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“しょうがい”とアートをつなげる法律って何?その1

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【イラスト】箱の中から出られない人

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“しょうがい”とアートをつなげる法律って何?その1

クレジット

[イラスト]  naoya

[文]  石村研二

読了まで約10分

(更新日)2022年09月02日

(この記事について)

「障害者による文化芸術活動の推進に関する法律」(2018年公布・施行)を考えるコラムシリーズ。第1回目はこの法律の概要のお話です。

本文

このWebメディアDIVERSITY IN THE ARTS TODAYでは、障害のある人たちのアートや様々な活動を紹介していますが、その根っこにあるのは「障害のあるなしに関係なくアートを通じて豊かに暮らせる社会を作りたい」という思いです。

そこには「社会」の問題も横たわっています。障害は個人の側にあるものととらえるか、社会がかかえる問題ととらえるかという議論があります。障害の原因をその人が持っている心身的な課題と考え、医療的なケアを必要とする「個人モデル」(医学モデル)と、社会の中に障壁があるから、社会を変えることが必要だとする「社会モデル」です。

WHO(世界保健機構)は、両方のモデルからのアプローチを統合して、健康に関する世界の共通言語である「ICF(国際生活機能分類)」を定めています。さまざまなアプローチが必要とされる中で、社会環境を整備することで「障害」をなくしていこうという取り組みも必要になりますが、そのための仕組みを整えるのが法律です。

今回は、障害者がアートなど様々な表現に触れる活動をもっと増やしてよりよい社会を目指すために2018年(平成30年)に日本でつくられたばかりの法律「障害者による文化芸術活動の推進に関する法律(障害者文化芸術活動推進法)」を紹介したいと思います。

この法律について知ることで、障害のあるなしにかかわらずそれぞれがよりよい社会のために何ができるのか見えてくるかもしれません。


登場人物

ダイバーさん(学ぶ人)

アートに興味があるが自分にはできると思っていない。福祉にも興味があり、手話ができる。

シティさん(教える人)

ダイバーシティの実践のため福祉やアートの現場でいろいろなことをやっている。


どんな法律なの?

【イラスト】教室でシティさんがホワイトボードに「障害者文化芸術活動推進法とは」と書き、ダイバーさんたち生徒に講義をしている

シティさん

法律で大事なことはだいたい最初に書いてあります。

この法律でも第一条の「目的」が重要で、内容を要約すると「文化や芸術は、人が心を豊かにしたり、お互いを理解したりするのに役立ちます。だから、障害者がもっと文化や芸術に関われるようにして、みんなが自分らしく生きられるようになり、社会ともっと関われるようにしよう」ということです。

条文は後で各自確認してください。
障害者による文化芸術活動の推進に関する法律

いろいろ疑問があると思いますが、まず「文化芸術活動」とはなんぞやという点。

これはもっと以前にできた法律「文化芸術基本法」に定義されています。また法律が出てきた上に、法律で文化芸術とはなんぞやが決まっているなんて……と思うかもしれませんが、法律ってそういうものなんです。

「文化芸術基本法」によると、文化芸術とは、芸術、メディア芸術、伝統芸能、芸能、生活文化、国民娯楽、文化財等の保存及び活用とされていて、簡単に言うと文化的なことのほぼすべてです。いわゆる高尚な芸術から、日常の娯楽まであらゆるものが含まれます。法律の条文にはありませんが、アイドルのライブに行く「推し活」だって立派な文化芸術活動です、きっと。ただ娯楽といっても、スポーツは入っていません。「スポーツ基本法」という別の法律があるので。芸術や芸能にかかわること全般が文化芸術活動だと考えてください。

つぎに、なぜ障害者だけを対象にした法律が作られたのかということです。どう思いますか?

ダイバーさん

障害者が文化芸術活動に参加できてこなかったからではないんですか?

シティさん

それもありますがそれだけではありません。私なりに理由を考えました。これまでも多くの人が苦労と模索を重ねながら障害のある人たちによる文化芸術活動は続けられていました。とても素晴らしい活動、作家や作品も数多く生まれています。しかし、まだ文化や芸術に障害者が参加しにくい現状、まさに社会の中に「障害」は依然としてあります。この法律効果でもっと多くの人を巻き込んで、より公に体系的にその障害がなくなるようにしよう。そうすれば、障害の有無を超えて誰もが芸術を通じた社会との関わりが増えて、相互理解も進み、多くの人にとって生きやすい社会になると、希望的観測に基づいているのではないかと思うのです。

まず、法律についてぼやーんとでもイメージできたでしょうか。では、実際にどうやって「障害者の文化芸術活動を推進していくのか」について説明します。

基本計画って何?

