アトリエの大きなテーブルでニコニコしながら椅子に座っている女性がいる。隣のスタッフは段ボールを慣れた手つきで切り抜いている。
ここは奈良市にある〈たんぽぽの家 アートセンターHANA〉。女性は宿利真希さん。2008年よりここを利用し、創作活動を続けるアーティストだ。好きな漢字やキャラクターなどを、立体作品のようなインパクトで、かつユーモラスな味わいのある切り絵で制作し、これまでに数多くのグループ展などに参加している。
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この日はスタッフの鍋島愛里子さんと共作。ふたりで談笑しながら制作は進んでいく
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そんな彼女の最大の特徴は、プロデューサー型であるということ。つまり彼女がプ
ロデューサーとなりスタッフに指示を出し、制作が進んでいく。
「真希ちゃんは自分で着彩はするけど絵は描かないんです」と話すのはアトリエプログラム担当の吉永朋希さん。
「彼女は創作意欲があってアイデアも明確。だけど着彩以外はプロデューサーのように指示を出すだけ。スタッフは言われたとおりに絵を描いたり、切り抜いたり。でも真希ちゃんの判定は厳しくて、かなりの割合でボツにされますね。ボツの場合は、すーっと横に避けられます(笑)。制作はその繰り返しですね」。
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スタッフによって切り抜かれた作品を確認中。お気に入りの作品は自身のバッグに収納する
制作風景を眺めていると、宿利さんは指示を受けて作業するスタッフや身近な人に、同じ言葉やポーズを何度も投げかけてコミュニケーションを取っていることが分かる。例えば、この日は制作途中の作品を指しながら、「えださ~ん」や「かんぺいちゃん」をリクエスト。その繰り返しが作業に心地良いリズムを与えているようでもある。これはプロデューサーの手腕か? ともかく独自のコミュニケーション手段を繰り出しながら、ずーっと笑顔。アトリエではゴキゲンな時間を過ごしているようだ。
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アトリエプログラム担当の吉永朋希さんと挨拶を繰り返し交わしゴキゲンな宿利さん
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「かんぺいちゃん」作品。髪型など細かい部分を丁寧に切り抜くのが難しい。が、スタッフはすでに熟練の域に
紆余曲折を経てプロデューサーに
障害ゆえにできないことをサポートする。下地を整えてこそ、個性が羽ばたいてゆく。そんな考えのもと〈たんぽぽの家 アートセンターHANA〉は宿利さんの制作サポートも「普段のケアの応用」として実践している。
しかし「本人は手をほぼ動かさない」というプロデューサー型に落ち着くまでには紆余曲折があった。というのも彼女のサポートは、画材を用意するなど通常の下地づくりだけには収まらないものだからだ。スタッフは伴走者として制作にどこまで踏み込むのか? そんな悩みを抱えていたという。
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「本人の意図とはいえ、実際に手を動かして絵を描くのはスタッフ。これで良いのかと4~5年間は迷っていました」と吉永さん。
試行錯誤の中、あえて「手伝わない」時期も数ヶ月はあり、指示されても「自分で描いて」と言っていたことも。しかし指示のままサポートしているうちに迷いは薄れていったそうだ。
「きっかけは真希ちゃんに関わるスタッフみんなの絵や工作が上手になってきたことに気づいたこと。真希ちゃんがスタッフを育てているかのようで、僕たちが楽しくなってきたんです。なにより、真希ちゃん自身も作品の精度が上がったことで楽しそうだった。自分で“私の作品”と呼ぶようにもなりました。
そこで、この楽しさをネガティブに捉えてはいけないと考え始めた。この楽しさこそ、ものをつくることの本質ではないのかとも。真希ちゃんはプロデューサーとして、各スタッフの技術を分かった上で指示を出していて、僕らを試しているようなところもある。そのことにも気づいた。それからですね」
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宿利さんの制作物を初めて“作品”として展示した「もじくん・ロゴシリーズ」。2017年奈良市のギャラリーにて(写真提供/たんぽぽの家)
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「ナ」は「ホンマーカイナー、ソウカイナー」から、「イ」は「引越のサカイ」から、「火」は北海道のイオンの火曜市からというように、宿利さんの作品は明確なイメージと強いこだわりで制作される
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木が擬人化されたダイナミックな切り絵作品「えださ〜ん」
加えて、2015年に宿利さんが参加したワークショップも決め手となった。彼女は初対面の小学生たちを前に、スタッフに指示したり、着彩したりと制作を公開。その様子をお手本に、小学生たちが作品をつくるという先生役をやり遂げた。
こうして宿利さんの制作方法を探ったことは、スタッフがアーティストと伴走することの意味を見つめ直すきっかけにもなった。
「アートを仕事にすることは、表現の社会的な対価としてお金を得ることでもある。本人のためにそれが大切だと考えています。そのために僕らは作品をどう解釈して、どうやって広めていくのかを考える。真希ちゃんの制作に積極的に関わり、彼女の世界観をより知ったことで、自分たちスタッフはこれまで以上に問われている気持ちにもなりました」
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感性が通じる特別なつながり
取材中に「初めまして」と宿利さんの隣に座ってみる。と、すぐさま「これ切って」と音符が描かれた段ボールを渡された。おそるおそるカッターで切り抜こうとするけれど、厚い段ボールはなんとも切りづらい。苦戦する中、宿利さんはお気に入りの芸人・間寛平さんの特徴、三角の目の物真似をしてほしいらしく「かんぺいちゃん」と話しかけてくる。
言われたとおり物真似しながら「かんぺいちゃん」と応えるというやり取りを何度も繰り返すと、その度に爆笑の宿利さん。下手な物真似でこれだけ笑ってくれるなら、そのオーダーにもっと応えたくなってくるのが心情。これぞプロデュース力か? ともかくこれまでの作品もこんなコミュニケーションを経てつくられていると想像すれば、より息づいて見えてきた。と同時にこの楽しさをどう広めるのかと問われる気持ちになるのもうなずける。
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スタッフの鍋島愛里子さんいわく「真希ちゃんのおかげで、いろんな絵を描くのが上手くなりましたね」

終始ゴキゲンな宿利さん。周りのみんなにも間寛平さんの物真似をリクエスト

最後に、吉永さんはアーティストと伴走者の関係性について、こう話してくれた。
「どこまで踏み込むのかを考えた時期もありましたが、一緒にもみくちゃになってこそ関係性が豊かになるし、普段入り込めない表現の領域に入り込むことができる。感性が通じることは尊いし、ただただ楽しい。そうした関係性はつくるもの。スタッフの個性を消すことなく、あえて深く飛び込んでいくようにしています」
○Info
〈たんぽぽの家〉
奈良県奈良市六条西 3-25-4
電話:0742-43-7055