聴いたことのない響きの連なり重なり。教えないってこういうことか
「ワークショップといっても誰もなにも教えないよ。ただ演奏するだけだよ」。最新アルバム「OTO」のプロデューサーで、メンバーでもある大友良英さんの言葉どおり、神戸の即興音楽集団〈音遊びの会〉では16年前の結成当時から、教えるということをしていない。障害のある人もない人も一緒にセッションを繰り返すことで、演奏するおもしろさを積み重ねてきた。
現在はコロナ禍ということもあり、人数を絞ってのワークショップを月2回ほど。2021年12月、〈音遊びの会〉のホームグラウンドである神戸市の和田岬会館には15人近くのメンバーが集まった。
「佑太くんと智くん。このまえギター弾いたよね、ドラムしてみない?」
「翼くん、どうぞお願いします」
演奏は〈音遊びの会〉代表で、今回のワークショップの進行役の飯山ゆいさんの呼びかけによって始められた。興が乗らなければやらないこともあるし、やりたかったら会場前方、たくさんの楽器が無造作に置かれたステージへ。全員でやるときもあれば、ソロもあるし、デュオ、トリオもある。「私が聴きたいものをやってもらったり、それぞれのメンバーがやりたいことをキャッチしたりしてコーディネートしていきます」と飯山さん。
ここでは多くのメンバーが、複数の楽器を当たり前のように演奏している。ドラム、パーカッション、キーボード、ギター、シロフォン、トランペット。そして、ボーカル、ダンス、指揮。それぞれの楽器をどうすれば心地よく響かせられるか、音の出し方を心得ている。同じドラムやパーカッションでも、鳴らす人によって響き方が全然違うのもおもしろい。教えないって、こういうことなんだろう。これまでに聴いたことがない音が連なり、重なり合っている。
だからといって、いつもベストな演奏ができるかというと、そうではないらしい。最初全員でやったセッションは瞬間的なおもしろさがあるものの、千鳥足であちこちをさまようかのように20分間続いた。終わりは突然やってきた。拍手がおきた。
続いて、新内佑豪さんの中から湧き上がる「フウフ、フウフ、ワンダーランド、フウフ……」という言葉を飯山さんがキャッチして「佑豪くん、それやろうよ」と、声と鈴木勝さんのギターとのセッションが始まる。その次は、後藤佑太さんと坂口智基さんによるギターとドラムの演奏。二組とも息や波長がばちーんと合う瞬間があった。
永井崇文さんのドラムソロは、まるで踊っているよう。流れるような心地よいビートを刻み、複数のリズムが器用に入れ替わる。
吉見理治さんのトランペットソロはリズムがおもしろい。ぱーぱぱぱーん、ぷすー、ぶるぶるぶるぶるというように、絶妙な音の震えと、余韻とを織り交ぜている。
シロフォンソロ、ドラムソロ両方やった富阪友里さんのリズム、楽器の鳴らし方も独特で、ふわふわと漂っているかと思えば、ぎゅっと濃縮もしている。
聴こえてきた音をキャッチして歌い、歩きまわっている人もいる。キーボードの前に座って、たまに鳥の形をした楽器を押し鳴らしている人もいる。舞台で演奏はしなくても、みんなの中に音楽があふれているのが伝わってくる。
演奏中、音の渦のようなものが生まれると、ざわめきが静まり、みんなが聴き入っている瞬間も何回かあった。すると、自分も演奏したいのかうずうずし始めて、辛抱たまらず演奏に加わった人もいた。だからといって止められたり、怒られたりするわけではない。
飯山さんは言う。
「自由なセッションの中で、人の演奏をできるだけ聴くようにしています。じーっと聴くことで、出てくるものもあるので」。
〈音遊びの会〉ではいくつかの定番ユニットがある。三好佑佳さん(ドラム)、鈴木勝さん(ギター)、後藤佑太さん(キーボード)の頭文字をとったトリオ「YMY」の演奏は、ドイツのアヴァンギャルド音楽、ジャーマンプログレのようにキレのあるサウンド。その音は聴いている人を惹きつける強さがある。終わると歓声がわきあがった。
これぞ16年の積み重ね。演奏が始まったとたん、あきらかな熱さとともに、音に渦が生まれた
〈音遊びの会〉は障害のあるAメンバー17名と、それ以外のBメンバーで構成され、50名くらいのメンバーが入れ代わり立ち代わり演奏する。Bメンバーには大友さんはじめ、不定形ポップユニットの「テニスコーツ」など、プロの音楽家もいる。トランペッターとして一緒に演奏しつつ、裏方としても〈音遊びの会〉にかかわってきた森本アリさんは「僕はAメンバー至上主義。Bはいくらがんばっても彼らのおもしろさには到達できない。Aメンバーだけでやってもいいと思っているくらい」と言う。
