ここは「仕事を作り出す工場」。
その人のやっていることに価値を掛け合わせ、無理なく仕事にしていく
デザイナー、イラストレーター、マシンオペレーターとして働くメンバーを擁し、人気商品を次々に生み出している〈ミナトマチファクトリー〉。カフェのような明るい空間で、メンバーがそれぞれの仕事に向かっていた。
新しいプロダクトのアイディアは、至るところに溢れている。例えばメンバーのTaisukeさんがノートの端に描いていたギャグ漫画に職員の目が止まった。
「おもしろい。佐世保をテーマに描いてみてはどう?」
こうして地域の方言を紹介するファニーなイラストが生まれ、それをプリントしたポーチが人気商品になった。
その人のやっていることに価値を掛け合わせ、無理なく仕事にしていく。それが就労継続支援B型事業所であり、デザイン事務所であるこの場所の基本姿勢だ。
「〈ミナトマチファクトリー〉は仕事を作り出す工場」とは、〈ミナトマチファクトリー〉をはじめとしたいくつかの事業所、関連会社を展開する株式会社〈フォーオールプロダクト〉の代表、石丸徹郎さんの言葉。
生み出されたイラストやデザインが、製品になるスピードが速いのもこの場所の特徴のひとつ。事業所内に布に印刷できるプリンターが備えられており、イラストが描かれた日のうちにそれがファブリックになることも。既存のポーチやバッグの型紙に合わせて職員がイラストを配置したら、プリント作業担当のメンバーがテキパキと印刷を行う。
絵柄が印刷された布は、〈ミナトマチファクトリー〉から歩いて5分ほどの距離にある同系列の事業所〈佐世保布小物製作所〉へ。ここで裁断・縫製担当のメンバーが端正な製品を作り上げていく。新しいものを作ったり、既存のものを改良したりのサイクルがスピーディーかつ軽快だ。
うまくいかないことがあってもネガティブに考えず、方向転換するポイントと捉えられる
製品化するのは、事業所内のメンバーの作品に留まらない。他の事業所から依頼された絵画やイラストを、デザインからプリント、布製品化まで請け負うこともしている。水彩画が好きな人の作品をハンカチに仕立て、ひとつのハンカチブランドにしたことも。その人はポップアップストアに出店すると日に2万円ほど売り上げるハンカチ作家の顔を持つことになった。
「就労支援というと敷居が高いですが、その人が今やっていることが小さくてもひとつの仕事になるのは意外と簡単だったりする。まずはそのことを本人に体験してもらって、生き方の選択肢を増やすことを一緒にしていきたいですね」と石丸さんは話す。
「就労は厳しい」と考える人が支援すると、メンバーも「就労は厳しい、人生は厳しいんだ」と思ってしまう。一方で「人生は楽しい」と心から思っている人が支援すると、メンバーにも伝わる。石丸さんはそうも教えてくれた。
「僕は支援を含むすべてが“人生は楽しい”の視点に立っています。そうすると何かひとつがうまくいかなくても、それをネガティブに捉えずに、方向転換するポイントと捉えられるんです」
自分に合えば留まってもいいし、出戻りだって大歓迎
メンバーにとって最良の環境を模索するため、見学に来た利用希望者に他の施設を紹介することも多々あるという。そのためにも日頃から佐世保にある他の施設とのつながりを大切にし、それぞれが長所を持って補い合い、佐世保に暮らす障害のある人が、それぞれに心地よい施設と関われるよう努めている。
〈ミナトマチファクトリー〉は一般企業への就職率が高く、昨年は10人ほどのメンバーが就職していった。もちろんここに留まってもいいし、就職した後の「出戻り」も大歓迎。前述のとおり「もし何かひとつがうまくいかなくても、それは方向転換するポイント」に過ぎないからだ。卒業したメンバーが休みの日に遊びに来たり、仕事の相談に訪れることもとてもうれしいと言う。
石丸さんが就労支援に軸足を置きながら、自分の事業所に固執せず、メンバーのサポートを長期的かつ横断的に行なっているのはなぜなのだろう。石丸さんが福祉畑に入ったきっかけを聞いて、納得がいった。
