すごいものを見てしまった。
障害のある人、ない人かかわらず、ステージで音楽的なものを披露する雑多な音楽の祭典「スタ☆タン3」で。静岡県浜松市にある〈たけし文化センター〉で昨年11月に開催された「表現未満、」文化祭2019でのことだ。
パンク、合唱、ラップ隊ほか、ただ舞台上で石を蹴るような動作をしては叫ぶだけの人も含む総勢14組のパフォーマンスは、次に起こることが予測不能なだけに目が離せない。固唾を呑んで見守っていると、こうした雑多な表現がおもしろいこと、さらにはおもしろがっていいんだということを発見した。
このイベントを主宰している〈認定NPO法人クリエイティブサポートレッツ〉の活動は「表現未満、」がベースにある。「表現未満、」とは、その人を表す行為を、たとえ問題行動だとしても、とるに足らないことと一方的に判断せずに尊重。そこから対話や創造を生みだし、街へと顕在化させる文化活動だ。後日、〈たけし文化センター連尺町〉を訪ねると、彼らの日常生活自体が「表現未満、」の集積だったことがわかった。
表現にまでいかない行為を、どう楽しむかをひたすら考える
2018年に浜松の街なかへ拠点を移した〈たけし文化センター連尺町〉は、1〜2F が福祉施設〈アルス・ノヴァ〉、3F がシェアハウス&ゲストハウスとして運営。3F ではレッツ代表の久保田翠さんの息子、壮さんが、アーティストや大学院生と一緒に暮らしている。壮さんには、重度の知的障害がある。そんな彼が福祉の枠組みを超えて社会の中でどのように生きていけるかの「実験」でもある。
日課らしきものはなく、詩の制作に取り組む人、紙をちぎる人、キーボードのリズムトラックを聴く人、みんなが自由に過ごしている。突如ピアノの音とともにラジオ体操のようなダンスが始まり、拍手喝采がおこったかと思えば、ジャンプしながら奇声をあげる人もいるし、そんな雑然とした状況の中、散歩にも行かずに寝続けている人もいる。つまり、なんでもありのカオスの世界。それが心地いいし、おもしろい。
〈たけし文化センター〉は、久保田壮という個人を全面的に肯定することが出発点となっている。壮さんは、石ころをいれたタッパーを片手にもち、始終音を鳴らしている。食事中、他人の食器に手を入れる。それを問題行動と捉えるのではなく、「好きなことをやりきる熱量」であり、その行為こそが「表現未満、」だと考える。
「施設として、絵を描いたり、作品制作をしていたりした時期もありますが、それをルーティンにすると、暴れたりパニックを起こしてしまう人もいる。制作を中心に据えないようにしたから、行為そのものにバリエーションがでてきて、そのほうが圧倒的におもしろいと思ったんです。真っ赤なぬいぐるみを真っ黒に塗りつぶしたり、がんこにこだわる行動の中に喜びを見つけたり、もういいかげんにしろよという中から生まれてくることを、こちらがどう引き取って楽しむか。それをひたすら考えることこそが『表現未満、』なんです」と久保田さんはにっこりと微笑む。
様々な行為が生まれる「場」にこそパワーがある
そうした行為の先から生まれた「作品」が独り歩きしてしまうこともあった。美術館に作品が展示されるのはうれしい反面、自分たちがおもしろいと思っているプロセスが置いてきぼりになってしまったというとまどいもあった。
「アート活動と障害をわけてはおもしろくない。作品は単なる作品になってしまうから。一方、現場からはたくさんアート的なものが生まれている。スタッフは毎日、わくわくしながらそうしたものをおもしろがってきました。なかには“もういい加減にしろよ”という中から生まれてくることもある。一度現場に立ち返りたいと思ったんです。」
久保田さんは、自分たちの強みは「表現未満、」が生まれる「場」にあるのではないかと思い至った。
そこから誕生したのが「タイムトラベル100時間ツアー」だ。〈たけし文化センター〉に来て、まずは1泊2日を一緒に過ごす。プログラムは決まっておらず基本放置。利用者たちの写真と名前が書かれたカードを渡され、あとは一緒にごはんを食べたり、散歩へ行ったり、あるがままの〈たけし文化センター〉を体験するというものだ。
どうして100時間かというと、彼らと4泊5日を過ごした学生たちの人生が変わったことがあったからだ。それまで障害者に接したことがなかった人たちの中にはここでの体験が忘れられなくて、教育学部に行き直す人、大企業ではなくベンチャー企業に就職した人もいた。
「1泊2日で終わってもいいし、そのあと来てくれてもいい。障害のある人に、フラットに出会ってほしいんです」と久保田さん。
郊外から街なかに〈たけし文化センター〉の新しい拠点を作ったことで、イベントがやりやすくなったし、おもしろそうなことを嗅ぎつけて訪れる人も増えてきたという。NPOになった20年前から「ソーシャル・インクルージョン(社会包摂)」を掲げて、ともに生きる社会を目指してきた。だから、「スタ☆タン」のようなものも生まれるし、街なかに拠点があることが重要になる。
アートには、社会の中の様々な問題、あるいは個人的な問題、苦しみ、悲しみに対して、一条の光となる力がある。固定化された価値観、様々なルールにがんじがらめになってしまった人、疎外されてしまう人たちに対して、新しい関係性を構築していく力もあると久保田さんは考えている。だとすると、〈たけし文化センター〉としての活動がまさにアートそのものだと思った。これからあるべき社会の姿を、おもしろおかしく照らしだしている。
○Information
〈たけし文化センター連尺町〉
静岡県浜松市中区連尺町314-30
電話:053-451-1355
http://cslets.net/
※取材は2019年12月末に実施しました。