背景にある物語は伝えて初めて価値になる
「ちょっと待っててくださいね。いまから刷るので」。
〈HUMORABO〉の前川雄一さん・亜希子さん夫妻はそう言うと、両手に乗るくらいのサイズの機具に小さな六角形の紙をセットし、ハンドルをくるくると回し始めた。「改めてよろしくお願いします」と、笑顔で差し出されたのはできたての名刺。ふわっとした手触り感のある紙に「福祉とあそぶ HUMORABO」という活版の文字がくっきり刻まれている。なるほど、ふたりの遊びごころがこちらにも自然と伝わってくる。
〈HUMORABO〉は、「福祉とあそぶ」をテーマに活動するデザインユニット。先ほどの“名刺づくり”で使われたのは、多岐にわたる〈HUMORABO〉の仕事のなかでも代表的なものとして挙げられる再生紙の手漉き紙NOZOMI PAPER®だ。宮城県南三陸町の障害のある人の生活介護事業所「のぞみ福祉作業所」が製作し、〈HUMORABO〉がデザインを含めた全体のディレクションを行うNOZOMI PAPER Factoryの活動から生まれた。
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NOZOMI PAPER®︎。最近は、NOZOMI PAPER Factoryと同じ手漉きの機械を導入している別の福祉施設で原料を変えた新たなシリーズも展開。
牛乳パックが原料の「MILK」、新聞紙が原料の灰色みのある「NEWS」、MILKをコーヒーの出がらしで染めた「COFFEE」の3種類があり、原料はすべて全国からの支援で作業所に届けられる。やさしいゆらぎのある唯一無二の質感と形は、「手漉き」と「再生紙」の要素が合わさっているからこそのもの。
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「デザイナーだけれど、できるだけデザインをしないようにしています。グラフィックを加えるといったことはしません。NOZOMI PAPER® の手漉き紙は、それだけで十分魅力があったし、余計なことはすべきではないと感じました」と雄一さんは話す。
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東日本大震災直後に、「のぞみ福祉作業所」でつくられていた商品(笑はがき/5枚セットで500円)。
雄一さんが見つけた魅力は、NOZOMI PAPER®が作られる過程のなかにもあった。手漉き紙の原料を作るために牛乳パックをちぎる姿、利用者同士でエプロンの紐を結んでいる場面、原料を型に流し込み漉く様子——できないことを矯正せず、できることをする環境づくりや工夫が、そこここに散りばめられていた。それらは枠にはめられてしまう状況のほうが多いこの社会において、豊かですてきなことだと雄一さんは思った。プロダクトの背景にある物語も伝えていきたい。その思いはNOZOMI PAPER Factoryを紹介するパンフレットとして形になった。
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NOZOMI PAPER® ができるまでを美しく切り取ったNOZOMI PAPER Factory のパンフレット。パンフレット撮影ami harita。
「NOZOMI PAPER® は〈HUMORABO〉のオンラインショップや活版印刷所をとおして販売していますが、イベントに出店したときにこのパンフレットを使ってストーリーを伝えながら説明するようにしています」と、亜希子さん。
すると、多くの人がきれいで、薄くて、早くできる紙よりもストーリーのあるNOZOMI PAPER® に価値を感じてくれることがわかった。その事実は、これまでにやってきたことに対する自信となってふたりの心に高く積み重なっている。
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〈HUMORABO〉の前川亜希子さん。取材は、ふたりも参画するものを捨てることなくクリエイティブな価値を見出して循環させていくプロジェクト「RINNE」の拠点Rinne.bar で行った。〈HUMORABO〉がデザインしたプロダクトや、ふたりがセレクトしたアップサイクルの商品もここで取り扱っている。
「いまは、よりよい社会のために何かをしているとか、発見があるものが商品の価値になる時代になりつつあると感じています。『こういうふうになれば、もっとみんな幸せになれる』というものをきちんと示せれば、受け取ってくれる人はもっと増えるはずです」と、雄一さんはきっぱりと話す。
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〈HUMORABO〉の前川雄一さん。
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イースター島から南三陸へ贈られたモアイ像のモチーをプリントしたNOZOMI PAPERと、書店でのイベントで生まれたブッくん。イラストはNOZOMI PAPER Factory。
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NOZOMI PAPER Lab として実験したNOZOMI PAPER®︎のサンプル帳。
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NOZOMI PAPER Factoryのメンバーが描いた文字をそのままのカタチで手漉きしたメッセージカード「kimoti/katati」(各300円)。
