともそうですね。年をとって農業を続けられないと困っている人がいれば、できることを考える。地域の困りごとからスタートして、仕事が生まれるんです。途方に暮れていた人がほっと安心してくれたり、笑顔になることも、大きく見たら福祉なんだと思います」
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手作業で割っていたのはキャンプファイヤー用の薪
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慣れた手つきで作業を進めるが、いきなり危ない作業をすることはないという
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薪ボイラー。1K エリアのお湯を供給している
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〈1K good neighbors POTATO&CAFE〉店頭では薪や丸太が販売されている
「食」からどんどん広がっていく
「食べる」から始まって「人」や「空間」、「環境」までもケアをしていこうと取り組んでいることが、それぞれの場所から伝わってきた。
働く人たちみんなの働きやすい空間づくり。サツマイモ畑を整えてスイートポテトをつくること、荒れた山に入って林業をすることで、目の前の景色が変わる。
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〈恋する豚研究所〉代表で、母体である社会福祉法人〈福祉楽団〉理事長の飯田大輔さん
すべてが計算されたように見えるけれど、「そんなに先を見越してつくっていないですよ」と代表の飯田大輔さんはさらりと言っていた。地域に必要とされることを誠実に、のびのびと展開していった結果がこの場所にはあった。
固定観念にとらわれず、「福祉はもっと自由でクリエイティブであっていいんだよ」と言われたような気がした。
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香取市はサツマイモの名産地。おいしいサツマイモをつくるという意気込みが感じられる
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建物全体の設計を建築家ユニット「アトリエ・ワン」が担当。成田駅から車で約30分
Information
〈恋する豚研究所〉
住所:千葉県香取市沢2459-1
電話:0478-70-5115
営業時間:11:00~18:00(飲食ラストオーダー14:30)/11:30 ~17:00(1K good neighbors POTATO&CAFE)/無休
Web:恋する豚研究所公式サイト