「こういうふうに見えている」
から描かれる、独自の文様
raitoさんがこの日、長崎・佐世保の〈MINATOMACHI FACTORY〉(ミナトマチファクトリー)でスケッチブックに描いていたのはトビウオの絵で、ちょうど細かい文様を描き込んでいるところだった。
描いているエリアに定規を当て、気持ちよく尖らせた鉛筆をゆっくり動かす。定規は線を引くことに使われることなく、あくまでフリーハンドで描き進めていく。
机の上にはいつも卓上で使うタイプの鉛筆削り、ペンケース、水筒が置いてある。顔をスケッチブックに近づけ、時に消しゴムで線を消して修正する。手を止めてじっくりと、制作途上の作品を見つめる。そんなふうに、ごく慎重にraitoさんの細密な創作は進んでいく。だいたい3〜4か月かけて、一枚の絵を仕上げるそうだ。
複雑な線や文様が入るようになったのは、2016年に〈ミナトマチファクトリー〉を利用し始めたのと同時だった。文様について尋ねるとraitoさんは
「こういうふうに見えております」
と折り目正しく教えてくれた。
道具は大事に、整とんを欠かさず。
いつも清々しい机の上
使っている鉛筆はraitoさんが握った手に隠れるほど短くなっていた。また定規も途中で折れていたが、どちらも
「まだ使えます、使えるところを使えばいいのです」
使っていない道具はすぐにバッグにしまう。
「あんまり散らかしているのはダメだと思います」
やはり折り目正しくそう教えてくれる。
作品は鉛筆で描いた後、色鉛筆で着彩することもある。職員の提案でカラーペンを色鉛筆の上から重ねることも。
キャラクターもストーリーもお手のもの。大学ノート11冊に及ぶオリジナル長編漫画
raitoさんには漫画作家としての顔もある。大学ノートに描いているオリジナル作品「ザッツ来人(ライト)」は2020年から制作しており、現在11冊目にいたる大作だ。どの巻も巻頭ページはカラーなのが雑誌の連載のようで本格的だ。ストーリーは美術部の活動あり、友情あり、恋愛あり。学園物と思いきや、恐竜が登場するシーンも。登場人物は、raitoさんが実際に通っていた学校の先生や友人をモデルにしている。
自身が考案したキャラクターを描くためのノートもある。黒いぶちがある白い犬「来人(ライト)」が変身するロボット犬の「ライドッグ」。軽トラックを擬人化した「ケータ」。イラストに添えられた紹介文によればケータは「心優しいが若返りたいと思っている」そうで、アニメ化に際してraitoさんが想定している声優の名前も添えられている。
漫画やキャラクターのイラストには、文様は施されていない。絵画は絵画、漫画は漫画。あくまで別の表現なのだ。
見せてくれたノートをきちんと揃えてバッグにしまうと、raitoさんは絵画の制作に戻った。トビウオは、長崎の名産・あごだしの原料ということもあって職員が提案したモチーフだ。raitoさんは写真を見ながら描いていく。トビウオにはさほど興味はないが、描いているのだと教えてくれた。
ではraitoさんが好きなものは何かといえば、電車に犬。素敵なお店や図書館に行くこと。それに機関車トーマス、手塚治虫、漫画の『こちら葛飾区亀有公園前派出所』。
raitoさんが描く文様は、次第に細かさを増しているという。確かに以前の作品に比べて、トビウオは制作途中とはいえ、文様が広い面積を占めている。
「こういうふうに見えております」
そう話してくれたraitoさんは現在20代。これからどんなふうに変化しながら、どんな線で世界を切り取っていくのだろう。raitoさんが大切に扱っている鉛筆や定規、消しゴムは、そのときも今と同じくらい気持ちよさそうに机の上に並んでいることだろう。