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福祉施設も地域に貢献したいという思いとともにNOZOMI PAPER Factoryでつくられていた「みんなのきりこはがき」。三陸沿岸で神様に捧げてつくられる紙細工、きりこをモチーフに空押し(インクをつけずに印刷)している。現在は製造終了。
楽しんでいるからこそ続けられる
〈HUMORABO〉が活動のなかで意識しているのは、プロダクトをつくって終わりにしないこと。販路も含めて「社会に浸透させるためにはどうすればいいのか」をいつも考えている。売れ続ける環境があって初めて、作業所の仕事が持続可能なものになるからだ。
たとえば、「9696レタープレスセット」は、NOZOMI PAPER® に興味はあるが、どう使っていいのかわからない個人客のために作られた。これがあれば、誰でも自宅で簡単に活版印刷ができる。
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「9696レタープレスセット」(24000円)。詳細はウェブサイトwww.humorabo.com
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NOZOMI PAPER Lab として実験しながら製作したNOZOMI PAPER®︎のサンプル帳。まんがの表紙を漉き直したり、南三陸杉を一緒に漉き込んだりと、いろいろな紙を製作。
「とはいえ、福祉の業界をなんとかしたいといった使命感のような気持ちはまったくなくて。僕が好きな言葉は『無責任』。おもしろい、やりたい、と思えるから続けていけます」と、茶目っ気たっぷりに話す雄一さん。そのあとに亜希子さんも笑みを浮かべて続ける。
「『福祉とあそぶ』のテーマにつながりますが、一緒に遊べる人とは対等な関係でいられる。〈HUMORABO〉はそういう人たちと楽しく仕事をする場所でありたいと思っています」。
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東北スタンダードマーケットと共同企画したイベント「東北の手仕事と福祉」をきっかけに作った「WAKAMEKKO 手ぬぐい」1200円(手前)と起上り小法師 2400円(奥)。起上り小法師は、NOZOMI PAPER Factory の人気キャラクター「モアイ」がモチーフになっている。
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NOZOMI PAPER Factory がある南三陸の名産タコのキャラクターを活版印刷したポストカード 250円。紙はもちろんNOZOMI PAPER®を使用。
一緒に遊べる関係から生まれた仕事はNOZOMI PAPER Factory のほかにもたくさんある。東京都中野区にある就労継続支援B型事業所「あとりえふぁんとむ」と作ったのは、NOZOMI PAPER Factory の利用者が描いたモアイの絵を使った革のキーホルダー。とくにおもしろいのが、「染色がかかっていない箇所あります」などの言葉が添えられている商品。これはいわゆる検品の際にひっかかったB 級品になるのだが、見た目はほとんどA 級品と変わらない。そこであえてB 級品の理由を書いてもらい、それぞれの特徴に捉え直して商品化したのだ。
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「あとりえふぁんとむ」と作ったB級品に新たな価値を与えたキーホルダー(1800円)。
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「あとりえふぁんとむ」と作ったキーホルダー(1800円)。
また、今年は東北の伝統工芸品などを取り扱う「東北スタンダードマーケット」が始めたTANABATA PAPER プロジェクトにも参画した。これは新型コロナウィルスの影響で開催中止になり行き場のなくなった仙台七夕まつりの飾りでリサイクルペーパーを作り、来年の開催につなげるために始まったもので、NOZOMI PAPER Factory で紙を作り、ハガキをデザインした。「以前よりも一緒に何かしたいと声をかけてもらえる機会は増えています」と雄一さん。これからも“遊び仲間” を増やしながら、〈HUMORABO〉は社会にプロダクトを届けていく。
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TANABATA PAPER プロジェクトで作ったハガキ。NOZOMI PAPER Factory の利用者の絵を使ってデザインしたものも。
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東京都豊島区内の福祉施設内にある工房「studio pepe」の依頼でもともと作っていた米袋や小麦袋を使ったアップサイクルのバッグをリデザイン(大サイズ4500円、中サイズ3500円、小サイズ2500円。
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レジ袋をアップサイクルしたトートバッグは、大阪の福祉施設のブランド「poRiff」で製作。HUMORABOがセレクトをして「Rinne. Bar」で展示販売(左5000円、右は参考商品)。
◯Information
《HUMARABO》
ウェブサイト:http://www.humorabo.com
《NOZOMI PAPER Factory》
ウェブサイト:http://www.nozomipaperfactory.com