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Q : 性の多様性が世界中で理解されはじめているのに、男女以外の性を認めない人たちもいます。
西村宏堂(以下、西村):理解をしないのが自分にとって「得」だからではないでしょうか。人をカテゴリーに入れて支配すれば簡単だし、深く考えなくてすむ。LGBTQ は数が少ないので、排除をするのは簡単だったのでしょう。
たとえば、学生時代、いくら聞いてもわからない授業がありませんでしたか? それと同じように人が多様であることを理解できない人もいるんですよ。でも人は多様であると知ることも、私は「得」なことだと思います。人間が生きていく上で、人と異なる部分は誰にもあると思います。ですから自分と違う相手に対して「こうあるべき」と、言い続けていると、自分もその考え方に縛られます。だけど、そんなことを言わなければ、心は解放されると思うんですね。「人は誰もみんな違うんだ」。そう思えばその人は柔軟で寛容になれるし、人に優しくなれるのではないでしょうか。
これまでは差別を考えるとき、深刻な問題にフォーカスされることが多かったと思います。だけど、性的少数者であるLGBTQ に興味のない人からすれば、そんな話は拒絶反応の対象になるかもしれません。これは避けたいことです。例えば、よその国について、その国の文化や芸術に触れると、多くの人が親近感を持ちます。ですから私はアートやエンターテインメントといった楽しいものでLGBTQ を伝えたい。私は同性愛者としての体験談をメイクやファッションを介して発信することで多くの人に楽しみながら理解を深めてもらいたいと思います。
相手を完全に理解することはできないけれど
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Q : そんなつもりはなくても、言葉や態度で人を傷つけてしまうことがあります。西村さんは言葉や態度で気をつけていることはありますか?
西村:私は「みんな」や「普通」といった人を括る言葉や「この国の人はこうだ」「女性(男性)らしい」などの差別的な表現をしないように気をつけています。大きなカテゴリーに入れるのではなくて、「私が会ったあの人はこう」と、具体的に表現すれば全部じゃなくなりますよね。他人のことを完全に理解することはできないけれど、常に一人ひとりを尊重する姿勢でいることが大切だと思います。
Q : 西村さんからお話を伺っていると、寛容さが伝わってきます。しかし、そういう心を持つことは難しいのではないでしょうか。
西村:私だって怒ることはありますよ。 以前、ある人に「同性愛はホルモンの異常である」と、医学的に全く不正確なことを言われました。その時は心の底から怒りがこみ上げました。イライラすると気分も落ち込むし、体にまで悪い変化が出てしまいます。そして調子の良かったアトピーも再び悪くなってしまいました。でもその時、こんなに怒り続けていたら、怒りに飲み込まれて、私の人生が邪魔されてしまうと感じたんです。よく考えてみたら、その人に正しい知識がなかっただけです。言われたことを正面から受け止める必要はなかったんですね。その後、実は差別発言をした本人自身が幸せじゃなかった、だからその怒りを私にぶつけていたんだということに気づいたら怒りも収まりました。「戦い」に参加しないことが自分にとって一番得なのだなって思ったんです。
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西村さんとセルヒオ・ガルシアさん(バルセロナ在住のクリエイティブデザイナー)が公益財団法人全日本仏教会と共に制作した「レインボーステッカー」。寺院などに貼り「全ての人を受け入れる場所」であることを示すことを目的としている。多様性のレインボー、信仰のシンボルである合掌、肌の色にとらわれない黒い影、全ての個性を肯定する姿勢をアピールしている。※詳細は西村さんのプロフィールにある公益財団法人全日本仏教会のリンクをご参照ください。
間違っていることを言う人には私は意見を伝える
Q : 明らかに間違えていることを言っている人に対しては、関わらない方がいいですか?