シティさん

どうやって推進するかという話ですが、具体的にどう進めていくかを決めた基本計画というものが作られています。基本計画は法律に基づいて、担当の省庁である厚生労働省と文化庁が関係省庁と話し合って定めています。法律よりは読みやすいかもしれないのでぜひ目を通してほしい(障害者による文化芸術活動の推進に関する法律及び基本的な計画)ですが、やはり長いし読むのは大変なので、できるだけ簡単に解説します。

どんなことをやるかを大まかに示した「施策の方向性」には11の項目が挙がっていますが、ざっくり分けると次の5つになります。

【イラスト】施策の5つの方向性をイメージ化。それぞれに鑑賞の機会の拡大、創造の機会の拡大、発表の機会の拡大、交流の促進、サポート体制の整備という文字が添えられている。

シティさん

やはり言葉遣いがかたいですが、鑑賞の機会の拡大は「見る、聞く、感じる体験を増やす」こと、創造の機会の拡大「作る、やるを容易にする」こと、発表の機会の拡大は「多くの人に見てもらう」こと、交流の促進は「障害の有無を超えて出会い学び合う」こと、そしてサポート体制の整備は「障害者が活動しやすい環境を整える」ことと言い換えることができるのでしょう。

これは障害者の文化芸術活動によって社会がより豊かになっていくために道筋を示したものでもあります。文化や芸術に触れる機会を増やし、実際に創作する人を増やし、創作したものを多くの人に見てもらえるようにする。その結果、障害のあるなしにかかわらず対話が生まれて相互理解が進み私たち一人ひとりの心が豊かになり、社会も豊かになっていってほしいという希望が込められているのだと思います。

では、それぞれ具体的にどのような施策が行われているのか見に行きましょう!

鑑賞の機会の拡大

見る、聞く、感じる体験を増やす

【イラスト】美術館で、車椅子の人、目の不自由な人、幼い子どもなどが絵を鑑賞している。そこにシティさんとダイバーさんもいる。

シティさん

絵画を見たり音楽を聞いたりする「文化芸術の鑑賞」は、本来、誰でも気軽にできるはずのものです。現実には、劇場や展覧会会場のつくりや動線がいまだに車いす利用者や心身障害のある人たちにはとっても困難な場所だったり、目が見えない人が絵画や映画を理解する術が少ないということがあります。さらには、そのような物理的な障壁よりも、他の鑑賞者に迷惑になるかもしれないから行くのをためらうというような心理的な障壁もあるでしょう。

実際、車いすのひとも、お年寄りも、赤ちゃん連れの人もいろいろな人が参加する鑑賞会はどうでしたか?

ダイバーさん

私たちが当たり前に行けているところに行けない人がいるのはやっぱりおかしいし、いろいろな人がいても問題ないどころかむしろ楽しいと感じました。

シティさん

そうですよね。なので、文化施設のバリアフリー化や音声ガイドの制作や鑑賞をサポートする人材の育成を進めるとともに、あらゆる「障害」を超えて多様な人達がともに鑑賞する環境が当たり前のものと捉えられるような考え方をみんなが持てるようにしていくことも重要になってきます。

創造の機会の拡大

作る、やるを容易にする

【イラスト】子どもたちが楽しそうに床や壁に色とりどりの絵の具を塗って遊んでいる。ダイバーさんがそれを中腰で見つめる。

シティさん

障害のあるなしにかかわらず、生活の中でアート作品を作ったり、劇を演じたりといった「創造活動」を行う人はそれほど多くないと思います。ではなぜ、わざわざ法律を作って障害者の「創造の機会」を拡大する必要があるのでしょうか。

実はこの基本計画が想定している「創造」は作品を生み出すことだけではありません。作ってみる、やってみるという過程や日常生活で行っている表現も創造で、誰もが自由に表現できることが重要だと考えているのです。創造活動は自己肯定感を育んだり、人々の心のつながりや相互理解、多様性の受け入れなどにつながるともいっています。

実際にその現場に足を運んで、その効果が実感できたのではないでしょうか。

ダイバーさん

みんな生き生きとしていて、それが周りの人にも波及して、見ているこっちも楽しくなってきました。創造には人の心を動かす力があると感じました。

シティさん

これまで、障害者にはこのような機会が少なかったかもしれません。自分にもできることすら知らなかった障害者が多くいる中で、その人たちが機会の存在を知ることと得ることが重要なのです。障害者だから「無理だ」「できない」と決めつけて試そうともしない社会だったとしたら、それは問題ではないでしょうか。

例えば、誰もが優れた音楽家になれるわけではありません。でも、たとえば譜面が見えなくとも、音が聞こえなくても音楽を体験するという選択肢や方法があると知ってもらうこと、誰もが上達できる環境を整えることは、私たちみんなが工夫していくらでもできることなのです。そしてそれが、多様で豊かな社会への近道になります。

発表の機会の拡大

多くの人に見てもらう

【イラスト】舞台の上に車椅子の人を含めた演者がいる。観客の中にダイバーさん

シティさん

創造の過程自体に意味があるとさきほど言いました。実際それはそうなのですが、できあがった作品を発表する場があれば創造の意味はさらに増します。発表の機会があれば活動のモチベーションにもなりますし、発表するためには障害者がさまざまな人や社会と関わる必要が出てきます。そして鑑賞する側にも学びが生まれます。

実際に、障害者が歌い踊る舞台を見てどう思いましたか?なにかしら感じるもの、考えさせられることがあったのではないでしょうか。

ダイバーさん

最初は「障害者だから」という目で見てしまいましたが、見ているうちに夢中になってそんなことは忘れてしまいました。演じる人はどんな感想を持つのか聞いてみたいと思いました。