一緒にやるときに気をつけているのは「あまり引っ張らないようにする」こと。「技術とか手の動きとかが達者な分、僕たちが演奏を引っ張ろうとしてしまうことが往々にしてある。それはダメ。理想は真正面から向き合うことで、それぞれが両立して、引っ張り合っている状態」。
そうした理想な状態は頭ではわかっているけど、いざやるとなると難しい。実は私も今回の取材で〈音遊びの会〉のワークショップを見学するだけでなく、彼らと一緒に演奏したい欲が抑えられず、普段から吹いているアルトサックスで参加させてもらった。「じゃあ、岡田さんは友里ちゃんとやってみようか」という飯山さんのコーディネートで、富阪友里さんのドラムとデュオで。
定形のビートを刻まない友里さんのドラムとどうやって向き合ったらいいのか。いざそのセッションの中に飛び込んでみると、やっぱりとまどった。ジャンルもない。目指すべき方向性もない。今、出している音との響き合いがすべて。難しいけれどもおもしろい。次回やればもっとおもしろいことが起こりそうな予感がする。〈音遊びの会〉はそうやって16年間を積み重ねてきたのだなぁと思った。
「Bメンバーは、障害のある人の指導や援助のために参加している人はいない。みんなただ自分の音楽がやりたいだけ」と笑う飯山さんの言葉にただただ納得するばかり。
2時間のワークショップの最後は、全員参加のビッグバンド。これもすごかった。演奏しているみんなのテンションがあきらかにそれまでとは違っていて、音を出した瞬間から大きな渦が生みだされた。佑佳さんは、ステージ前で踊りながら指揮をする。「もっと来い、もっと来い」といったジェスチャーで演奏者をあおる、あおる。大きな船へと一緒に乗り込み、ともに荒波を超えている感じがする。いや、みんなの熱のある勢いに引っ張ってもらっていた。なにこの波、この渦、あきらかな熱さ。楽しすぎた。
メンバーの永井さんは、「結構楽しいよね。お客さんいたほうが盛り上がる。僕はいろいろやっているとわくわくする。みんなとやっているとわくわくするし、お客さんがいるとわくわくする」と言う。
同じくメンバーの佑佳さんは「小学4年生のときから13年、2005年からずっとやってます。楽器はなんでもできるんだけど、ドラムとか、ビッグバンドとか、踊り、ピアノ、キーボードがおもしろい。家でも練習しています」という。そんな佑佳さんに、誰かと一緒にやることで、新しい音楽やダンスが生まれるのか尋ねてみたら「それはないですね」ときっぱり。「頭で考えて、イメージを形にしています」。
ステージにあがり、演奏をすることを積み重ねてきたことで、鍛えられてきた〈音遊びの会〉のメンバーたち。
「ごちゃごちゃであっても、バンドの音にもなってきていますよね。それが16年間やり続け、回数を繰り返しているということ。そういう意味では熟練のミュージシャンなんですよね。障害があるから素晴らしい音楽ができるとは思っていません。障害のあるメンバーでもつまらない演奏のときもあるし、その反対のときだってある。“音をだしたときのおもしろさ”をなるべく発揮できるようにしたい。そのためには、なるべくフラットに音をとらえるように心がけています」
そういう飯山さんに16年間のモチベーションを尋ねると、「たまに、ものすごくいい演奏を目の前で見ることがあります。すると、たまにものすごく感動するんです」と「たまに」を強調する。「いつもではないです。私厳しいので」といって、ふふふと笑う。
今回のワークショップでは、17人いるAメンバーのうちの9人と、ミュージシャンら3人が参加。これが全員そろったらなにが起こるのだろう。どこへ行くのだろう。その先をもっと見てみたい、聴いてみたいと強く思った。こうやってみんな〈音遊びの会〉にハマっていくのだろう。
○Info
〈音遊びの会〉
2005年結成。知的な障害のある人を含むアーティスト大集団である〈音遊びの会〉。即興演奏を基本に、様々なアンサンブルを生み出している。
http://otoasobi.main.jp/
CD購入は「音遊びの会ネットショップ」から。
https://otoasobi.base.shop/
*2022年3月27日、CD「OTO」発売記念ライブを神戸アートビレッジセンターKAVCホールで開催予定。