ストーリー
制作中の作品の前で、雑誌を手にカメラに笑顔を見せてくれた早川さん

(カテゴリー)アーティスト

早川拓馬

クレジット

[写真]  浅田政志

[文]  小野好美

読了まで約3分

(更新日)2021年12月29日

(この記事について)

画面に張り巡らされた、電車、電車、電車。電車のモザイクで描くのはアイドルと僕。早川拓馬さんは好きなもので好きなものを描きだすことを発明した。見れば引き込まれる、キャンバスから動き出す電車の旅。

本文

凄まじい細密を平熱で描き続ける

モザイク画のような早川拓馬さんの作品。近づいてよく見ると、画面を構成しているのは細やかに描かれた電車だ。色とりどりの電車がキャンバスを埋め尽くし、電車によって人物が描かれている。電車の隙間を埋めるように、小さな人物も並んでいる。電車と人物はすべて実在するもの。

例えば、近鉄50000形「しまかぜ」、小田急50000形「ロマンスカー」。例えば、アイドルグループ「乃木坂46」のメンバー、早川さんの友人、そして早川さん自身。電車もアイドルも雑誌を見ながら正確に描く。人物には名前が書き添えられている。

人を構成しているカラフルなパーツ。近づくとすべてが電車だと分かる。「通過電車でアイドル交流会」/油彩、キャンバス/1303×1620mm/2019年/希望の園所蔵 

あまりに細密に描き込まれているので、その熱量の凄みに圧倒される。一方で、よく見るとデジタル画のように正確に、冷静な目線で淡々と描かれていることもわかる。一枚を描き切るのに一年ほどかかるという。驚異的な継続の力が宿っている。

早川さんは1989年東京都生まれ。1歳から3歳までを小田急線沿線で過ごす。ここでの生活が電車を愛する原体験になっているのかもしれない。その後、三重に引っ越し、小学校で出会った教師の勧めで絵画アトリエ〈HUMAN ELEMENTS〉に通うようになる。〈希望の園〉施設長の村林真哉さんが主宰するアトリエだ。

ここで早川さんは絵画に本格的に取り組むようになる。大人なってから現在に至るまでは、平日〈希望の園〉に通い、土曜日には同じ場所の〈HUMAN ELEMENTS〉で描くことを続けている。

動物と電車を描いたかつての作品。毛布や髪の毛といった、柔らかな質感のものもモチーフにしていた。「地下の日曜日」/油彩、キャンバス/727×910mm/2004年/希望の園所蔵 

「Family・Traineline・FreeⅡ/油彩、キャンバス/380×455㎜/2006年/希望の園所蔵 

この頃は、人物は人物として着色されており電車は背景だった。「あなたはわたし」/油彩、キャンバス/1303×1620mm/2007年/希望の園所蔵

「フィンエアードイツ」/油彩、キャンバス/727×910mm/2012年/希望の園所蔵 

電車による人物の構成が完成している作品。「通過電車だらけのポーズ」/油彩、キャンバス/1620×1303mm/2015年/希望の園所蔵 


その日、早川さんは「しまかぜ」が描かれたTシャツ姿で〈希望の園〉に現れた。ソックスは黄色い新幹線の「ドクターイエロー」モデル。バッグの色はいちばん好きなセルリアンブルー。あいさつをして、好きな電車について尋ねると「急行」と教えてくれた。さらに路線を訊くと「近鉄」の答え。「しまかぜ」は近鉄の観光特急だ。

「ドクターイエロー」モデルのソックス。翌日はE259系「成田エクスプレス」のTシャツをチョイス

アトリエに移動し、作品を前に、描かれている電車について尋ねると早川さんは「50000形」、「ロマンスカー」と教えてくれる。

「火の鳥はありますか?」
「これ(が火の鳥です)」
「新幹線は?」
「ない」

人物は誰なのか尋ねると、作品のモデルであるアイドルの写真が載った雑誌を見せてくれた。

「人物がみんな手をつないでいるのは、アイドルの握手会のイメージみたいです」と村林さんが教えてくれた。確かに絵の中の早川さんも友人の大田さんも、アイドルとしっかり手をつないでいる。

作品中の人物モデルは左から、梅澤美波さん、早川さん、筒井あやめさん、早川さんの友人の大田さん、一番右は上が生田絵梨花さん、下が山下美月さん。女性は全員「乃木坂46」のメンバー

アイドルグループ「乃木坂46」メンバーが載った雑誌を見ながら描く

日本中の電車をすべて制覇する日を夢見て

小学校時代、家族でスキー旅行に行ったときの思い出を描いた早川さんの作品を見て村林さんは驚いた。丸が二つ、それを囲む四角がひとつ、そしてレール。

「これは何ですか?」と村林さんが聞くと、スキー場のリフトを真上から見た視点だという。二つの丸は早川さん自身と母親だった。自分を含む光景を俯瞰で描いていたのだ。今も必ず作品には自分が描かれる。

好きな電車の絵はもともと描いていたし、人物の絵も描いていた。それがいつしか電車と人物が融合し、現在の独自のスタイルができあがる。

マスクも電車柄でトータルコーディネート

早川さんについて村林さんは「日本中の電車に乗りたくて、見たことのない色を見たくて、そして食べたことのないものを食べたい人」だと話す。絵具を混ぜて新しい色ができると「見たことないね」とよろこぶ早川さん。

「丸の内線が好きなので、いつか描いてくださいませんか?」とお願いしたら、こちらを一瞥した早川さんは「丸の内線?」としっかり確認した後、盛大な拍手を贈ってくださった。丸の内線とそれを好きな自分を力強く肯定されたようでうれしかった。

まだ見ぬ電車も、雑誌の中のアイドルとの握手も、ごく当然のものとして早川さんのキャンバスには描かれる。日常の延長線上にあるもののように。静かな、けれど凄まじい熱量で、早川さんはすべての憧れを叶えていく。いつか丸の内線が描かれたら、そのときは精一杯の拍手を返したい。

早川さんはアイドルのレコードも集めている。この日はお気に入りの一枚として80年代のアイドルグループ「おニャン子クラブ」の派生ユニット「うしろゆびさされ組」のシングルを聞かせてもらった。生まれる前のアイドルもコレクション対象なのだ。〈希望の園〉の絵画アトリエでは、音楽を愛するメンバーのレコードがいつもかかっている


関連人物

早川拓馬

(英語表記)HAYAKAWA Takuma

(早川拓馬さんのプロフィール)
1989年東京都狛江市生まれ。4歳のとき家族の転勤に伴い、三重県へ引っ越す。10歳時より絵画アトリエ〈HUMAN ELEMENTS〉にて本格的に絵画制作に取り組む。2020年『第一回アートパラ深川大賞』観光庁長官賞など受賞多数。国内ほかドイツ、スペイン、中国、ベトナムでも展覧会に出品。2021年にはNHK Eテレ『no art, no life』でも特集された。近況や詳しいプロフィールはご家族による公式ウェブサイト「早川拓馬 美術館」にて知ることができる。
(早川拓馬さんの関連サイト)