どうすればびっくりするかな
以前から使っていた工房の横に4階建ての『アートセンターやまなみ』が建っている。1階に開放的なカフェ『カフェ デベッソ』がある。2階、3階にはアトリエ、4階にはパフォーマンスや映像上映ができるスタジオがある。カフェは一般の人も立ち寄ることができる(施設の見学は予約が必要)。
カフェでコーヒーを飲んでいると、バスに乗って利用者の皆さんがやって来るのが見えた。いたずらっぽくカフェの中をのぞき込む人がいる。手を振ると、恥ずかしがりながらも手を振り返してくれた。そのやり取りを見る施設長の山下さんもうれしそうだ。アートセンターの構想は3年ほど前だという。山下さんはなぜ、このセンターを作ったのだろうか。
「常日頃から、工房で働くスタッフや、利用者たちがどうすればびっくりするかを考えていました。高い建物やカフェがここにできたら、みんなびっくりするんじゃないかな。もっと場所が広くなれば、作品もでかくなっていくんじゃなかろうか。そもそも『アートセンター』というイメージもなく、もっと広い場所が欲しいな、そしたらみんなが喜ぶだろうなと思ったのがきっかけです」
単純に広いところが欲しい。その思いです。これまで利用したい人をお断りすることなく受け入れてきました。それで増築を繰り返していまして。恵まれた環境で土地があるにもかかわらず、だんだん場所が狭くなってきたんです。もう、横には無理だから、あとは縦だろうって。もしくは地下を掘るしかないなと(笑)」
“不良品”を出す天才たちの集まり
山下さんの案内でアトリエ内を見学させて頂く。スピーカーから60年代のロックミュージックが流れていた。
音楽が流れる自由な雰囲気のアトリエで、利用者たちは自身の作品づくりに集中している。時折、立ち上がりスタッフに話しかける人、私たち取材陣に作品の説明をしてくれる人、作業に飽きてソファーで居眠りする人。各人は自由に作業をする。工房スタッフの様子を見ていると、利用者を気にかけながらも、基本的には好きなようにしてもらっているように感じた。
もちろん、困っていると、さっと近づいてサポートをしている。スタッフも利用者も共に優しい。アトリエ内には、創作的で穏やかな時間が流れていた。「みなさん、とても静かに集中していますね」と伝えると、山下さんの表情がぱっと明るくなった。
「静かですか。それは僕らにとっては非常にうれしい言葉です。そもそもじっとしていたり、一つのことを続けるのが苦手な人が多い。一般に、福祉施設は工場の下請け仕事がほとんどです。そんな“与えられた仕事”に関しては、彼らは“不良品を出す天才”なんです(笑)。ですが、やまなみ工房ではノルマもなければ失敗もない。僕たちも指示をしませんし、制作をいつ始めてもいいし、終わってもいい。それが彼らにとって、居心地がいいのかもしれません」
山下さんの口調は穏やかだ。そんな人柄が、利用者にも伝わるのだろうか。多動(多動性症候群)のため、作業にならないとほかの施設で断られてしまった人も、〈やまなみ工房〉では静かに制作をしている。その話になった時、山下さんは少し悲しい表情をした。
「誰だって居心地が悪いと不安定になります。やっぱり、スタッフとの信頼関係がなにより大切だと思いますね。自分が大事にされてるっていう安心感があれば、一番居心地のいい、自分の居場所になると思うんです。僕たちは“大好きなことが大切にされる場所”を目指します。誰であっても居心地の悪い場所にいたくないでしょう。……そんなの、僕だって多動になりますよ(笑)」
アートなんて僕はわからない
アートセンターは、一人ひとりの制作スペースを個別デスクで広く取っている。そのため、互いの気配を感じることはできる。互いの存在に影響を受けつつも、プライバシーは守られる。まさに、集中してアートに向き合うことのできる空間だ。アーティストの創作活動を大切に考えた場だなと感心する。しかし、山下さんは「僕たちは素人集団」「アートはわからない」と言う。
「アートセンターなんて名乗っていますけれど、じゃあ『アートとはなんぞや』って言われると僕にはわからない。ただ一つ思うのは、アートって彼らの生きざまなんですね。やっぱり表現っていうのは自分の世界を築くことだと思うんです。
ですから、ここは“自分身の世界を存分に発揮できる場所”という意味でのアートセンターやと思うんです。なにが作れるだろうか、賞を取れるか、作品がいくらで売れるか……。
そんなことより、彼ら自身の存在が一番大事。自分自身の存在が、嘘偽りなく発揮できる場所、それがアートセンター。絵を描く場所、粘土ができる場所ではないんです。
それに、ここは利用者とスタッフだけの場所ではないと思っています。〈やまなみ工房〉が1986年からやってこられたのは、地域をはじめとした、いろんな人のおかげなんです。だから、目的がなくてもふらっと訪れることができるような場所にしたかったんですよね。
誰もが食べたり、騒いだり、学んだりができる場所。障害者とか健常者とか関係なく、ここに来たら、『なんか、なんか揺さぶられるな……』。そういう場所にしたいなと思っています。別に障害や福祉、芸術に興味なくても、『何か行ってみようか』って。そういう行き先になればいいなと」
罠としてのアートセンター
実際、道の駅と間違える人がいて、時折見知らぬ人が迷い込むという。
「もう、大歓迎ですね。してやったりくらいに思っています(笑)。たまに、ミュージシャンの方が来てくれてライブをしてくれるんです。なんでそんなことをするかというと、〈やまなみ工房〉の福祉施設職員には美大で専門教育を受けたスタッフが1人もいない。僕はそれが福祉施設としてはアキレス腱のように思っていたんです。けれど、見方を変えたらアートを勉強しなくても、他の施設にない個人の特性がいっぱいあるんですよね。
スタッフが若い頃に好きだったミュージシャンが自分の職場にやってきたら嬉しいでしょう。だから、ライブしようって。むしろそれだけです。ここではいろんなことが起こる。そんなことが町の当たり前になっていけばいいですね。
……アートセンターを作るまでが僕らの役割です。あとは利用者さんに大暴れして欲しいですね。そして、一般の人にも立ち寄って頂きたい。事前予約をすれば見学も可能ですし、ふらっと立ち寄りたい方にはカフェも展示スペースもあります。いろんな人たちから『やまなみ工房はなぜ人を呼ぶの?』と聞かれます。
それは、工房にいるアーティストを見て欲しいからなんですよね。でも、アーティストの部分だけではなくて“障害者”と呼ばれている彼らの本当の姿・人間性を知って欲しいんですよね。
“罠”って言ったらおかしいですけど、アートセンターは人が来るきっかけです。やまなみ工房に来て、自分の目で彼らのことを知って、正しく理解して欲しい。僕が見て欲しいのは、実は作品じゃなくて彼らなんですよ。ここは、彼らと出会える場所なんですよね。
僕たちは利用者とスタッフだけではなく、町が幸せになってほしいと思っているんです。やまなみ工房がこの町にあってよかったと思ってもらえる場所にしたいですね」
これから、アートセンターはどんな場所になっていくのだろう。アート、カフェ、スタジオ、ライブ。様々な形で人と人が交わり、それぞれが偶発的に何かを生み出していくことだろう。そして、これまでの「常識」をゆるやかに変える。滋賀県にある静かなアトリエは、賑やかな未来を作りだしていく。
〈やまなみ工房〉