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「うなぎ職人イサム」/油彩、キャンバス/1620×1303mm/2006年/希望の園所蔵
Paint it, Red! 笑いながら、赤く塗りつぶせ
圧倒的に赤が立っている。それが川上さんの絵画の印象だ。原始的で、強い生命力を感じさせる。特に油絵を始めた当初の川上さんは、げらげら笑いながら作品を描いた。絵の具が、キャンバスにべちょ、とつく。それだけで大笑いだった。作品から今にも大きな笑い声が聞こえてきそうだ。
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絵筆を手に、カメラに笑顔を向ける川上さん
川上さんは1953年生まれ。当時、障害のある人は就学免除と言われ、学校に行かないことが黙認されていた。川上さんは小学校高学年を最後に学校には行かず、以来ずっと自宅で過ごしてきた。
43歳のとき、お母さんが芸術文化活動をしている施設として〈希望の園〉のことを知り、川上さんはここに通うことになる。家でも絵を描くのが好きだった川上さんの様子を見て、施設長の村林真哉さんは油絵を勧めた。
「油の方が厚みが出るし、川上さんの良いところが出ると思ったんです」。
これがはまった。2000年から着手した川上さんの油絵作品は国内外から評価を得る。川上さんはいつしか「川上画伯」と呼ばれ、国内外の美術展への出展や受賞歴を重ねた。その実績と、何より楽しそうに描く様子が魅力的だからだろう、〈希望の園〉では「私も川上さんのように油絵をやりたい」と憧れる人も多い。
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「やっぱり赤ですか」施設長の村林さんが伴走する、川上さんの制作風景
創作中、川上さんのかたわらには村林さんや他のスタッフがつき、絵の具をパレットに出したり筆に付けたりする部分を手伝う。
「次は何色を出しますか?」「赤色」
「次は?」「赤色」
川上さんはとにかく赤色、ときどき他の色。
筆に絵の具をつけてほしいとき、川上さんはもどかしそうに「もう描けんさぁー」と言う。村林さんは「やっぱり赤ですか」、「どこを描きますか? この歯のところですか」と筆を渡し、次のストロークをサポートする。
村林さんや他のスタッフが制作を支援する様子はとても親密だ。対等で、風通しが良い長年の信頼関係が伝わってくる。「伴走」という言葉がぴったり来る。そこに「指導」はなく、川上さんの内にあるものを「引っ張り出す」だけだという。
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重ねられた絵の具が固まって小山を成す、画伯のパレット
チェリッシュと原初の叫び
絵のモチーフは、川上さんが昔好きだった70年代初頭の戦隊ヒーローや友だち、〈希望の園〉職員、思い出、ときには好きなレコードのジャケットが描かれることも。その画風から思わず「キング・クリムゾンですよね?」と決めつけそうになったが、予想は大きく外れ「てんとう虫のサンバ」でおなじみのチェリッシュがお気に入りだと教えてもらった。他にはキカイダーなど往年の特撮やアニメソング、それにビートルズ。
「60年代のビートルズの『アーオ!』みたいな、生の声で訴えるのがぐっと来るみたいなんです」と村林さん。原初の叫びが、キャンバスに現れる。アトリエにはレコードプレイヤーがあり、制作しながら、各自の好きなレコードが順にかけられていく。ここでは作品は、常に音楽とともにある。
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日当たりのよいアトリエには、常にレコードが流れている。
この日、画伯が描いていたのは「クモンガー」。同じく〈希望の園〉に通う仲間が生み出したオリジナルのヒーローである。とは言っても変身後のクモンガーではなく、考案者が素顔でクモンガーに扮しているところで、さらにいえばキャンバスのうえに飾られていたのはまったく別の戦隊物の写真だった。
「いろいろ混ざっているんですよね。過去の思い出と現在の出来事がひとつの作品のなかに組み合わさっていることもある。完成形がどうなるかではなく、どれだけ絵の具をびしゃびしゃとやれるか、描くということ自体が重要なんだと思います」と村林さんは考える。
川上さんは大きい作品を描くのが「燃える」と言う。それも画用紙ではなくキャンバスがお気に入りで、「パンパンの紙(=キャンバス)」と指定する。
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オリジナルのヒーロー「クモンガー」を細い筆で赤い絵の具を塗り重ねていく。
生命力は変わらない
2008年のこと、川上さんはそれまでのように体が動かせなくなり、車いすを使うようになった。重い筆を持つのが難しくなり、細い筆に変えた。作品内に描かれるモチーフは絞られたが、かえってシャープさが増した。タッチが変わっても、絵の生命力は変わらなかった。それは、今でも。
最近描いた作品は100号の大作だ。
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「イナズマン・フラッシュ!」/油彩 キャンバス/1620×1303mm/2021年/希望の園所蔵
川上さんの後ろで制作にあたっていた岩本愛さんに「画伯」の印象を聞くと「まんま」という答えが返ってきた。
「初めて絵を描く人が、クレヨンを持って、わぁーっとやった、そのまんま。言葉が要らない。褒められたらうれしそうだけど、だからってその評価に寄せようとはしない」
岩本さん自身は「まんまでは描けない」から、その口ぶりには憧れと愛でるような気持ちの両方が垣間見えた。
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川上さんと、制作をサポートする職員の中村明正さん。写真左は100号の大作に向かう岩本愛さん
アトリエに歓声が上がった。見ると、それまで熱心にキャンバスに向かっていた川上さんが、この日いちばん目を輝かせ、大きな笑顔を見せていた。
川上さんがアブドーラ・ザ・ブッチャーをはじめとする悪役レスラーの大ファンだと聞いたカメラマンの浅田政志さんが、自分の腕に入った刺青を見せたのだ。
格闘家のような見事な刺青に興奮した川上さんは、見得を切る歌舞伎風の表情や筆をくわえたサービスショットを披露。作品に負けないエネルギーで、場を沸かせた。
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刺青にテンションが上がる川上さん
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大好きなアブドーラ・ザ・ブッチャーさながらに