自信に満ち溢れるチョコレート職人たち
ゴロゴロゴロ。乾燥した茶葉が石臼で粉砕されていく。トントントン。ドライフルーツやタルト生地が小型包丁で細かくカットされていく。真剣な表情で、目の前の細かな作業に集中する職人たち。
「おすすめ商品はありますか?」と話しかけると、手を動かしながらも「チョコミント。テリーヌの」「リッチベリーです」「ミルクチョコのタブレットは世界一おいしいかもしれない」と得意そうに答えてくれた。
〈久遠チョコレート〉は、愛知県豊橋市に本社を置くブランドだ。代表商品はピュアチョコレートと日本各地の食材を組み合わせた「QUON テリーヌ」で、その種類はなんと150種以上。なかでも、生地の上に色とりどりのドライフルーツやナッツがのった美しいプレミアムテリーヌは一つひとつ表情が異なり、見ているだけで心が躍る。
フランチャイズを含め、全国に生産・販売拠点を持つ〈久遠チョコレート〉。その特徴と言えるのが、そこで働く570名のうち、半数以上が障害者であること。そして、一般企業での就労が困難とされる障害者が働く就労継続支援B 型事業所の全国平均工賃が月額1万6千円ほどであるなか、その数倍もの工賃を払っていることだ。
代表の夏目浩次さんは、都市計画コンサルタントをしていたときに障害者の就労環境を知り、その選択肢の少なさと工賃の低さに疑問を抱いたという。2003年に独立し、愛知県の最低賃金を守って障害者を雇用するパン屋を開店した。
「でも、理想と現実のギャップは大きかったんです。パン作りは工程が複雑で、焼きたてのパンを開店時間までに用意するには、分刻みのスケジュールで動かなければいけません。誰にでもできる仕事ではなく、ついてこられない人を解雇したこともありました。経営も厳しくて、一時期は本当に大変でしたね。……創業から10年、何か活路はないかと悶々としていました」
転機となったのが、現在〈久遠チョコレート〉でシェフショコラティエを務める野口和男さんとの出会いだった。「チョコレートは正しい材料を正しく使えば誰でもおいしいものが作れる」という言葉を聞いて、夏目さんは半信半疑で野口さんの工場を見学する。そこでは、隣の日本語学校で学ぶ外国人たちが休み時間に高級ブランドのチョコレートを作っていた。
「本当に単純な手作業の繰り返しで、素人でも高単価の仕事に携われるんです。間違えても溶かせばまた使えるし、賞味期限も長い。チョコレートはパンと違って、人に時間を合わせてくれる素材だと思いました。『この作業ならあの人でもできる』『こう工夫すればあの人にも』と、それまで置き去りにしてしまった人たちの顔がばーっと浮かび、『チョコレートを事業にしよう』と決心しました。」
隣の人に寄り添うために、
みんなが本気でもがいたら
2014年に〈久遠チョコレート〉を立ち上げてから、働く人一人ひとりの障害や特性に合わせて環境を整えてきた夏目さん。2021年には、重度障害者が働く生活介護事業所〈パウダーラボ〉を豊橋市内にオープンした。テリーヌに使う果実やお茶の粉末を作る工場で、冒頭で紹介したのがその製造風景だ。
「生活介護事業所は就労を目的とした施設ではないため、B型事業所より工賃が安く、一説では月3千円から5千円と言われています。でも、障害が重くてもできる仕事はあるはずだと思ったんです。何かを生み出すことは苦手でも、壊すことは得意という人もいるし、工夫すればそれも立派な価値になる。パウダーラボでは、月額5万円以上の工賃をお支払いしています」
最初は車で送迎されていた人が仕事にやりがいを感じて自分の足で意気揚々と歩いてくるようになったり、少しずつできることが増えていったりと、この1年でうれしい手応えを感じているという。パウダーラボも全国展開していく予定だ。
「パウダーラボができたことでテリーヌの品質は高まり、作業の効率も上がりました。働きたいのに働けなくてうなだれている人が隣にいたから、その人にできることを真剣に考えた。そうしたら、それが自分たちの成長につながった。同じことが、ほかの業界でもできるはずです。隣の人に寄り添うためにみんなが本気でもがいたら、日本は本当の意味で豊かな社会になるのではないでしょうか」
おいしいだけでも、見た目が美しいだけでもない。〈久遠チョコレート〉のカラフルなテリーヌは、「こんな社会になったら楽しいと思わない?」と問いかけるアート作品と言えるかもしれない。
Information
〈久遠(くおん)チョコレート豊橋本店〉
住所:愛知県豊橋市松葉町1-4
電話:0532-53-5577
Web:久遠チョコレート公式サイト