商店街のなかにある福祉作業所
JR鳥取駅から鳥取県庁へ向かう途中にある若桜街道商店街。雰囲気の良い書店を通り過ぎてすぐの場所に〈アートスペースからふる〉(以下、からふる)がある。
建物の入り口には、「2階にキレイなトイレがあります」と張り紙が。2階にはコミュニティスペースとギャラリーがあり、誰もが自由に出入りすることができる。
1階には、アートを制作する工房と事務室がある。8畳ほどの工房で7人が制作していた。
一斉に同じ創作に取り組むのではなく、それぞれが手にしている画材は色鉛筆、アクリル絵の具、パステル、油性ペン、マスキングテープと実にさまざまだ。画用紙に描く人もいれば、板や段ボールに描く人もいる。
「ここは、アートを仕事にする就労継続支援B型事業所です。それぞれの作品がレンタルされたり、看板やノベルティ商品に活用されたりすることで、収益を得ています」。
こう話すのは、〈からふる〉の理事長である妹尾恵依子さん。この前身となるこのアート教室を立ち上げた人物だ。
アートを生業にしたい
妹尾さんは学生の時に美術教師の免許を取得した。特別支援学校の美術クラスを手伝った際、創作というよりは切り絵などの作業的な時間を過ごしていたことに違和感を覚えたという。
当時の鳥取市には、障害がある人のための音楽教室やダンス教室はあっても、美術教室はなかった。自由な発想で何かを作ることができたらと、妹尾さんは2005年1月に鳥取市でアート教室を立ち上げた。
市内の文化会館で全体展を行ったり、カフェのギャラリーで企画展や個展を開いたりしているうちに、作品を買いたいという声を聞くようになった。日々作品が生まれてくるなかでこれを生業にできたらという思いが強くなり、2014年に鳥取県倉吉市のNPO法人『楽』の一事業として、アートを仕事とする福祉作業所をスタートさせた。
その後、2019年に一般社団法人として独立。多くの人に気軽に作品を見てもらえるよう、鳥取市中心部の今の場所に移動し、1階の就労スペースに2階のギャラリーを併設して新たなステージを迎えている。
作品を多くの人に見てもらう取り組みは、『フクシ×アートWEEK2020まちなか美術展』にも波及。
取材に訪れた2020年11月には、JR鳥取駅前の商店街一帯で作品200点の展示や、若桜橋近くで作品のスライドショー投影などが行われていた。これを全面的に支えているのも〈からふる〉だ。
怒りたくない気持ちをどうすればいいか
アートを仕事にする〈からふる〉では、作家それぞれが黙々と作品づくりに向かい、落ち着いた雰囲気があった。
「ここでは基本的にみんなを褒めています。作品は心。出てきたものはその人自身なので、傷つけることはしません。アートを仕事にしている以上、ステップアップした方がいいと思われるときは、『こうするのも手だね』と言って、相手になるほどと思ってもらうことを大事にしています」と妹尾さん。
〈からふる〉のスタッフを、作家が必要とするならばサポートする“杖”のような存在と表現する妹尾さんだが、そんな気持ちで寄り添えるようになるまでには紆余曲折があったという。
「アート教室時代に、絵の具を床にばらまく人がいて、怒るかどうか葛藤したことがありました。彼は何がしたいのだろう。私が怒ったところで彼に利益があるのだろうか。床に絵の具をばらまかれて困るのは私で、別のスタンスで見ればこれもアート作品。片付けができる道具を作って、彼と一緒に片付けができればいいのかなと思うようになりました。彼の行動の痕跡こそが作品。ガミガミ言ったら作品を創ることは実現しません。手助けするには、優しい気持ちで寄り添うことにしました」。
ビシッと言えない自身の性格もあり、こう思うことで妹尾さん自身の気持ちが楽になったという。アートとは、素直に表現すること。そうできる環境を周囲が整えることで作家たちも自信を持てるようになり、作業もスムースに運ぶようになった。
仕切りを使って作業スペースを区切っているのはその環境づくりの一環で、コロナ禍になる以前からだ。作家のなかには周囲が気になってしまう人もいるため、自分だけの空間を確保することで自身を素直に出して創作に集中できている。
自分のことを素直に出せる方法を模索する
〈からふる〉に通う回数は、人それぞれ。他の福祉作業所やデイケアで過ごして〈からふる〉に週1回通う人もいれば、毎日通ってくる人もいる。作家の性格や他の人との相性の良し悪しを考慮して、それぞれに決められた曜日に通ってくるという。
ここでのアート制作は、お金を得られる仕事。自分のことを素直に出せるアートを仕事にしていけるよう、独立させられること、支援する人を育てていくことを〈からふる〉の役割としている。しかしながら、仕事だからと言って、作家に無理強いはしない。
〈からふる〉に登録している作家は30人いるが、アートに対するスタンスは人それぞれだ。頭の中にあるものを吐き出さないとダメな人、描くことを仕事として淡々とこなしていくのが楽な人、デザインが得意な人、イラストが得意な人、アートのコンテストで賞を狙う人と実にさまざまである。
妹尾さんをはじめとする〈からふる〉のスタッフは、作家それぞれの行動をよく観察したり、家族から話を聞いたりしつつ、作家本人にとって心地よく、かつ作品として世の中に認められることは何かを日々模索している。例えば、ある作家とはこんなやりとりがあったと妹尾さんは教えてくれた。
「通って1年になる作家さんに油絵を勧めたところ難しそうだったので、3作品描いたタイミングで固形水彩を提案したのですが、消極的な性格のためか、提案されたことを忠実にこなさないといけないのかなと思ったり、上手にできないことを気にされたりしている様子でした。そこで、『指でゴシゴシできるものを練習だと思ってやってみましょう』とパステルを勧めたところ1作目から良い出来で、本人の使いたい色などを上手に出すことができました。次はどうするかを尋ねると、『パステルでやる』という答えでした。
他の作家たちがモリモリと制作しているなかでやっていけるのかと心配になる、繊細な人がここには多いのですが、そんなことは障害の有無に関係なく、どこにでもあること。私たちは『気長にゆっくりやっていきましょう』と励ましながら、創造を共に創り上げていけたらと思っています」
新しい世界を見せてくれるアートを淡々と生み出していく
妹尾さんにアートの役割を尋ねると、こんな答えが返ってきた。「アートは心の栄養。アート作品には観る人の心を慰める力があります。昔は美しいものを作品にしていたように思いますが、今は“発想の場”。脳の中でカテゴライズできないものであり、新しい世界を見せてくれるものがアートだと思います。また、表現者にとっては吐き出していかないと息を止めているような状況になってしまう。その吐き出したものを他者が垣間見て、コミュニケーションが生まれることも、アートの役割だと思います」。
作家がスタッフの協力を得ながら自分の表現を見つけ、それを発信することで見る人に何らかの力を与える。〈からふる〉では、アートを軸にしたそんな好循環を生み出している。作家の活動の幅を少しずつ広げながら、変わらずに淡々と〈からふる〉は活動を続けていく。
〈アートスペースからふる〉