アイドルグループ「嵐」のTシャツを着てパーカーを羽織り、ジーンズは腰履き。同グループリーダーの大野智さんをリスペクトしているという有里さんは、〈からふる〉のアーティストとしての意識を強く持とうとしながら、お茶目な一面をのぞかせる。
取材時、口をマスクで覆っていた有里さんだったが、鼻が出ていた。
「鼻にもマスクしないの?」と取材スタッフが尋ねると、有里さんはマスクをずらして顔全体を覆い隠し、周囲の笑いを誘った。有里さん流の照れ隠しだと〈からふる〉理事長の妹尾恵依子さんが教えてくれた。
有里さんの作品は、独創的だ。降りてきた言葉を紙に書き、その紙を人の形をした模型に貼り付けている。実はこの模型は、有里さんをかたどって造られたもの。等身大の有里さんが自身の言葉をまとっている、そんな作品なのだ。
言葉が埋もれないように立体に貼った
高校3年生だった頃、有里さんはアート教室時代の〈からふる〉に通い始めた。当初は絵を描いていたが、すんなりとはいかなかったと妹尾さんは振り返る。「ここに来たら、絵の具でちゃんと描かなきゃと彼女自身強く思っていたようで。こちらが気づくのが遅くて、ある日手足を棒のように表現した記号のような人間を描き始めました。そこで『無理に絵の具で絵を描かなくていいよ。自由に表現して、絵でなくてもいいんだよ』と伝えました」。
きちんと描かないといけないという気持ちから素直なものが出てこなくなってしまった有里さんに、普段使っているペンやボールペンに替えることを妹尾さんは勧めた。「字を書くのが上手だね」と他のスタッフに褒められると、〈からふる〉のアーティストはるかさんが付箋紙に文字を書いた作品を制作しているのを見て、「それならできる」と有里さんも文字を書き始めたのだった。
書いた文字を平面に貼っていくと、どうしても左上から読み始めて途中で断念し、言葉が埋もれてしまう……。
それなら立体に貼ろうと〈からふる〉のスタッフが提案するも、何に貼るかが問題になった。
「教室時代、ビーズなどでデコレートした服を発表する時、トルソーを買うお金がなくて、有里ちゃんを型にして造ったことがありました。『それに貼ればいいんじゃない』ということになって」と妹尾さん。
有里さんの体に透明なビニールテープをグルグルと巻きつけて型にし、顔はマネキンで型をとって等身大の有里さん模型が完成。
2014年10月ごろにできた1号機『DJボーイシュン』には有里さんの好きなものを撮った写真を貼り(残念ながら現存せず)、2号機『思いをあふれる者』からは貼るために文字を書くようになっていった。段々と形になると有里さんも作品を理解し、周囲からの評判に自信を深めていったという。
自分のペースで愛の言葉を紡ぎ出す
付箋に書いた文字を貼るスタイルから、4号機『もう一人の自分』の制作を前に墨で書くスタイルに変わった。
他の人が書道をしているのを見て、有里さんは「私にもできるんだけどなあ」と言い出し、椅子に正座して墨で文字を書き始めたという。
そして、5号機『マイ☆ハートハンド』になると、有里さんの左腕だけという斬新な作品に。「本当は等身大の作品を創りたかったけれど、作品の保管や展示先のスペースのことを考えると……。有里ちゃんにどうしたいか尋ねると『いいねえ』という返事だったので」と妹尾さんは笑いながら教えてくれた。
「ずっとかきつづけて行きたいですげんじつになるから」
「カラフルからは大切な居ばしょうだからはなれたくないんだ」
「えいえんの有里スターのたんじょう」
「大野智がカッコイイな〜」
有里さんから発せられる言葉には、愛が詰まっている。それぞれの言葉は、有里さんの肩や頭ややらに貼られることでより輝きを増し、見た者の脳裏に焼き付いてくる。
有里さんの文字が他に生かせればと、包装紙の制作にも挑戦中だ。降りてきた言葉を下から順にびっしりと書き上げるのに数か月かかるという。「言葉が降りてくるのに時間がかかることもあるし、同級生の福井くんの制作が終わって落ち着いて取り掛かれるタイミングを待っていることもあります。自分なりにうまく調整しながらやっているようです」と妹尾さんは有里さんを優しく見守る。
80色のペンを使うことに対して「“からふる”だけにねー」と笑い、音楽教室でギターを習おうとしていると聞いて「有里さんはシンガーソングライターだもんね」と言うと「分かってますねー」と返してくる。そんな明るい有里さんは自分らしく、言葉をこれからも紡いでいく。