シティさん

発表をする障害者だけでなく、見る人や周りの人にも影響を与えることが実感できたと思います。ただ、音楽や演劇、ダンスなど実演する芸術分野で、障害者の発表の場が少ないといいます。なので、そのような場をつくることが重要だという社会的認知を広げていくことも大事なのかもしれません。

交流の促進

障害の有無を超えて出会い学び合う

【イラスト】盲導犬を連れた人、ダイバーさん、車椅子の人がテーブルを囲んで飲み物を飲みながら話をしている。

シティさん

基本計画の「交流の促進」の項目の中に「文化芸術活動は、障害の有無に関わらず多様な人々の出会いの場を創出し,お互いを知り理解し合う機会を提供する」という言葉があります。この言葉はこの法律と基本計画の考え方を端的に示すものです。

この法律は「障害者の」文化芸術活動を推進する法律ですが、活動する中で必ず社会と関わる機会が生まれます。そこで障害のあるなしにかかわらず人と人とが関わり合い、お互いを理解し合う機会が生まれること、それがこの法律にとっては重要なことなのです。

そしてそれは決して難しいことではありませんし、文化芸術活動によって交流の垣根も下がるはずです。例えば同じアニメが好きな者同士であれば相手に障害があろうがなかろうが仲間意識が芽生えるでしょう。そこから同じものに対する見え方の違いを知り、お互いの違いを理解する機会が生まれたりもします。そのような小さな交流こそが大切なのです。

同好の士こそ、国境も性別も世代も、あらゆる障害も超えるのです!

サポート体制の整備

障害者が活動しやすい環境を整える

【イラスト】歌舞伎の舞台の横でダイバーさんが手話通訳をしている。客席には盲導犬を連れた人と、ヘッドホンをして端末を持った人

シティさん

ここまで、推し進めていくべき鑑賞や創造、発表、交流といった芸術活動の在り方について説明してきました。これらをさらに進めるには、やらなければならないこと、やれることがまだまだあります。基本計画では、それらについても示しています。

具体的には、各地域にサポートセンターを設置して相談にのったり、地域の文化施設や関係者と連携したりして、障害者が文化芸術にアクセスしやすくすること。鑑賞や創造活動をスムーズに行えるように、情報を集めて伝えたり、実際の活動を補助したり、理解する人材を育成することなどです。

このような環境整備は、見方を変えてみると、障害に対する理解を社会に広め、障害当事者と関わる人を増やすことでもあり、それまで関わってこなかった人たちも成長し豊かな機会を得られるともいえます。ダイバーさんも手話通訳に挑戦して何か得るものがあったのではないでしょうか。

この法律は一見すると「障害者のため」の法律に見えますが、実は全ての人に関わりのある法律なのです。

いま行われていることとこれから

「障害者による文化芸術活動の推進に関する法律」のことを少しは分かっていただけたでしょうか。法律の話というと難しい話のように思ってしまいますが、実は私たちの生活にかかわることであり、うまく使えば誰にとっても生きやすい豊かな社会が実現できる可能性が整えられていっているのです。

最後に、この法律と基本計画に基づいてどのようなことが行われているのか少し見ていきたいと思います。

計画の実施を担っているのは主に厚生労働省と文化庁で、それぞれやっていることが異なっています。

厚生労働省は、全国各地域に「支援センター」を設置しています。こちらは、主に個人や地域の事業所、施設などを対象に支援を届け、人々をつなげていくことで、障害者が文化芸術活動にかかわる機会を増やしていこうという活動です。相談支援から、発表の機会の確保、情報発信、人材育成など多岐にわたっています。根本的には中間支援です。

支援センターの運営は自治体やその地域で活動する社会福祉法人やアートNPO、文化団体などが担い、障害当事者へのサポートを中心に、地域の障害のある人の文化芸術活動の基盤づくりを行っています。
参考:厚生労働省障害者芸術文化活動普及支援事業

文化庁は、全国各地で行われる先駆的な取り組みや課題解決に資する活動を支援する事業に取り組んでいます。障害のある人の鑑賞、創造、発表の機会を拡大する取り組みや国際交流、文化施設の環境改善などの企画を募集し、実施を委託しています。具体的には展覧会やダンス公演、演奏会を行ったり、鑑賞会を実施したり、制作ワークショップやプロジェクトを行うなどの活動を支援しています。

こちらは全国の民間団体等の活動を支援し、障害者等による文化芸術活動を活発にしていこうという活動です。多様な人々がともに携わることで、相互理解を深め、障害者であるなしにかかわらず文化芸術活動を盛んにしていこうという狙いがあります。
参考:文化庁障害者等による文化芸術活動推進事業

法律ができて、基本計画に基づいたこれらの取組が行われるようになってから、約3年半が経過したところ。どのような成果や効果があったのか見えてくるのはこれからだと思います。そしてこれらの活動がよりよい社会につながるかどうかは私たちみんながどう関わるかにもよってきます。まずは知ること、そこからはじまります。