複雑に混ぜ合わせた絵の具で描く、独特の色彩の女性たち
色の捉え方が独特で、人物が背景から浮かび上がるような、スタイリッシュな絵画作品。モチーフは女性が中心だ。写真を見て描くことが多く、複数の写真を組み合わせて構成することもある。これらは三重県松阪市〈希望の園〉のアトリエで油絵を描いている横田貴宏さんの作品だ。
横田さんは1983年、松阪市生まれ。中学生の頃から既に油絵、特に風景画を描いていた。「絵が上手だから」と中学校の先生に連れられてアトリエにやって来たのが、横田さんと同園との出合いだった。アトリエとは〈HUMAN ELEMENTS〉のことで、園の施設長・村林真哉さんが土曜日に開いている絵画アトリエのこと。15歳からアトリエを利用し始めた横田さんは、その後、平日は同園を利用するようになった。
旺盛に描くタイプというよりはマイペース。一枚の絵の中で、絵の具の厚みに著しく差があっても気にしない。キャンバス上で絵の具がひび割れても気にしない。絵の具そのままの色は使わず、複雑に混ぜ合わせた中間色を使うのが横田さんの絵の特徴だ。
ある作品を制作中に、村林さんが「今回は横田さんらしい色彩感覚が出ていないな」と思ってパレットを見ると、そこには絵の具が一色しか残っていなかった。村林さんが複数色の絵の具をパレットに出してみると、横田さんはそれまで使っていた色に頓着せず、複数の色を混ぜ合わせて使い始め、持ち味が出てきた。
「自分で絵の具を出すのが億劫だったんでしょうね」
村林さんは笑う。
その日、キャンバスを前にした横田さんはあまり筆が進んでいなかった。村林さんが「休んでいても大丈夫ですよ」と声をかけると、即座にゴロンと横になって、リラックスした表情を見せてくれた。もしかすると、疲れているのに絵を描いているシーンを撮影できるように気を遣ってキャンバスに向かっていてくれたのかもしれない。同園スタッフの杉田裕介さんが「横田さんは優しいですから」と教えてくれた。
畑で、ドイツの空港で、ベトナムのプールで。貫かれるマイペースな愛され力
現在は、平日は毎日同園を利用し、土曜日になると同じ場所で開かれる〈HUMAN ELEMENTS〉に自転車で通う。絵を描くほかにもおしゃべりしたり、昼食を楽しんだりと土曜日もこの場所で過ごすことが横田さんの欠かせない日常になっている。
平日は他のメンバーと一緒に畑に出て農作業をすることもある。スタッフの杉田さんによれば、横田さんはスイッチが入ると、見事な鍬さばきを見せて畑をすごいスピードで耕していくそうだ。スイッチがオフになると、服が泥だらけになろうとその場に座り込んで休む。
園で請け負っている黒ニンニクの皮むきの仕事ととともに、敷地内をぶらつく時間も横田さんの大事なルーティン。そして気が向くとアトリエにやってきて、絵を進める。制作時間はあまり長くないように思えるが、絵はいつの間にか仕上がっているのだから不思議な“マイペース”ぶりである。
展覧会に招かれて、横田さんはこれまでドイツやベトナムにも足を運んだ。食べることが好きな横田さんは海外でも食欲旺盛だ。ドイツの空港でたくさん買ったお土産のスナック。「誰へのお土産?」と聞くと「僕」と返ってきた。ベトナムではホテルにプールがあると聞いて、行く前からそれを楽しみにしていた。いざ現地に着くと、水は灰色に濁っており誰もがひるんだが、横田さんは気にしない素振りで顔を付けて泳いだ。横田さんと既に20年以上の付き合いになる村林さんの口からは、そんな楽しいエピソードがどんどん出てくる。
創作がマイペースとは言っても、横田さんは描きながら、時折硬い表情を見せる。村林さんがそう教えてくれた。天真爛漫に、気が向いたときだけ描いている訳ではないのだ。繊細さと大胆さの間を揺れ動く、横田さんの内面世界。スタイリッシュで抑えたトーンの色合いの、たくさんの女の人たち。横田さんの絵に出てくるそんな女性がたくさん住んでいる世界を想像してみる。そこには乾いた、熱い風が吹いているのを感じた。