張り子を作る「アイドル的な存在」
明るく広々としたアトリエの奥に、思わず目を引く机がある。カラフルな張り子がぎゅうぎゅうに並べられている。眺めていると体の力が抜けてしまいそうな “ゆるかわ”なのだが、机に座るアーティストはこれぞ猪突猛進の勢いで制作に取り組んでいる。彼女は中村真由美さんだ。
ここは奈良市にある〈たんぽぽの家 アートセンターHANA〉。中村さんは〈HANA〉きっての人気アーティストだ。
彼女は10代で油彩を学び、2004年20歳のころからこのアトリエで制作活動を本格的にスタートさせた。イラスト画から始まり、近年は張り子の制作に注力。これまでに制作した張り子は、250体にものぼるそうだ。
中村さんはこのアトリエで「アイドル的な存在」だと、アトリエプログラム担当の吉永朋希さんは言う。
「集中して制作している姿がとてもかっこいいんでしょうね。他のメンバーも真由美ちゃんによく話しかけるし、みんなの憧れの的です」。
たしかに中村さんの所作には無駄がない。彼女の手に迷いはなく、ほれぼれとするほどに制作の作業をこなしていく。
止まらない創作への集中力
張り子制作は、まず新聞紙で成形し、糊で固める。それを乾かしてからじっくりと色を塗っていく。乾かしている間にも、新たな張り子の成形や着色にとりかかる。
二次元のイラストがそのまま立体で飛び出してきたような。制作の手つきは、いうなれば“育てる”かのような。そんな一体一体のデコボコがなんとも愛おしくなってしまうし、幾層にも塗られた色の厚みが作品の存在感をぐっと高めている。
制作中は、たとえカメラを向けようが、話しかけようが我関せず。中村さんの手が止まることは少しもない。こうやって、日々誰にも左右されることなく作品を作り続けているという。
しばらく制作風景を眺めていると、小さな声で「おまつりにんじゃ~」など、オリジナルのような鼻歌をかなりの高速で口ずさんでいる。それはゴキゲンなのか、もしくは自分の創作の世界へと入り込むための彼女流のおまじないのようにも聴こえる。
こうした集中力は、中村さんの制作における最大の特徴だ。けれども、あまりにも入り込みすぎてしまうため、時折オーバーヒートしてしまうこともあるそうだ。
「真由美ちゃんは制作に根を詰め過ぎることがあるんです。時間中は制作し続けることをなによりも優先してしまうんです。そうなると本人も辛くなってくるし、作品のクオリティも落ちてしまう」と吉永さん。
常に制作を見守り、サポートするスタッフたちは、彼女がオーバーヒートしてしまう前に、新しい作品に取り組んでもらうのだそう。これは彼女と長年、二人三脚をしてきたスタッフが試行錯誤し生まれたアイデアだ。
「モチーフを変えることで、いろんな作品が生まれていきます。そうすることで本人も落ち着いてきて、作品の完成度も安定してきますね」と吉永さん。
モチーフが変わると、驚くほどに作風も変わる
中村さんの作品は張り子だけではない。ユーモラスなイラスト作品のほか、油彩やアクリル、色鉛筆などをつかって緻密に描き込まれた動物の絵画など多岐にわたる。
さらには、小学生のときから欠かさずつけている日記もアーカイブされていて、その濃密な世界には見入ってしまう。
作品のスタイルは、同じ作家とは思えないほどそれぞれに異なっている。この違いは、どうして生まれるのだろう。
「点描画のような細かい動物の絵画は図鑑や写真を見て、張り子やイラストは、頭の中にあるイメージを描き、形にしています」と吉永さん。共通しているのは、本人が“見えているもの”を忠実に描いていると吉永さんは教えてくれた。
頭の中であれ、図鑑であれ、彼女の「とにかく作りたい!」という創作意欲と集中力が成せる技なのだろう。
はたして、これからいったいどんな作品が生まれていくのだろう? 「アイドル」の止まらない意欲、それを見守るスタッフの伴走により、繰り出される新展開はまだまだ控えているような気がする。