西村:いえ。放っておかない方がいい。間違っていると伝えることは大事です。私はそんなとき、丁寧に「それは間違っています」と伝えます。ですが、無知さに対して怒りを示すよりも、私は楽しい方法で啓発活動を続けていきたいですね。差別的な人は、どの時代にも、どの地域にもいます。……諦めるのもありかもしれないけれど、私は立ち上がって声を上げていくことを選択します。それが私のやりがいになるし。喜んでくれる人がいるのであれば、それは私の喜びでもあるのです。
Q : 日本では同性婚を認めていません。西村さんは結婚という制度についてどうお考えなのでしょう。
西村:望むのであれば、誰とでも結婚できることが平等な社会だと思います。それぞれの時代や国の状況によって、人の自由や生活の豊かさが左右されてしまうのは残念なことです。個人として思うのは、愛し合っているなら結婚という制度は別に必要ないんじゃないかと思います。結婚するのは動物の中で人間だけですよね(笑)。
逆に「結婚しなきゃ!」というプレッシャーが生まれるのであれば、面倒なことだとも思います。ただ、今は日本で同性婚ができない理由がちゃんと説明されていないのではないでしょうか。同性婚を反対する人の正直な気持ちや、その理由をしっかり問うべきだと思いますね。ですので、国のルールを作る人たちを選ぶ選挙はとても大切だと思います。
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Q : 自分自身を好きになれないという声を聞くことがあります。そういう人に対して、西村さんはどのようなアドバイスをしますか?
西村:まず自分自身を好きになれないことで、「なにを得しているのか」を考えるといいと思います。なぜかというと、好き・嫌いは選択だと思うんですね。人間って良いところも悪いところもあるでしょう。そして、できることもできないこともある。自信があるように見える人でも、全てが完璧かというとそうではない。逆に自分のことが嫌いな人でも、全部がダメなわけではない。つまり、自分自身が自分のどこに焦点を当てているかということで好きとか嫌いとかを選択しているんです。もしかすると、自分のことが「好きじゃない」と言うことで、注目をしてもらって「愛してほしい」と思っているのかもしれない。もしくは人に妬まれないようにしているのかもしれないですね。
以前、私も自分のことが好きじゃなかったんです。それどころか、同性愛者である自分のことを正当化するために周りの人を嫌っていました。つまり、「他の人もおかしい」と思うことで、自分が差別されていることへの仕返しをしていたんです。でも他人の悪いところに目を配っていると、自分の悪いところにも目がいってしまい、結局自分のことも嫌いになってしまいました。
それに気がついて、他人の良い面を褒め、愛するように切り替えたんです。そのように選択することによって、自分のことを好きになれることがわかったんです。「自分が嫌い」という人は、どうしてかなと、心の中に秘められた本当の理由を見つめて考えてみるとヒントが見つかるかなと思います。
色には優劣はなく、ただ違う色というだけ
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2020年に上梓した『正々堂々 私が好きな私で生きていいんだ』(サンマーク出版)
Q : 自分に問いかけ、考える時間を持つ。西村さんからお話いただいた考え方を取り入れていくと、新しい自分の色や形が見えそうですね。
西村:そうですね。色には優劣はありません。ただ違う色というだけです。その色が好きとか嫌いとかを選択するのは自分次第です。成長するために自分をわざと嫌いになることもありますよね。「こんなんじゃダメだ。もっと努力しなきゃ」っていうふうに。もしかすると、無意識にやっているかもしれませんね。「自分が好きだとか嫌いだとか思うことは自分が選んだこと。そして自分という色は、他の人と比べて優劣がつけられない」と気づいたとき、空が晴れたような気がしました。
……たとえば、なかなか人に言えないことで悩んでいる人もいるかと思います。私は信頼できる人を見つけて、話してみてほしい。そして、信頼できる人を増やしていくといいと思いますね。言えていないとき、最初は怖くて、暗闇に一歩を踏み出すような感じがすると思うんです。それは私も経験したので本当によくわかります。でも、誰にも言えていない状態によって、成長が妨げられている気がしたんです。勇気を持って心を開いてみると、意外にも応援してくれる人がたくさんいた。存在しないと思っていた階段が、実は暗闇の中にも続いていた。だからこそ、私は想像もしていなかった未来にも歩んでいかれるのだと思います。
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