隣り合う色から生まれる背景
図鑑を見ながら流生さんが描いているのは、ズワイガニ。赤色の色鉛筆でカニを、オレンジ色でツメを描いた後、背景を青色で塗り出した。よく見ると、青色と水色の2色を使っている。
〈からふる〉がアート教室時代の12、13年前から、流生さんの創作に伴走してきた理事長の妹尾恵依子さんは、「流生さんは意図的に使い分けているのではなく、青と水色を同じ色と認識して塗ったのだと思いますよ」と説明する。流生さんの個性が独特の世界観を生み出しているのだ。
そして、2作品目は、カブトムシ。図鑑を見ながら黒色で下絵を描き、山吹色を大胆に塗り、でも丁寧にツノとカラダを仕上げる。こちらも背景に3色が使われ、躍動感のある絵が完成した。作品を手にする流生さんの笑顔が清々しい。
コラージュの世界から、少しずつ別の世界へ
十数年前、アート教室にやってきた流生さんは、コラージュが大好きだった。「もともと車が大好きで、車のチラシを切って紙にペタペタ貼るのが、彼の日課でした。自宅ではせいぜいカレンダーの裏が最大サイズ。お母さんからは、ここでは思いっきりやらせて欲しいと言われて大きな模造紙に貼るようになりました」と妹尾さん。
流生さんは車のチラシをコラージュする作業からなかなか抜けられず、作品として仕立てるために傘に車のチラシを貼るなど、紙から立体物に貼るチャレンジを試みたが、それでも限界があった。
コラージュする作業は数年間続き、妹尾さんは他の制作にも進んで欲しくて流生さんに提案するようになった。「コラージュする画用紙に色を着けてみたり、背景を塗ってから貼ったりとクリエイティブなことを少しずつ織り込んでいきました。そして、『描いてみようよ』と声かけて生まれたのがドット柄の大きな作品でした」。
紙に下地材を塗り、その上に色を塗る。さらに模様をつけてみる。こちらが提案をして嫌がらなければやってもらうことを繰り返して、制作に少しずつ変化を加えていった。
「〈からふる〉では創造を共に創り上げます。知識がある人なら伴走は要りませんが、ここに通う作家たちはそもそもアートに興味がある人は少なく、画材を掘り下げていく作業もほぼしない。だから私たちスタッフがいろいろな画材や使い方を提案する役割だと思っています。でも本人が嫌なら、無理強いはしません」と妹尾さんは説明する。
褒められた自信が新たなチャレンジを生む
流生さんは新しいことをして注意されるのが苦手で、チャレンジに自信が持てないタイプ。
コラージュから下地塗りができるようになってからは、しばらくは段ボールや廃材を使って車や飛行機を作る工作をするようになり、2015年ごろからは縦約2メートル、横約1メートルの合板に描いて鳥取市民美術展などに出展するようになって、と段々と創作の幅を広げていった。
作品を発表して家族や身近な人をはじめいろいろな人に見てもらい、作品を褒めてもらうと、自信がついてくる。「普通の人のようにはできないと、障害のある人は引け目に感じていることが多いですが、絵を描いて褒めてもらうことは、自分の能力で褒められる恐らく初めての経験です。自信を持てると、今までは提案に対して断っていたのが工夫してみたいと自発的なチャレンジに変わっていきます」と妹尾さんは話す。
流生さんはアクリル絵の具、水性ペン、色鉛筆と新しい表現方法にチャレンジするようになり、また、特徴的な字を生かして看板製作も行っているという。「制作はもう大丈夫。これを描いてとお願いすると面白いものが出てきますよ」と妹尾さんのお墨付きだ。
アーティストとして生きていけるように。物販の手伝いをしたり、自身の作品をアピールしたりして、アーティストとして制作以外の力をつけていくことが、これからのチャレンジになる。