事実とフィクションの間から生まれる物語
そこに描かれていたのは、言葉だった、絵だった、色だった。
それらが一体となってこちらに迫ってくる作品のスタイルは、〈あとりえすずかけ〉(兵庫県)に所属する富塚純光さんが独自に編み出したものだという。
描くテーマは富塚さんの記憶がベースになっている。そこにフィクションが混ざり文字と絵という形で紙の上に次々とアウトプットされていく。言葉はさまざまな場所に配置されて、富塚さん以外は読む順番はわからない。小さく並んだ文字はつぶれて読むことすらできないものもある。こうしてできた下絵に次は着彩をしていくのだが、「色を塗る」というよりは細やかに「色を置く」というタッチでこれまたユニーク。完成した作品は、言葉と絵と色で埋め尽くされる。
「富塚さんは生活のすべてが絵に向かっています。普段から日常の出来事や少年時代の思い出を書き留めた“記憶のメモ絵”を自分の部屋に貼り、文章を考えているようです。アトリエに来ると、スケッチブックを持ってきてぱっと開いたページにさささっと描いていく。描くべき物語が富塚さんの中ですでに完成しているのだと思います」と、〈あとりえすずかけ〉のスタッフである三栖香織さんは話す。
前述したとおり物語を綴った文字は追うのが難しい。内容を作品から読み取ることができないので三栖さんは、富塚さんが制作する傍らで彼が語る物語を聞き書きしているという。
「富塚さんは周りの反応をよく見ています。隣で物語を聞いているうちに掛け合いがうまく乗ると、物語がどんどんふくらんでいく。富塚さんもそれを楽しんでいるのかもしれませんね」
あふれ出す富塚ワールド
描かれる物語はさまざまで、連作の物語を1枚につないだ全長8メートルにも及ぶ巻物の形状をした超大作もある。タイトルは、『名曲芸人 ロケーションバラエティー ワンマンショー ロボ的 遥か万年銀河王物語』! なんとも壮大なこのタイトルも、もちろん富塚さんが付けたものだ。ほかにも『明るい話正しい人–小鳥のお宿–』『歴史街道&世界選挙+世界リハビリ大運動会 夢飛行 夢紀行 夢ロマン物語』など想像力を掻き立てる富塚流のタイトルが付けられた作品がたくさんある。
人間にとっての「物語作り」の原型かもしれない
多くの物語を生み出してきた富塚さんだが、描き始めたばかりの頃は事実を忠実に残すことにしか興味がなかった。作品の中にフィクションが少しずつ混ざるようになったのは、およそ16年前からだという。
〈あとりえすずかけ〉の立ち上げ人である絵本作家のはたよしこさんは、2021年7月に兵庫県立美術館で開催された個展『富塚純光〜かたりべの記憶〜』のパンフレットの中でその変化についてこう残している。
「あれほど事実、記憶だけに執着し、嘘ひとつつけない生真面目な彼が、記憶の隙間にふっと滑り込ませた『作り話』の面白さに目覚めたのか。記憶というものは実は自分にとっていつでも作り替え可能なものなのだという、その本質に気づいたということなのかもしれない。人間にとっての『物語作り』の原型を見るようで、実に興味深い」
富塚さんの「物語作り」はこれからも続いていく。
※富塚さんの登場する写真は全てあとりえすずかけ提供