大学卒業後、TVショッピングの会社に勤務。その後独立してイベント会社を経営していた石丸さんは、ある時事業の一環として、引きこもりの若者支援に携わる機会を得た。
「僕は彼らに、希望を持ってほしいということ、無限に可能性があるということを示したかった。ところが、支援を受けていた障害のある方から“僕たちが働きに行けるのは就労事業所。それがどんなところか知っているんですか?”と言われてしまったんです」
それまで障害のある人と関わったことのなかった石丸さんは、いろいろな現場を訪れた。そして彼らの就労環境を知ったことにより、支援を事業のひとつとして限定的に行うのではなく、徹底的にやろうと決めた。最終的にはそれまでの会社を手放して〈ミナトマチファクトリー〉や他の事業所を立ち上げるに至った。
福祉の枠を越え、広がる協働プロジェクト
商品力、デザインの良さが話題になるにつれ、さまざまな企業から「こんな素材があるので、一緒に何か作りませんか」と協働を提案されるようになった。福祉の枠を超え、デザイン事務所やアトリエとしての認知が拡がっているのだ。
例えば国内シェアトップのガラスビーズメーカーであるTOHO BEADS(トーホー株式会社/広島県)とはアクセサリーブランドを展開。工房とショップを兼ねた〈stand firm〉(長崎県諫早市)で、制作・販売を行なっている。所属メンバーは、アクセサリーのデザインから制作まで行う人、制作に専念する人、自身のブランドを立ち上げて展開する人などさまざま。希望やスキルに合わせて、多様な関わり方が叶えられている。
段ボール製品の製造を行なっている日本紙器株式会社(長崎県時津町)と共同で制作したのが、段ボール製のアートフレームだ。
福祉施設では、毎日たくさんのアート作品が生まれているところも多い。そうしたアート作品をもっと気軽に購入し、部屋に飾って楽しんでほしいという思いから生まれたプロダクトで、フレームは段ボール、作品をカバーする部分はとうもろこし由来のアクリル製になっている。
紙製にしたのは、安全性と環境への配慮から。地元企業である日本紙器にオファーし、商品化が実現した。
フレームは厚みがあり、コピー用紙程度の薄さなら20枚程度の作品をしまうことができる。
「福祉施設だけでなく、家庭でも日々増えていく子どもの絵の収納に悩んでいるという声を聞くことも多い。作品の収納・保管と飾ることを兼ねたデザインにしようと考えました」と石丸さん。
各地の福祉施設がこの商品を仕入れて、組み立てをメンバーの作業としたり、メンバーの描いた絵と一緒に販売したり、そういう展開もできたらとも考えている。
多数のプロジェクトが同時進行する事業所内のヒト・モノ・コトの交通整理を行い、膨大な製品のデザインを統括し、さらには地域の観光施設やカフェ、ブックショップなど、人が集まるところへの営業を担当しているのもブランディングマネージャーの坂井佳代さん。
「商品を見て、こちらが福祉施設だと知らずに取引したいと言われると、ときめきますね」と坂井さん。
坂井さんや現場のスタッフがメンバーを家族のように思い、支援しているからこそ石丸さんは全国を飛び回り、さまざまな企業や施設とのプロジェクトを動かすことができるのだという。
「僕ももっと現場でメンバーと関わりたいけれど、今はそれが叶わない。その反動でどんどんプロジェクトを手掛けているのかも知れませんね(笑)」。
そう言いながらも、会うメンバー一人ひとりに同じ視線で声をかけ、短い時間でもメンバーのことを本気でもっと知ろうとする石丸さんの姿からは、目の前の人に対するまっすぐな気持ちが伝わってくる。若者支援に携わったときに言われた「就労事業所がどんなところか知っているんですか?」という問い。石丸さんはそれに対する自分なりの解(かい)を、日夜全力で出し続けているのだ。
Information
〈MINATOMACHI FACTORY〉
住所:長崎県佐世保市本島町4-26
電話:0956-23-7565(フォーオールプロダクト)
Web:MINATOMACHI FACTORY