今回の共演者
平瀬敏裕
HIRASE Toshihiro(1971〜)
1971年生まれ。北海道深川市在住。無数の×印を一定の規則で描きこむ。一枚の絵が完成するまでには2〜3ヶ月の時間を要する。こうしたスタイルになったのは、2001年ノートの片隅に書いた8つの×印から。以来、言葉を綴るかのように、複雑な模様を描く。2009年「北海道のアウトサイダー・アート展」(旭川美術館)、2010年「アール・ブリュット・ジャポネ展」(パリ市立アルサンピエール美術館)出展。
フランスのとある建築家がエジプトのクフ王のピラミッドに惚れ込んで、パリに同じピラミッドを建てたいと思ったの。建てるためには設計図が必要だってことで、何度も何度も現地に足を運んだ末につくった展開図がこれ。
内側も外側も、あのピラミッドの全部がこの1枚に書き込まれている。
これを組み立てて立体にすると、ピラミッドになるというものなんだ。
これでピラミッドが建てられるはずではあるけど、念には念を入れて、建築家は赤外線で内部構造を撮影したのちに展開図を作った。そうしたら、全然違うものができてしまった。
赤外線で見ると、違う構造が見えてきたんですね。
だったらしょうがない、最初の展開図と赤外線の展開図、このふたつを合わせた展開図をつくろうってんで、できたのがこれ。
平面のあれこれを立体にするため、さらに細かな展開図を描いたり、ここは何センチ、こっちは何メートルというように数値化したりして書き込んでいったのね。
何かそういう家具あるじゃない。説明書があって、それどおりにやれば家具ができるという。赤外線までつかっているから複雑だけど、読み解けば組み立てられるようになっている。建築家が依頼した業者は、そうした要領で展開図を読み解いていって、パリの空き地にクフ王のピラミッドを建てちゃった。実寸で、内部までまったく同じ構造で。
ただし、使っている石は何千年前のものではなく、今の石を使うほかなかったのだけれども、ともかく見た目は、ばっちりクフ王のピラミッドができあがったんです。
建築家は自分の夢がかなったと、喜び勇んで中に入っていって、王の間に行ったり、大回廊に行ったりと、階段を上り下りしていたのですが、途中からわくわくした気持ちがどんどん消えていってしまったの。何かが足りないということに気づくんですね。
じゃあ何が足りないか。何度、図面を調べても寸分たがわない。細かいところまで全部同じで、そっくり模倣しているはずなんだけど、やっぱり何かが足りない。
考えてもわからないので、もう一度、クフ王のピラミッドに行って中に入ってみると、明らかな違いがわかった。
「そうか、俺のピラミッドには霊がないんだ」と。
何千年もの間、ピラミッドはお墓として存在してきたから、執念と呼べる怖いものもあるし、もっと優しい清らかなものもある。ともかく、それを「霊」と呼ぶしかない。もしかしたら「魂」といってもいいかもしれない。つまり霊魂がないと、ピラミッドにはなれないってことにようやく気づいた。
もうこれ以上は真似しようがない。どうにもならない。
ピラミッドを建てたはいいものの、「これはどうにもならない、もうダメだ」っていう気持ちになって、そこから建築家は放り投げちゃった。
だって、ピラミッドができたら、毎日出かけて行ってわくわくできると思っていたから、がっくりきてしまったんだね。
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しかし、建築家はどうして、こんなにも熱烈な思いをもってクフ王のピラミッドをつくりたかったんでしょうね。
最初は、ともかくピラミッドに惚れて惚れて、中に入っていくときの、あのわくわく感がたまらなく好きだったんです。そのうちにだんだんピラミッドの中へと自分が入っていくだけではなくて、自分自身の手でピラミッドをつくりだしたい、自分自身がピラミッドになりたい。そういうどこか建築家らしい思いが沸き起こってきたんだろうね。
もう一度、自分の体をとおして、自分の手を使ってピラミッドをたどり、自分の中にピラミッドを掌握したいと思ったのでしょう。
技術さえあれば再現できるに違いないと考えていたものの、外側だけ、マテリアルだけ完璧にしてみても、ピラミッドにはならないということが、つくってみて初めてわかった。
その後、建築家の手を離れたピラミッドがどうなったかというと、子どもの遊び場になったり、いろいろな催し物をしたり、建築家が抱いていた高尚なところから、一気に庶民の側に降りてきた。
もちろん「ピラミッド」という言葉は残って、
「今度の日曜はピラミッドいこうよ」
「ピラミッドでデートしよう」
「ピラミッドで音楽会があるらしい」
というように、パリ市民は歩いて5分のピラミッドがある生活を受け入れ、楽しんでいるというお話です。建築家には無用の長物になっちゃったけど。
……と、当初はここまでだったのですが、このままではあまりにも建築家が可哀想ですので、その後の物語を妄想してみました。
ある日、建築家は妙な感覚を体の中に覚えて、ひょっとして胃が悪いのかとレントゲンを撮ったらなんと、胃の底に四角錐のモノが見つかりました。そうですピラミッドが彼の体の中にあったのです。
別段痛いとか不快ということはなく、いたって元気。
それよりも、今までひどい方向音痴だったのがピタリと治りました。それどころか、北北西と西北西の違いもバッチリ当ててしまうほどです。すっかり方角博士になってしまいました!
そして夢には毎晩クフ王が現れて、あれこれとエジプト講義をしてくれるんだとか。もっともこれは人に話しても信じてくれないので、ひたすら執筆しています。
タイトルは「これが決定版ピラミッドの謎解明」。
彼が建てたピラミッドで遊ぶ子どもたちを見ながらカタカタとパソコンに向かう、至福の時間をいますごしてます。
(おしまい)