豊富な色と強弱のあるタッチで描かれる、地元商店街の風景
金物店や書店、路地など、長崎県佐世保市にある商店街の一軒一軒の店や景色をモチーフにした作品がsaoriさんの代表作だ。細やかなボールペン画。実際に街を歩いた後で作品を見ると、その色合いは、遊び心に満ちたものだと分かる。
saoriさんはモチーフの写真を見て、まず輪郭を水色のボールペンで描いていく。
「後から他の色を重ねやすいので、今は水色が多い。時々、紺や黒も使う」
saoriさんはそう教えてくれた。
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かき氷をモチーフにした作品を描いているところ
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輪郭線には水色のボールペンを使うことが多い
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凛とした佇まい。saoriさんが描く姿からは強い集中力を感じる
この日のsaoriさんはコメダ珈琲店で提供しているかき氷の絵を描いていた。いちごのシロップがふんだんにかけられ、ソフトクリームが添えられたメニューの写真が手元に置いてある。テーブルクロスに描かれたいちごの模様も含め、saoriさんは前述の通り、水色のボールペンで繊細に輪郭を取っていく。
輪郭線を描き終えて色塗りの段階に入ると、saoriさんは氷の部分を表すのに、シロップの色に似たピンクのボールペンと、太字タイプの白のボールペンを選んだ。さらさらと二色を塗り重ねることで、ふんわりと空気を含みつつシャープさもある、氷の質感がよりリアルに表される。
一方で氷が盛られた器やスプーンの部分には、単色のボールペンを強い筆圧でぐりぐりと塗り付けていく。テーブルクロスの模様のいちごは、赤だけでなく水色や山吹色に塗られていた。
ボールペン愛と一枚ずつ異なる余白
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カラフルな「SARASA」や「ユニボール シグノ」のボールペンがズラリと並ぶ
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ペン先の好みについて教えてくれるsaoriさん
ペンケースを見せてもらうと、30本近いカラーボールペンがぎっしりと詰まっている。自宅にはさらにたくさんのカラーがあるという。「SARASA」の0.5ミリ芯のボールペンがsaoriさんのお気に入り。0.3ミリ芯を使うこともあるが、色を塗るには細すぎたそうで、またさらに細い0.1ミリだと紙が破れてしまうこともあり、0.5ミリが主力選手になったという。
ボールペンのことを話すsaoriさんは少しだけ言葉が多くなる。文房具が好きな気持ちが伝わってきた。
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saoriさんが描いた植物画を印刷した参考商品の紙製ジャケット。saoriさんのファッションや雰囲気によく似合っていた。
用紙の中に枠を取り、その中にモチーフを描くのも特徴的だ。フリーハンドで描かれた枠線は、傾いていたり、台形だったり、外側に大きく余白があることもある。
「いろいろな形の枠や余白も含めてsaoriさんの作品だと思うので、個展をしたときは、余白ごと展示しました。以前は紙面に対して絵がもっと小さかったんですが、だんだん大きくなってきているんです。もしかして、作品が商品になったり、個展をしたり、そうした経験が自信につながって、少しずつ大きくなっているのかもしれませんね」
saoriさんの制作を2014年の利用当初から見守る、職員の坂井佳代さんはそう教えてくれた。saoriさんが絵を描き始めたのはミナトマチファクトリーを利用するようになってからだ。
商店街を駆け抜けて
saoriさんの描いた作品は、事業所内にある布用のプリンターで布に印刷され、近くにある同系列の〈佐世保布小物製作所〉でポーチやハンカチ等のファブリック製品に仕立てられる。佐世保の景色が描かれたこれらのプロダクトは、長崎の美術館やブックショップなどに並ぶ人気商品だ。
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描かれた作品はその場で布に印刷され、裁断や縫製を経てポーチなどの商品になる。
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光沢あるサテンの生地に作品がプリントされたポーチ
また佐世保の飲食店が作っているオリジナル商品のパッケージや佐世保のタウン誌の表紙にもsaoriさんの作品が起用されている。saoriさんは自身の作品が商品になることをうれしく思っていると話してくれた。
時折、歩いて10分ほどの距離にある〈佐世保布小物製作所〉に用事ができると、saoriさんは〈ミナトマチファクトリー〉から全力疾走していくそうだ。明るく賑やかで、同時にのんびりした空気の商店街を、saoriさんが長い髪を揺らせてダッシュしていく姿が目に浮かんだ。シャイで、でも情熱的なsaoriさんは、きっとこれからも繊細な色合いのボールペンを駆使して、猛然と作品を生み出していくことだろう。
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休みの日に美術館や図書館に行き、絵画や画集を見るのが好きだと話してくれた